彼岸花


先日、老師のお話に彼岸花の話題がでた。

彼岸花といえば思い出すのが、
そらが亡くなった後に
花と二人きりで歩いた、
丹沢のある小さな小道だ。

そらのいない違和感と、
色を失い花弁を落としはじめた
無残な彼岸花の群れ、
物事の終焉を予感させる薄暗い曇天。
物悲しさの中を私たちは無言で歩いた。

その時になぜか、
山間に見えた大山の姿が
妙に神々しく感ぜられたのを思い出す。

花は凝っと座って、
何事かを考えながら
大山を見上げ、
私はその背をそっと抱いて寄り添った。
そらの死に、
私たちは傷つき疲れていた。


彼岸花の、
あのはっとするほどの鮮烈な赤には
古来より多くの歌が残されているのだという。

その歌は、喪失に係る痛恨の思いが
迫真の力で綴られたものが多い、トいった意味合いの
老師のお話だったので、
私は少々調べるのに躊躇してしまったが、
否、躊躇はしなかったかも知れないが、
そんな悲しい歌に触れてみようと思った
自分に驚きはした。
かつては、
そんなものは遠ざけねばならなかったからだ。

果たして、矢張り悲しい歌ばかりであった。

地に浮かぶその赤い花を
幼子の血に見立て、
咲いた花は
ちょうどその子の(亡くなった)年の数、ト詠む歌などは、
特に彼岸花と死の関係を
生々しく描写していた。

彼岸花の赤は、厳粛な死出の彩なのだ。
従って、あの日、私たちが歩いたあの小道は、
矢張り死んだ後の世界への旅の始点であり、
その先にそびえる大山は
亡くなった者たちの霊が眠る場所なのだと、
私は改めて確信した。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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