ある兎の話(仏説)


年老いた僧侶が
砂漠で倒れていました。

老僧侶は、
長い旅の果てに

疲れ果て疲れ果て

そして空腹のすえに
倒れてしまったのでした。

そんな老人を
熊と狐、そして兎が見つけ、
なんとか助けようとします・・・




熊は川へ行き
魚を獲ってきました。

狐は山で
木の実や山菜を集めてきました。


兎は・・・

一生懸命に
老人のために食料を探しましたが
なにも持ってくることは出来ませんでした。。


「そんな日もあるよ。」
「よく頑張ったからいいんだよ?」

熊と狐は
兎に優しい言葉をかけますが、
兎は無力な自分に苦しみます・・・



「老人の為に、何かしてあげられないだろうか。」

兎はしばらく考えていましたが、
何を思ったか火を熾しはじめます。


そして、
火がメラメラと勢い良く
燃え上がったその時


兎は

炎の中へその身を投じてしまいます。





そうです。

兎は
自らの体を食料として
僧侶に差し出したのです。



他者を苦しみから救う為、
他者の命を守る為、

自らの命さえも犠牲にする
この気高き精神・・・

それはとても尊いことであり
その清らかな姿は、
かつてあのバルドラのサソリ
死の直前に夢見たものでもありました。



こうして兎は
その慈悲の心により
死して仏となりました。

(日本では、この後、帝釈天が兎を月に昇らせたことになっている)







思想的というか・・
宗教的には、
この兎のとった行動は素晴らしいものであり
そこに議論の余地はないでしょう。

しかし、
『現実的』にみるとこのような行動は
とても出来るものではありません。

いやむしろ、
「出来なくても当然」だと思います。
皆それぞれ、守るべきものをもって生きているワケですしね



では私たちは、
この話をどう理解すればよいのか?



HSパパは、

「兎のような行動をとることは
確かに素晴らしいことだけども、

しかし
現実で行動するにあたっては

みんながそれぞれに、
誰かの為に何か「自分の出来る範囲」でやっていればそれでよい
と・・

極端にはしらず、
そんなふうな心構えさえもっていれば
それでよい」のだって

そんなカンジでユルユルに解釈することにしています。


sora face1SORA「そう!JOJO!それがベスト! でしゅ

hana happyHANA「リサリサ?www」


まぁ、
それくらいの認識で
ちょうどいいのかな~っと感じています。
なにしろ、仏教は中庸の思想が根底にありますしね~





そしてもっと言えば、
心の中で思うだけだっていい。


それだけでも十分に

この物語に出てくる兎のように
誰かを救うこととなるものだと思います。


このような心を
仏教では「慈悲」と呼びます。



そしてその「慈悲」の心は
必ず自らをも救うこととなるのですが・・・

ちょっとまた長くなってきたので
続きはまた今度気が向いたらってコトで




てかこれ・・・

ハーゲンダッツのリッチミルク食ってんですが


やっぱ最高ォォォ!!

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コメント

その節はご訪問そして俺っちのために温かいコメントを残して下さり
ありがとうございますv-435
お陰さまで楽しいバースディーv-314を過ごすことができました。
なにぶん東京行きも控えていて忙しくしており
お礼の訪問遅れまして申し訳ありませんでしたv-515

日を改めて落ち着きましたらコメントにも
うかがわせて頂きますがお礼までにお伺いさせて頂きましたe-418

=まちゃる様=

おぉ、まちゃる様、こんにちは!
お忙しいところわざわざありがとうございます!

そうかぁ~、もうすぐ東京行きですねぇ!
懐かしいのでは??i-278

楽しんでいらしてくださいね~!!

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