新九郎譚 「講義」


さて、我らが新九郎君、先日大変に
気まずい思いをしたそうで、
これが当事者でない私からみれば
中々に愉快な内容でしたので、
今日はそのお話をしましょう。

新九郎君はその役柄、
大勢に講義を行うことがあります。
先日のこと、他部署からの要請で
職場でのパワハラ防止に係る講義を行ったそうですが、
新九郎君は少々スパルタなところがあり
しかも自分の極端な努力主義を
他人にも押し付ける傾向にありますので(迷惑!)
その新九郎君がパワハラ防止の講義を行ったなどと、
無関係な私としては、ちょっぴりクスっとしてしまいます。

講義のほうは、矢張りと云うか、
いくら力を込めて鐘を打っても
なんの音もしないような、
終始白けた雰囲気だったそうです。

「大声で人を叱ってはいけません。」
「机を叩きながらの指導はパワハラです。」

こういったことを延々30分、
口角泡を飛ばし、額に青筋を立てて、
血走った目で語る新九郎君を想像すると
滑稽で頬が緩んでしまいます。

併し、講義を受ける側としては切実、且つ、
あなたが云うんですか?といった
口に出す訳にはいかない複雑な心境をかかえ、
それでも黙って聞いていなければいけないのですから、
これはもう懲罰に近い30分だったはずです。

講義の最中は当然、皆が白けきっているのですから、
途中、さすがの新九郎君も少々心細くなってきて
「皆さん、お前が云うな、といった表情ですね!あっはっは!」
などと冗談を飛ばしたりもしたそうですが、
まるっきりの無反応、
静寂が会議室を支配するのみだったそうです。

呆然と空を見つめる者、よそよそしく視線を逸らす者、
苦虫を噛み潰したような表情の者、と様々な面々を前にし、
静寂に耐えられなくなった新九郎君が、
「はい、皆さん、ここは笑うところですよ!」
と、パンパンパンパンなどと手を打ちながら
部屋のなかを歩き回り、
漸く数人かがクスリと笑ってくれた、といった程度なのですから、
これは辛かったことでしょう。
照れ笑いというか、苦笑いというか、
自嘲気味に語る新九郎君は
可愛ゆくも見えました。

(いきすぎた)熱血の新九郎君も、
これで少しは変わるのでしょうか?

まぁ、変わらないでしょう。
「坊ちゃん」がそのまま現出したような人ですから。

(そこがまたいいのですが)






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進んでゆく時間の中で何が出来るか


ちょいとサボりたい気分になった時に
己の頬を殴打する言葉として
私は以下を、精神の枝折りに書き込んでいる。

・ 明日の自分は今日作る
・ 努力は人生の充実
・ 努力は才や徳なき者に残された最後の希望


最初のは出典が定かではないが、
(泰西の何かか)
あとの二つは幸田露伴だ。
私の明治好きの理由のひとつに
この人の人生に対する崇高な姿勢がある。

さて、名言にもいろいろあるが、
今回は逆名言ともいうべき、
脱力の言葉を紹介しようと思う。

全く努力することなく
コネと口先と、
そして恐るべき運だけで
飄々と出世を遂げる人。
そんな人はどこの世界にもいるだろう。
哄笑しながら大股で世間を闊歩し、
その後ろを心ある人たちが
ペコペコと周囲に頭を下げながらついてゆく、と、
こういう光景は誰もが知っているし
思わず舌打ちをしてしまう人もいると思う。
私も同じだ。

さてある時、
私は非常に難しい会議に臨むにあたり
どうにも頭を悩ませていた。

<どうやれば双方良い形で折り合いをつけられるか>

二つの組織の真っただ中に立たされていたので
双方に対して責任があり、
それだけにプレッシャーも倍という訳だ。

(予定の日までに何が出来るのか、
どこまで出来るのか、そもそも可能なのか…)

頭の中でこのシミュレーションを繰り返し、
繰り返し、繰り返ししている時、
先にあげたタイプの人から、
以下の素晴らしいお言葉を賜った。

「時間なんて勝手に過ぎてゆくものだから、
気が付いたら終わってますよ、ははは。」

自分は最初から高みの見物のつもりでいて
ほんの少しの責任すら負うつもりもなく、
それ故に、最初から準備すらするつもりもなくして
そして上司きどりでこの一言、である。

この一言で、「大事に際しても何もしない」という
自らの人生を暴露してしまったことにすら気付いてなく、
楽な方に流れ続けてきた
精神的弛緩を恥じるでもなく、
大事なところで良い事を云ってやった、トとでも言いたげな
得意顔がまた、情けない。

直前まで足掻き、最善を尽くして事に臨む。
こういった努力が最初から頭にない人の考えに基づいた
この戦慄の一言。

<決してこうなってはならない>

私は気持ちを引き締め、そう考えることが出来たので、
うん、まぁ、これはこれでよいのか、などと考えたが、
名言に対する逆名言というのは
反面教師として活用すれば、これはなかなか、まぁ、
身近な人だけに、より一層、意味が染みるというか、
殷鑑遠からず、といったまぁ、そこそこのアレであって、
どうにも笑うしかなかった、というお話。





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新九郎譚 「柿」


さて先だってのこと。

我らが新九郎君が
米人と車に乗っていたところ、
立派な柿の木が
それはもう鈴なりに実をつけていて、
その見事な様は
ちょっと拝借、などと失敬してもわかるまい、
と、けしからん考えさえ浮かぶほどだったそうで、
深まる秋の風情などどこふく風で、
柿の甘味を想像して
うっとりと
新九郎君が頬を緩ませていたその時、
米人にこんな質問をされたのだそうです。
「シンクロウ、あれはトマトか?」

うん、なるほどね。
新九郎君はそれだけ思ったそうです。



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坂村真民


このところ、坂村真民を読んでいる。

彼の言葉は実に自然に紡がれていて
そこには小賢しい平仄や屁理屈などなく、
ただ表現したい思いを
清らかな小川のように
流れ書いている、といった印象だ。
一言で云えば、誠実。

「あとから来る者のために」
という一遍などは、まさに彼の人柄を表したもので、
あとから来る者のために田畑を耕し
種を用意し、山や川をきれいにし・・・と続き、
そのためにはどんな苦労をも厭わない、といった
(そこまで強い言葉は使われてはいないが)
そんな決意が伝わってくる。
あぁ、そうだ。
強い言葉がないところが、また自然なのだ。
わざとらしくないのだ。
素のままだからこそ、真実なのだ。

坂村真民は教師時代に実際、
苦学生たちを支援のため東奔西走し、
自らの生活費を削ってまで
若者たちに尽くしたのだそうだ。
そういった事実を知ったのちにこの詩を読むと、
また一層の感慨がある。

なるほど。
誰だったか、
文学を理解しようとするのなら
先ずその作者のことを知らねばならない、
トいった言葉を残していたが、
文字を追うだけでは
皮相の観察にしかならぬ。
実感した。





二段目で、
「一篇」と書こうとして
「一遍」と変換がでた。
そのままにしておいた。
偶然とは思えなかったからだ。

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黄金の夕暮れ


今年後半の最大の試練と思われたある会議が
信じられないほどの大成功をおさめる結果となり、
関係者の皆が笑顔で帰路につくこととなったあの日の夕刻、
私は半分放心状態で建物から出て
秋の深まりを感じさせる風にふと視線を上げた。

雲が黄金に輝いていた。
美しい丹沢の上空に、
荘厳な夕焼け雲が広がっていた。
そこに浄土があると云われれば
確信を以て頷いたであろうほどの
神々しさであった。
目頭が熱くなった。

その光に照らされていた私も、また、
黄金に輝いていたはずだ。



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鈍刀を磨く


坂村真民という詩人、あり。
たいへんに優しく、同時に力強く、
弱く、且つ、生きる意志に満ち溢れた
実に人間的な詩を残されている。

妙心寺派のお寺で
5年、禅の修行をされたそうだが、
成程、と思うところがある。
禅を学ぶ人というのは、なんというか、
根底にある共通点として
妙な血潮の生々しさと、
人生に前向きな人間的強度が
あるように思う。

そして不思議なことに、
黙々と一人の修行を積んでゆくのが
禅の修行という印象であるのだけれども、
その結果生まれた余裕であろうか、
禅を行う人は己のことのみならず、
常に他人のことも己のように考えている思考に
特徴があるように思えるのだ。

それは視点の広さという単純ではなく、
己と人とを全く区別していない、
要するに、広袤山河を鳥瞰するように
物事を捉えており、
それは恰も精神が尽十方と一体化して
自然に溶け込んでいるかのようで
我々凡人には驚きでしかない。

「鈍刀を磨く」という詩にも
その特徴が見て取れる。

この詩は、
ひたすら鈍刀を磨き続ける、という内容だ。
鈍刀は決して光らないかも知れないが、
しかし、せっせと磨いていけば、
そのうちに磨く本人が輝いてくる、トいう、
世界の妙の計り知れなさを謳ったものだ。

それはそれで疑いようもなく尊いものだし
大切なことではあるのだが、
実は私が心を奪われたのはそこではなかった。

私がハッと目を奪われ、思わず絶句した一節とは、
磨かれる鈍刀が、
すまぬ、すまぬ、ト、己の至らなさを恥じるように
言動しているほんの一瞬のくだりの部分だった。

「こんな私ですまぬ、すまぬ」
そんな刀をただ、ひたすら黙って磨き続ける。
本編の核心からは外れるが、
私はこの場面に強く心を打たれた。

論点を無視するようで心苦しいが、
このような美しい交流のあとには
最早、結果などどうでもよくなってくる。
刀は勿論、たとえ磨く本人が決して輝くことがなくとも、
それでももう、これは完成された美に違いはないからだ。

作者が伝えたいと思っている核心に
そっと花を添えるように描かれたこの場面。
鈍刀を磨く本人だけでなく、
刀の気持ちをも表現したところに、
私はさりげない優しさを感じ
妙に感じ入ってしまったのです。



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歯医者


私は歯医者というものが大の苦手だ。
あの恐怖に並び立つものは
他には先ずない。
並び立つものがないという意味では、
平地に唐突に存在する
あの富士の山と同じだ。

富士には月見草がよく似合うというが、
歯医者にはキョウチクトウがよく似合う。
キョウチクトウの花言葉は「危険」だ。
ウツボカズラの花言葉も「危険」らしい。
陰性の言葉を勝手に押し付けられた
花たちはいい迷惑だろう、などと考えながら
ページを進めてゆくのだが、
目につくのはそういったものばかりだ。

睡蓮「滅亡」、パセリ「死の前兆」、
フキノトウなどは「処罰課すべし」で、
カキにいたっては
「広袤の自然に永遠の眠り」だ。
こんな言葉ばかりで
すっかり暗い気分になってしまうが、
歯医者とは、まぁ、そんな場所だ。



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さて、新九郎君の考えですと、
蝉の前半生は慎ましく地味なものとなる訳ですが、
果たしてそれは真実なのでしょうか?

蝉にだって個性があるはずです。
ですから、もしかしたらじっと地面の下にいる生活を
悠悠自適と考えている蝉がいるかも知れません。
特になにもせず、植物の根から
美味しい樹液を吸って、
静寂に包まれながら何年も暮らす…
もしかしたらこれは、
夢のような生活とは云えないでしょうか?

外出するのが嫌いな人だっている訳ですから、
人生の終焉の時になって
ほとんど運命的に外界に出て行かざると得ないことを、
苦痛に感ずる蝉がいたっておかしくありません。
そんな蝉たちにとっては
人生の最期に試練が設定されている訳ですから
あの鳴き声はもしかしたら
恨み辛みの合唱かも知れないのです。

こう考えみると、
どうやら蝉たちを一緒くたに考えるのは
失礼かも知れません。
蝉を単純な虫と決めつけ、
無意識のうちに見下している訳ですから、
考えを改めざるをえません。
その生き方に感ずるものがあるのであれば、
その生き方を尊重するのが公明正大というものです。


などと、おかしな理屈をこねてみましたが、
やっぱりあの蝉たちの大合唱と羽ばたく姿は
喜びの姿に他ありませんね。

感じ方一つで
蝉の前半生も幸福なものと捉えることが出来る、
といったお話を先日伺い、強い感銘を受けたので
そのお話を書きたかったのですが…

人の言葉を表現するのはどうにも難しいことです。
自分の身になっていない、ということでしょう。




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新九郎譚「蝉」


夏の終わりは新九郎君を
ちょっぴりメランコリックにさせるそうです。

盛夏の折、
あれほどの隆栄をほこった
蝉たちが

一羽、そしてまた一羽、

乾いた死骸になって
地面に横たわる様は、
まさに虚しい無常を表しますので
まぁ、新九郎君でなくとも
物悲しくなる人はなるでしょう。

蝉は暗い地面の下で何年も、
ただじっと、慎ましく暮らします。
何の贅沢もせず、
何の栄華も望まず、
ただじっと、
身の丈にあった生活を粛々と続けるのみです。

そんな蝉ではありますが、
人生の最後のほんの一瞬、
ついに太陽を目にする時がきます。

もはや、蝉を冷たく重く圧迫する
圧倒的な質量、地面に抑え込まれることもなく、
蝉は自由に、力強く、
この一瞬を満喫するように
どこまでもどこまでも、
高く高く、この大空を思うがままに
飛んで行くのです。
初めて感じた生きる喜びに
全身を満たされながら。。

しかし、蝉は知っています。
この幸福は長くは続かないことを。
だからこそ、
この一瞬が輝いているのだということを。

墜落してゆく仲間たちを横目で見ながら、
蝉はただ、己に許された残り少ない時間を
精一杯に生きるしかありません。
それが蝉の人生…

さて、
夏の終わりにはいつも、
意外にもロマンチストな新九郎君は
この様な思いに耽っている訳ですが、
そんな時は大抵、ガサツな一言が
うっとりした表情の新九郎君を現実に引き戻します。

Awww!うるさい!
ヤツらはいったい何を叫んでいるんだ!?

新九郎君は故あって米国人と職場を共にしています。
無常観など欠片も気にしない米人には、
蝉の悲しさなど理解しようもありません。
出身の州によっては蝉を知らない人もいますので、
ますます無理もない事情となります。

よくわからないけど、たぶん、
Push, Push a hat (突く突く帽子)じゃないかな?

そう、返答する我らが新九郎君は今日もいい加減です。




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彼岸花


先日、老師のお話に彼岸花の話題がでた。

彼岸花といえば思い出すのが、
そらが亡くなった後に
花と二人きりで歩いた、
丹沢のある小さな小道だ。

そらのいない違和感と、
色を失い花弁を落としはじめた
無残な彼岸花の群れ、
物事の終焉を予感させる薄暗い曇天。
物悲しさの中を私たちは無言で歩いた。

その時になぜか、
山間に見えた大山の姿が
妙に神々しく感ぜられたのを思い出す。

花は凝っと座って、
何事かを考えながら
大山を見上げ、
私はその背をそっと抱いて寄り添った。
そらの死に、
私たちは傷つき疲れていた。


彼岸花の、
あのはっとするほどの鮮烈な赤には
古来より多くの歌が残されているのだという。

その歌は、喪失に係る痛恨の思いが
迫真の力で綴られたものが多い、トいった意味合いの
老師のお話だったので、
私は少々調べるのに躊躇してしまったが、
否、躊躇はしなかったかも知れないが、
そんな悲しい歌に触れてみようと思った
自分に驚きはした。
かつては、
そんなものは遠ざけねばならなかったからだ。

果たして、矢張り悲しい歌ばかりであった。

地に浮かぶその赤い花を
幼子の血に見立て、
咲いた花は
ちょうどその子の(亡くなった)年の数、ト詠む歌などは、
特に彼岸花と死の関係を
生々しく描写していた。

彼岸花の赤は、厳粛な死出の彩なのだ。
従って、あの日、私たちが歩いたあの小道は、
矢張り死んだ後の世界への旅の始点であり、
その先にそびえる大山は
亡くなった者たちの霊が眠る場所なのだと、
私は改めて確信した。





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