北原白秋といえば


軽井沢旅行2010 番外編



前回、
ママちゃんのブログに
北原白秋の歌碑がでてたワケですが

北原白秋といえば、
HSパパはいつも
このエピソードを思い出します。


その背景は非常に重く、
このような場で語るべきかどうかは
悩んだのですが・・

紹介させていだきます。



1932年、上海事変での戦闘中、
陸軍はある敵陣をどうしても突破できないでいました。
このままでは
味方の被害がひろがる一方・・


そこで、
ある工兵三名が"決死隊"を結成し

"点火した"爆弾を抱えて突撃、
敵陣の鉄条網を爆破して
見事、
文字通り突破口を開いたのです。

三名はこの際、
その戦果とひきかえに
壮絶な爆死を遂げられました。



この時
日本国内では

この三名の兵士、
久留米第24旅団の江下武二、北川丞、作江伊之助各工兵一等兵の

己の身を犠牲にしても
味方の窮地を救った
その武功を讃えて


後世まで
その逸話を語り継ぐために
歌を作ろうということになり

新聞社が大々的に
歌詞を一般募集し
84577通(+124561通)の応募があったのですが・・


なんと

応募してきた
一般の人たちの中に

与謝野鉄幹の名があったという・・・!





すわこれ一大事、と!

慌てたのは
北原白秋を中心とする審査委員会です。

まさか
文学界の大御所の作品を
落選させるわけにもいかないので

困り果てた白秋が
審査なしで鉄幹の作品を一等当選させてしまったという・・・

人間くさいというか
なんというか、
そんなエピソードがありました。

悲しい話の中にあり、
何故だかわかりませんが
何かふと救われるようなエピソード。
北原白秋といえば、
いつもこの逸話を思い出してしまいます。





さて

話がまたいつもの通り
まとまりのないものとなってしまいました。

書いているうちに
北原白秋の話なのだか
三勇士の話なのだか
わからなくなってしまいましたが・・・

然しこうなった以上、
これだけは言わなければなりません。


今のこの平和な時代、

これは全て

このような兵士の皆さまたちの

尊い犠牲の上に
成り立っているものなのです。

これだけは
誰にも否定できません。


その想いを胸に

この与謝野寛(鉄幹の本名)作詞、辻順治作曲の
爆弾三勇士
を聴きながら
兵士の皆さまの魂に
深い感謝の祈りを捧げ

今回はここまでとします。



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