立ち止まったら試合終了


その悟りを捨ててまた悟れ

道元禅師は
「たとえ悟りに到ることが出来たとしても
その悟りを捨ててまた悟れ、
成仏出来たとしても、仏のさらに上を目指せ」

といった内容のことを言った。(らしい)

これは、
単なる上昇志向とか向上心を奨励しているのではなく

いろいろと
禅らしい深い意味があるのですが
hana happyHANA「パパにはよく理解できないのでww」

ここは意識的に、
自分に都合よく言葉のままに単純に解釈するとします。

SORA smile 11AUG09 028SORA「押すでしゅね~www」





その悟りを捨ててまた悟れ


しかしまぁ・・

よく考えてみたら
この「仏向上事」の概念、
何の分野であれ
道を探求する者にとっては、
「そうせざるをえない当たり前のこと」
のような気もします。


個人的な話をするとボクシング・・
14年やっていて、
「ある程度のレベルには達したな、フフン
などと思うこともありますが
しかしそれは愚かな錯覚でしかないことに
すぐに気づきます

たとえれば

ふと正気にかえり辺りを見回すと
なんとそこはお釈迦様の手のひらの上であった、という・・・

斉天大聖孫悟空の
あのエピソードそのものなんですぞなもし

なんと、
まだまだ愚かであった!
みたいな



しかし私たちが
あの時の孫悟空と違うのは

確実に一歩一歩、
自分の足で前に進んでいるということだと思います

いい気になって飛んでいるだけではなく、
地に足つけて進んでいるという

この厳然たる事実だけは
誰にも否定は出来ません

しかしながら・・・!

hana happyHANA「上がったり落ちたり忙しいねwww」


いつもいつも、
ある程度の場所まで行き着くことが出来ても

常にそこには先に続く道があって、
「ここだ!」という境地には
永遠に行き着くことは出来ないような気がします。

ファウストも、
世の中のあらゆる学問を研究しつくしたけど
結局わかったのは
自分は何も知りえないという事実だけだったし・・・

hana fumuHANA「求むれば求むるほど菩薩の境地は遠のく・・・」

sora kyupiSORA「メフィストフェレスしゃん、出番でしゅ!」


山を越えても、超えても
そのまた向こうに山がある。
しかも
進めば進むほどその山々は高く険しくなってゆく。

しかし、
そこに立ち止まることは出来ず
「もっと進みたい!この先に何があるのかみてみたい!」
という激しい衝動にかられ
そして歩み続ける・・・

永遠に続くその道を行くのは
それはそれは苦しいことかも知れないけれど、

しかしその苦しみは
同時に

生きる活力も与えてくれる・・・!



こう考えると、
登山家が何故山に登るのかと問われて
「そこに山があるから」と答えたという

その心境がちょっとわかるような気もしてきます。



ありゃりゃ・・
なんかまた長くなっちゃったので
ここらでいったんきっときます




では最後に
ニーチェのこの言葉を。

終わりがすべて目的地ではない。
旋律の終わりは旋律の目的地ではない。
しかし、
旋律は終わりに達しなければ、目的地にも達することはできない。
(漂泊者とその影)






仏向上事(悟りを得た後も、更に一所懸命生きていけ)

正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)
(1982/01)
和辻 哲郎

商品詳細を見る




「諦めたらそこで試合終了だよ。」(安西先生)

SLAM DUNK 完全版 全24巻・全巻セットSLAM DUNK 完全版 全24巻・全巻セット
(2002/03/22)
井上 雄彦

商品詳細を見る









Werde ich zum Augenblicke sagen: Verweile doch, du bist so schoen !

ファウスト〈1〉 (新潮文庫)ファウスト〈1〉 (新潮文庫)
(1967/11)
ゲーテ

商品詳細を見る
スポンサーサイト

| はなそらDAYz!ホーム |

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://hanasora0526.blog72.fc2.com/tb.php/773-0b747b21
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザーのみ)