冬の朝


快晴の真冬の空は澄み渡り
一片の雲すらない。

輝く青の空というのは
どんな印象派にも再現不可能ではなかろうか。
それほどに美しく、神の荘厳すら感ずる。

寒さに心地よさを感ずる花とそらにとって、
晴れた冬の日はどんなに心地よかったろう。
私は今、この静かな家の中で
あの子らがいた日々を思う。

空はただ何も云わず
頭上にひろがり、
私たちを見守るのみだ。



いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


かんなみ仏の里美術館


先日、約二か月ぶりに伊豆へ行った。

伊豆はドライブには程よい距離にあり、
よく思い付きでふらふらと出かける。
そんな調子なので、
道中で目的地を決めることも多々あるのだが、
今回は以前から考えていた
「かんなみ仏の里美術館」へ真っ直ぐに向かった。
私には珍しく、
確信に満ちた足取りのドライブであった。

さて、どうやら到着した。
道中多く設置された看板からは
所謂おもてなしの温もりが感ぜられる。
私はもう、入館前からその心地よい雰囲気に
うきうきとしてしまう始末で、
然しこれは決して根拠のないことではなく、
人と人との繋がりの深いコミュニティーに
今まさに参加しようとする
確かな予感からきたものであったように思う。

果たして的中した。
ボランティアガイドさんの丁寧な解説は
非常に丁寧で
そのわかりやすく順序立てられた説明は
聞き手のことを考えた思いやりに満ちたものであった。
又、ずっと地元で大切にされてきた仏像群と
それに関する歴史を
ビジターによりよく理解してほしいという
気持ちも伝わってきて、
その真摯な姿と共に
私の心を強く打つものであった。

こうして私は、
ガイドさんの解説だけですっかり満足してしまった。

美術館に来たにもかかわらず、
展示品の鑑賞に移る前に
解説だけで十分すぎるほどに満たされてしまったのだ。
そして、
精神交流から生ずる美こそに真の文化的価値があるのだ、
などと、おかしな説を唱えて、
一人で、うむ、などと頷きながら
妙な感動にうっとりと陶酔した。

さて、ガイドさんの解説に
以前紹介した八重姫のお話がでた。

少しこの地を離れれば
知っているひとは少ないであろうお話だけども、
ここ中伊豆では
皆さんが知る昔話として語られていることは
ガイドさんの口調からわかる。

あの時梯子があったならば
そう考えて
供養の為に梯子を持ち寄る人々姿は、
悲しいけども純朴で美しい。

こういった善男善女の暮らす
静謐な山峡の小さな集落で、
1000年もの間
受け継がれてきた清らかな信仰。

その一端に少しでも触れることができたこの一日。
出会いと交流と驚きと清廉に、
私は深く感謝したい。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

真珠院にて


修善寺での帰り道、
少々時間が早かったので
前から行きたかったお寺に立ち寄りました。

真珠院、という曹洞宗のこちらのお寺には、
八重姫という平安期の
悲しい姫様を祀るお堂があり、
私は思うところあって、
お参りさせていただこうと思いつつも、
なかなか実現しなくって
この日に至っていたのでした。

実在の方の悲劇を物語るのは
非常に気が引けるので簡単に記しますが、
八重姫とは、源頼朝公との悲しい恋の末に
入水なされた伊東家の姫様で
それはそれはお美しい方だったという
伝説が残っています。

夕刻の日が落ちた薄闇、
静謐な趣のなかに
ひっそりとお堂は佇んでおりました。
傍らには、ミニチュアの梯子が
たくさん立てかけてあります。

この梯子に
私は思わず目頭が熱くなりました。

これこそ、
八重姫様が愛されていた証で、
姫様の死が如何に
世の人々の心を痛めたかを
雄弁に語る生きた証拠なのです。

梯子は、姫をお救いしたかった、
という人々の心が形となったものでした。
姫の入水の川は今はもう流れが変わっていますが
当時は深い淵だったそうです。
その場に、せめて梯子があれば、
沈みゆく姫をお救いできたかも知れない…
そういった人々の思いが昇華し、
こうして梯子をお供えするのが
いつしかの流れとなっていったのだそうです。
私はこの悲しくも美しい伝説に
人々の素朴な誠実を見るのです。

1000年の時が経ち、
今は願事成就のお供えと
その意味は変わりましたけども、
それでもかつての痕跡が
こうして残っていることに、
人の世の尊さを感じます。

見上げた先には
真珠院という場所から見るに相応しい
美しい月がそっと浮かんでおりました。


29DEC17 SHUZENJI 024





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修善寺にて(後編)


修善寺宝物館、
そこで私が目にしたのは・・・

なんと、北条政子様の直筆の書でした。
世にどれだけ政子様の書が残っているかは知りませんが、
なにしろ平安期~鎌倉幕府の時代の人です、
相当に貴重なのではないでしょうか。
そういった時代的な要素もあるのですけども、
私がいたく感動したのは!
その書がッ!
政子様直筆というこの事実!
そこに筆をとった政子様が在り、
実際に記されたというこの歴史!
そこなのです!

興奮して少々JoJo風になってしまいましたが、
なにしろこの時は書を前にして
動悸と興奮と手足の震えに
卒倒しそうになったのは大げさでない事実です。

よろめきながら歩を進めてゆくと、
ガハッ!
次は吐血するほどの衝撃に
全身を硬直させることとなったのです。
落雷の直撃と迎え放電で
筋肉という筋肉が痙攣し、その後の硬直から
筋繊維一本一本が解放されて塵と化し、
もはや私の肉体は消滅して
森羅万象と一体化するほどのインパクトでした。
私は人を超えていたのです。

なんと、そこには、仏像の体内に収められた
(おそらく)政子様のものと思われる
3束の黒髪が展示してあったのですよ。

1000年前のものとは思えないほどの、
黒く濡れた艶々しい髪は
まさに、まさに、
日本最高の女傑というに相応しい
神々しいほどの輝きを放っており、
正直なところ、私はもう、その御威光に
呆然と立ち尽くすしかなかったのです。
こういった感動を文字で表そうとすると
実に陳腐になってしまいがちですが、
言葉がないとは正にこのことでした。

更にこの次、伊勢新九郎(北条早雲)が
討ち死にした武者を供養する為に
血で記したという経文を見るに至り、
私は最早、ヒーハーヒーハーと、
ダースベイダーのような呼吸をするのがやっとで、
ほとんどもう、半死半生の状態で
宝物館を後にしたのでした。

あれほどの衝撃を受けたのは
実に久しぶりでした。
矢張り、人生とは素晴らしいものです。
一歩の先に
どんな驚きが待っているかわかりません。



いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

修善寺にて


年末、ふらりと修善寺へ行った。

この地は、頼朝公嫡男の流刑地であり、
更に漱石大患の地でもあるので
少々イメージは良くないかもしれないが、
されど、その景色は何とも風流で美しい。
山間に現出した小京都の
更に縮小版といった趣だ。

文化的な美だけでなく
自然科学的な美もまた、素晴らしい。
周囲を見渡すと、
いかにも若い火山群といった
急峻な山々の間を
澄んだ川が浸食も深く走り、
その川底には分厚い溶岩の岩盤が
肌の一部を見せていて
地球の神秘を伺わせているのだ。
伊豆は地質学の大地!

などと無作法にはしゃぎながら
辺りを散策した訳だが、
私の如き野暮であっても
風流を解するふりだけでもしたいので、
気取りながら修善寺へと足を運んだ。

お参りをすませ、
敷地内の宝物館を見学することにした。
中国の古い仏像が展示してあるらしい。
期間物なので、この機を逃すのは痛い。
限定品好きな日本人としては
見学しなければならないだろう。

さて、中はこじんまりと心地よい。
他に人もいないので
ゆっくりとこの世界に浸れそうだ。
心は澄んでいる。落ち着いている。
あの年末の喧騒が嘘のようだ。

展示の仏像群は、
なるほど貴重と云われるだけあって実に見事だ。
一言で云うと、静謐。
千年以上、中国から日本へ、
長い時間と長い道程の間で
この深く静かな瞳は、
一体どれだけの人々の祈りを
受けとめてきたのか。

さて、こうして歩を進めてゆくうち、
私はとんでもない品を目にすることになった。
驚愕天地とはこのことな訳だが、
少し長くなったので次回にしよう。
正直、腰を抜かすほどでした。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

楽観主義


私はどうにも楽観主義なところがあって
時々自分でも呆れてしまうことがある。

大きな失敗をしても、
物事を必ず表裏一体で考える私は
今のその禍の後には
必ず福があると信じているのだから、
精神的なダメージはほとんどない。
むしろ、その禍によって
将来の福が約束されたようなものだと
喜んでいる始末である。
ここまでくると最早手に負えない。

然し、これは決して根拠のない話ではない。
私はこれまでの人生で
禍をきっけけに努力することをしてきた。
天は必ず、積んだ努力には
相応の報いを以て応えてくれる。
それを経験で知ってのうえでの信仰なのだから
自分では少々誇りに感じたりもしている。

私の楽観主義は
崇高な能天気である。




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血の滲みと歯の喰いしばり


血の滲みと歯の喰いしばり
これが人生最大の楽しみだと以前述べた。

その考えを改めるつもりはないが、
血が滲んで歯を喰いしばるほどの苦境というのは
実際その渦中に在れば
これがなかなかに壮絶なものだ。

精神的な重圧というものを
かつてこれほどに感じたことはない。
私は今、それほどの艱難辛苦を正に
今、正に経験中である。
いつ崩れるか知れないトンネルの中を
手探りで進む恐怖は
ある意味で貴重と云えなくもないが、
矢張り、出来れば回避したいというのが
本音かも知れぬ。

これが本当に人生最大の楽しみなのか…?

一瞬ヘタれそうになったが、
いや、待て待て!
苦しんだら苦しんだぶん、
それを乗り越えようと努力するはずなのだから
これはまたとないチャンスに違いない。
この苦しみがあるだけ成長という反動も大きいはずだ。
ならば己に云おう! おめでとう、と!

うむ!
己よ!この苦境に、おめでとう!






If it doesn't challenge you, it doesn't change you.

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新九郎譚 「年末」


新九郎譚「年末」

日本で年末と云えば師走と名がつくほどに
忙しいものというのが常識ですが、
我らが新九郎君の職場はちょっと違っています。

新九郎君の部署は
彼以外は皆米人で、
彼らにとっての年末は所謂
<Holiday Season>
ということで…

せわしい日本人から見れば
狂気としか思えない、
ゆるやかなペースで毎日が進行するのだそうです。
それも、
11月終わりの感謝祭から1ケ月間も。

その日の朝も、
背中に炎をまとって励む新九郎君の横で、
米人たちはホットプレート3台と
トースターをフル稼働させて、
パンケーキやソーセージ、卵料理にマフィン、と、
ホリデーシーズン・ブレックファーストを
悠々と楽しんでいたそうです。

しかし、
新九郎君には年内に終わらせたい仕事が
それはもう山ほどもあり、
とてもそんなイベントを
楽しんでいる余裕などありません。
能天気な呼びかけをやんわりと断りつつ、
ただ仕事に集中するのみです。
新九郎君の耳には楽しい歓談は聞こえませんし、
美味しそうな料理の匂いも感じません。

さぁ、その目はいよいよ血走り、頬はこけ、
切羽詰まった典型的な
年末の日本人そのものといった勤労っぷりで
新九郎君はひたすらキーを叩いています。

ところがこんな時、
仕事というのは常に予定通りにはいきません。
しかも、焦れば焦るほど、
進捗は滞るばかりで
時間の割にほとんど進まない現実に
絶望したり、呆れたり、
時には妙におかしくなりながらも、
新九郎君が七転八倒、四苦八苦、
苦心惨憺、喘ぎ、もがきながら、
諦めよう、いやまだいける、なとど
自問自答の戦いを繰り返し、
涙と汗と血の成果を
延々とPCに刻み続けていたその時、

バチッ…!


劇的な音と共にブレーカーが落ち、
新九郎君のPCの画面は真っ黒に。

隣の会議室では、
米人たちが半焼けの料理を前にして
オー!ノー!などと頭を抱えていますが、
新九郎君は最早、もう何も云えずに一瞬放心し、
それから段々と無慈悲な現実を
認識しはじめて、
それでもとにかくブレーカーを戻そうと
あたふたと走り回りますが、
なんと問題はもっと深刻なことがわかり、
結局、修理を担当する部署に連絡して
支援を待つことになったのだそうです。

新九郎君によると、
もう笑うしかなくて大笑いしたとこことでしたが
その笑顔がどれだけ引きつっていたのか…

いやはや彼の人生は常にドラマチックです。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

楽しみ


人生最大の楽しみは
歯の喰いしばりと血の滲みだと云う。

この考え方は、今まさに危機に直面している時、
陥った状況に絶望せず、
自らを奮い立たせる
カンフル剤的な役割を果たすし、又、
困難とがっぷり四つに組み合っている時に
勝負を分ける最後の根性を絞りだす
精神の推進剤としても機能する。

こうして、艱難辛苦に打ち勝った後、
戦いの軌跡を振り返って
己の功績に胸を張ってこう云うのだ。

人生最大の楽しみは
歯の喰いしばりと血の滲みだ。


そして小さくガッツポーズを作ったら、
凡てを忘れて
次の戦いへと身を投じてゆく。

これが男の人生である。







私は文学をこよなく愛していますが、
実は漫画も愛しています。
魔夜峰央の教養、手塚治虫の崇高、荒木飛呂彦の芸術、と、
好きな漫画をあげればきりがありませんが
島本和彦という人の精神論は
漫画という手段で表現されることによって
最早実践道徳の一つのジャンルにさえなっていると、
そこまで思うほどの力強さがあると思います。
今回は、私の中の島本魂を文章にしてみました。

それにしてもこの方、幸田露伴と対談したら
さぞ面白かったろうな、と思います。



いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

多忙にて


このところ多忙な日々が続いている。

普通に取り組んで4、5ヶ月かかる仕事量を
1ヶ月ちょっとでこなさなければならなくなり、
いや、それは自分で引き受けてしまったわけであるが、
正直その時、ページ数を聞いただけで
まるでその量に実感がなかったので
気取って簡単に引き受けたのではあるけども、
プリントした書類でずっしりと抱え持った時、
その重きに、完全に墓穴を掘った、と、
泣きそうになったのはここだけの話だ。

しかし、その時の自分は、
無意識のうちに計算して
これはやれると判断したからこそ
引き受けたのであって(多分)、
やってみたら結構出来てしまった。
ものすごく苦労はしたが、
掘った墓穴を完全に飛び越えたのだ。

私はこれまで、
同じパターンで何度となく墓穴を掘ってきた。
併しその度に
全力で事にあたりそれを飛び越えてきた。

その結果、どうも自分でも知らないうちに
力がついていたようだ。

去年の自分には出来なかったことが
今は出来るようになっている。


これが積み重ねの成果だと思う。
地層というのは過去の積み重ねのうえに出来るものであり、
今の姿は過去の現実を示す、ト、ある地質学者が云っていて
私はこれを実践道徳の言葉としてとらえているが、
正に真実であると思う。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

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