普通の日々


私とボクシングは最早20年の付き合いとなった。
ジムで一緒に汗を流す面子も
気心のしれた良い仲間である。

さて、その中でA氏は先日膝を痛め、
サンドバッグを打つスィングがゆっくりだ。
前に出す足の膝を痛めると
パンチに体重が乗らなくなるので、
ここは無理せず、ゆっくりとコンビネーションを
確認するかのような、穏やかな動きだ。

B氏は長年膝を痛めており、
こちらは30代後半でありながら
すでに70代の膝と診断されているほど
関節が摩耗している。
軟骨は再生しないので、
ガッチリとサポーターで固めての
ワークアウトとなるが、
パンチの基本となる下半身の粘りがないため、
かつてのハードパンチが
今では28サンチ砲の空撃ちのようになってしまった。

C君は常にオーバーワーク気味なのだが、
ついに足首の靭帯を痛めてしまって
いつもの軽いフットワークを踏めずに
ほぼ棒立ちの軽いシャドーを流している。
皆、満身創痍だ。

そんな選手たちを眺めながら、
ジムの館長がこう云った。

「やっぱり普通が一番だな。
いつもやってる当たり前の動きが出来ることが
いかに有難いものか、
こういう時によくわかるよな、はっはっは!
うむ、普通が一番!一番!」


そうなのだ。
本当の幸福は、失くして初めて気が付くものだ。
その時はそれで当たり前なのだが、
失くして初めてその当たり前の有難さに気付くのだ。
人生は、常にこの繰り返しだ。
同じ感情を、もう何度経験しただろう。
だから、今を大事に、などといつも思うのだが、
気が付いたら忘れている。
普通が普通になってしまっている。

いつも、花とそらと一緒に座って夕陽を眺めた
この相模川の水のほとりで、
私は一人、そんな事を考えた。





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幸運の花


春、千林に入る処々の花

春になると、どの林にも一斉に新芽が生まれ、
辺りは花に満ち溢れる。

隣の芝が青い時には自宅の芝も同じく茂るし、
どの家の水瓶にも
月は同じ姿を美しく揺らす。
自然は常に、何者に対しても平等なのだ。
今日はそんなお話を伺った。

自然が万物に平等なのは
疑いようのない事実であるが、
併し、運のいい人と悪い人というのは
実際に存在する。 何故か?

それは、日頃の気配りや思慮や
何かに対する誠実な姿勢や何やと、
様々な要素によって差が付くものだが、
中でも重要なのは、
私が人生に於いて最も信望するこの言葉、
努力、に尽きるだろう。

努力の先には必ず花が咲く。
それは、自らが植えて育てた
運を呼び込む倖せの花なのだ。

(と、今日も自分に云い聞かす。)




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暁の石窟寺


愛する者を亡くした後の
私の唯一の希望は時間であった。
時間の経過のみが悲しみを癒す事が出来る、
所謂、時間薬に頼るしかなかった。

偉大な時の流れはいつしか
私を救ってくれたけども、
しかし、過去はある時に突然
現在と繋がって私を大いに驚かせた。
それは、睡眠という記憶のリセットだった。

私は夜中に突然目覚めるのが怖い。
私の心の根底を支配しているのは
過ぎ去った過去に相違ないので、
睡眠中に行われる記憶の最適化中は
どうしてもその事が主要トピックとなってしまうのだ。
而して、夜中の突然の覚醒の際には
当時の記憶が生々しく蘇る。

明け方に私は夢をみた。
早春の空には薄雲がかかり
呆然と歩く私の前が突然視界が開けて
石窟の寺院が姿を現した。

その寺院は馬蹄状に広がった滝と一体化しており、
壁には一面に清らかな水が流れていた。
慰霊碑を思わせる石の塔が建ち、
日本風とも中央アジア風とも思える建造物は
静かに滝の流れに身を浸していた。

入口に跪き、
私は愛しい者たちの名を
何度も何度も叫んだ。
あまりの悲しみに、死へ逃げようかとすら考えた。
私は何度も叫び、寺院を見上げ、そして目が覚めた。

辺りはまだ暗く、
月は煌々と輝いて流れる雲を照らしていた。
その様は、
川の流れを時に例えた方丈記を思い起こさせた。
雲は淀みなく流れてゆく。
時の流れも同様、そして別れは定められた法則。

私を過去に連れ戻す真夜中の覚醒は
きっとこれからも私を悩ませる。
しかしこれは苦しみではなく
愛の再確認と受け止めれば
私はまた明日も生きてゆけるだろう。
そして感謝の気持ちを新たにするだろう。
神は私と共にある。





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続、浄土 


さて一方、
禅の僧侶に浄土を語らせるとどうなるか?
これはもう、大変な事になる。
いや、実際、すごいインパクトだった。

「何処まで西に行ったって
そんなものありゃしませんよ!」
「地球は丸いんだから、
元の場所に帰ってきちゃうでしょ!?」
などと、大胆に笑い飛ばしてしまう始末である。
これにはさすがに
苦笑いするしかない。

私は、禅とは、
この世界に真正面から向かい合って
現実を如何に生きるのか、ト、
この人類の持ち得る最難関の学問を
学ぶ場だと思っている。
それは、
一切の妥協がない
リアリストの世界に他ならない。

従って、この禅僧の答えには
充分に納得がいったし、
なんの反論も持たなかった。
そして、少しの嫌な気もしなかった。

これは、私が心の何処かで、
禅の世界観とは全く異なった浄土の世界観を
決して交わる事のない
別の枠で考え分けているからでもあるが、
理由はそれだけではない。
私がもしも浄土を口にした時、
何故それを云わねばならないのか、を、
しっかりと見抜いて理解してくれるだろうという
安心感があったからに他ならない。
(併し、決して抱擁などはしてくれない)

私は禅を信望するし、実際に学んでいる。
しかし浄土も必要だ。
そして、
禅僧という人たちははきっとそれを見抜いている。
科学者以上のリアリストであるが故に、
人の心もそのまま鏡に映すように
精密に観察している。
人を樹木に例えるならば、
地中に這う根までも見通すのが禅僧なのである。

だから、冒頭であげたような話は
(いちいち口には出さないが)
自然科学の話、という前提で話されていて、
信仰とはまるっきり切り離しているはずだ。

はっきりとわかる形での優しさはないが、
私たちはその豪放磊落な姿勢の向うにある
もっと大きな「何か」に気付かねばならない。

いちいち口には出さないが、というのが
また禅的で痛快ではないか!








いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

浄土


私にとっての浄土とは、
死者がこの世のあらゆる苦しみから解放された
安らぎの場所である。
もはや、何の痛みも心配もない
安寧の世界である。

だから私は、
愛する者が浄土に在って欲しいと
強く、強く、願う。

ある時、浄土真宗の僧侶に
浄土はあるのか?と問うた事があった。
僧侶は、ただ信じないさい、と云い続けるのみで、
それ以上は語らなかった。

あの時、たった一言、
確信に満ちた目で「ある」と答えてもらえたならば、
私はもうそこで死んでもよいとまで
思っただろう。
それまで流した悲しみの涙を凡て
洗い流すほどの満足の涙を流しただろう。
しかし、僧侶は、それ以上を
決して語ろうとはしなかった。


時が経って漸く気付いたが、
あの僧侶は実に公明正大であった。









いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


早春の朝に


このところ
非常に気持ちの良い朝が続いている。

西に崇高な大山の姿を見ながら
頭上に大きく広がった空は青く、
まるで白の薄絵具を流したような雲が、
人生のところどころに波打つ悲しみの様に
仄かな抑揚を添えている。

こう云うとなんだか悲しい空を想像するが、
そうではない。
私は生きる意志に満ち溢れていて、
それはもう、まるで、
いますぐその青空に
ぽかんと船でも浮かべたいくらいの心境なのだ。

こういうと太宰治になってしまう。
そういえば彼にも、
こんな風に生と相対した時期があった。
希望とがっちり握手をした日があった。
人生は常に手探りだ。
私たちは先ず、今日をしっかりと生きよう。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

明日の自分は今日作るべし


のどかな週末に何をするか。
寝るか、遊ぶか、ビールを飲むか、
それとも勉強するか。

目の前の安易な幸福に溺れるのも良いでしょう。
併し、そうする事によって
将来確実に訪れるであろう失態の可能性を
少しでも減らしたいのであれば、
ちょっと踏ん張って勉強すべきです。

颯爽と凛々しく、自信に満ち溢れている人は、
こういう分かれ道では例外なく
苦難の道を選んできているものです。
しかも、何の躊躇もなくそうしていましょう。
楽をするという選択肢が最初からないから、
今こうして精悍な姿であるのです。

明日の自分は今日作られます。
遊べばそれなりにしかならないけども、
努力すれば理想の自分に近づける。
更に云うと、
立ち止まれば忽ち追い越される、の、
所謂、泣くのが嫌ならさぁ歩け、を謳う戸黄門理論も
ここに関係してくるでしょう。
やるしかないなら、やるしかないのです。






とはいえ、気分が乗らない時は乗らないものです。
そこで、
私のような気分屋にも有効な
すばらしい呪文をここでこっそりお教えましょう。

失態、失態、失態。
三度唱えてみて下さい。

怖くなってきて勉強するしかなくなります。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

人形


小林秀雄に「人形」という
有名なエッセイがあります。

これは戦後間もない頃、
あるご婦人が人形を自分の子供に見立てて
まるで生きた人間の様に扱っていた、という
実に悲しいお話でありました。

人形が亡くなった子供の代わりである事は明白でありますが、
果たしてこのご婦人は正気だったのでしょうか。
正気を保つ為に自らをだまし続けていたのか、
或いは、最早心は壊れてしまっていたのか。

私はこれと似た光景を目にしたことがあり、
その時の衝撃は未だに胸に残っています。
背後にある悲しみの涙を思うと
胸が痛くなるほどであり、又、
自分もいずれこうなるのではないか、という恐怖に
足が震える思いでした。


あれから何年も経って、
倖いにも自分は今こうしておりますが、
移り変わりがこの世の定めであるのなら
誰でもが
あのような悲しい境遇に陥る可能性があるのです。
それはある意味、無垢の美しさを備えてはいますが、
やはり、本質は純然たる悲しみでしかない。

併しそれがこの世の理に根拠を成すものであるならば、
真の人生が始まるのはそこから、という見方も出来るかも知れません。
ゲーテも似たような事を云っていたような気がしますが、
仮にそうであるならば、
人生とは実に厄介極まりないものであります。

只管打坐、ちょっと座ってきます。






このエッセイには感ずる事が多く、
過去に於いてもいろいろと書いていました…。

古馬乃秀邦、人形に心を痛める

お散歩で見たこんな光景(2012年3月)


いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


一度はヘタれるべし


私は常に自らの価値観を絶対視しているので、
努力という行為には強い拘りがある。
したがって、
努力しない者を軽蔑する傾向にあるし、
それは死ぬまで変わらないだろう。

しかし、ある日の朝、
なんとその私自身がヘタれてしまった。
その日が雨というのもあったろうが、
自転車で出勤途中に、
突然、超絶に憂鬱な気分になったのだ。

毎日、頭が沸騰するほど勉強し、
気が遠くなるほどのショックを受けながら
難しい仕事に取組み、
それでも何一つ計画通りに事は運ばず
どうにもならないものを
どうにかしなければならないというプレッシャー。
何故こんなことをしているのか?

もっと楽な生き方はいくらでもある。
無理して毎日勉強しなくてもいいではないか。
そんか事より、帰宅したら
ビールを飲んでテレビをみて、
頭を悩ますのはゲームの攻略のみで
好きな本を読んで、史書を楽しみ、
休みの日は計画など立てずに
ただただ遊んで暮らす。…

そういう生活にすこし憧れた。
ただ楽しんで生きるのは良い、とても良い。
本気でそう思ったし、羨ましさも感じた。
真の幸福とは、
緊張の無い安らかな日々にあるのではないか、とさえ思った。
併し、しばらくして思い直した。

幸福とは常に相対的なものだ。
人それぞれに倖せの形はある。
私の幸福は、きっと、苦難の後にある
大きな達成感にあるのではないか、と
迷いの後にふと気づいたのだ。

苦難が大きければ大きいほど、
その幸福も又、大きなものとなる。
それは、困難な道を選択した者のみが
その果てに出会える
魔法の青い蝶々のようなもので、
楽な道を選んでいては
絶対に見つけることは出来ない、
要するに、
神と交わす精神的等価交換の産物と云ってもよい。
(かも知れない)

そうだ。 私はその為に、困難な道を選んでいたのだ。
なんという事はない。
私の艱難辛苦は
自らの倖せに直結するものだった。







と、自転車通勤の20分の間にこんな事を考えていて、
我ながら阿呆だな、とちょっと笑ってしまいました。



いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

新九郎狐


丹沢の山奥に一頭の狐が住んでいた。
狐は名を新九郎といった。
新九郎は天蓋孤独の身であったけども、
ある春の朝、家族ができた。
彼の巣穴の近くに
純白に輝く兄妹の花が咲いたのだ。
それは、雪をも欺く白さだった。

新九郎は花たちを愛した。
それはそれは大事に世話した。
うっとりと眺めているうちに春は過ぎた。
梅雨には花たちが流されないように、
煉瓦で囲って土を盛った。
夏は灼熱の日差しよけに
傘をこしらえた。
秋には降り始めた霜を避ける為、
新九郎は花たちの根本に丸くなって眠った。
やがて丹沢に冬がきた。

この世界は一つの法則に支配されている。
新九郎がもうどんなに頑張ったところで、
花たちはその可憐な花弁を散らしていくしかなかった。…
新九郎は、コーンと一声だけ鳴き、
その声は丹沢の山々に美しく響いた。




「それから新九郎はどうなりましたの?」
人間の女の子が父親に聞いた。
「滅んだよ、無論。」
父親は遠くを見るような目でこたえた。
「新九郎は現実を受け入れる事を拒んだんだ。」

「お可哀想なことをしました。」
女の子は目を伏せてしまったが、父親は云った。
「然し彼は、愛する花たちと幸福に生きる事が出来たのだ。
哀れに思うことはないさ。」
「彼は自分の倖せを追及したんだ。」

女の子にはよくわからなかったが、
新九郎と花たちの魂は
きっと今でも丹沢にあるのだろうと、
それだけは間違いのないように思えた。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

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