さて、新九郎君の考えですと、
蝉の前半生は慎ましく地味なものとなる訳ですが、
果たしてそれは真実なのでしょうか?

蝉にだって個性があるはずです。
ですから、もしかしたらじっと地面の下にいる生活を
悠悠自適と考えている蝉がいるかも知れません。
特になにもせず、植物の根から
美味しい樹液を吸って、
静寂に包まれながら何年も暮らす…
もしかしたらこれは、
夢のような生活とは云えないでしょうか?

外出するのが嫌いな人だっている訳ですから、
人生の終焉の時になって
ほとんど運命的に外界に出て行かざると得ないことを、
苦痛に感ずる蝉がいたっておかしくありません。
そんな蝉たちにとっては
人生の最期に試練が設定されている訳ですから
あの鳴き声はもしかしたら
恨み辛みの合唱かも知れないのです。

こう考えみると、
どうやら蝉たちを一緒くたに考えるのは
失礼かも知れません。
蝉を単純な虫と決めつけ、
無意識のうちに見下している訳ですから、
考えを改めざるをえません。
その生き方に感ずるものがあるのであれば、
その生き方を尊重するのが公明正大というものです。


などと、おかしな理屈をこねてみましたが、
やっぱりあの蝉たちの大合唱と羽ばたく姿は
喜びの姿に他ありませんね。

感じ方一つで
蝉の前半生も幸福なものと捉えることが出来る、
といったお話を先日伺い、強い感銘を受けたので
そのお話を書きたかったのですが…

人の言葉を表現するのはどうにも難しいことです。
自分の身になっていない、ということでしょう。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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