LUKA 後編


子供というのは100%親に依存して生きている。
だからその親から攻撃を受けると
もうどうにも逃げ場なんてありはしないのだ。
だから、
『現実の自分は実際の自分ではない(これは単なる悪夢だ!)』と信じきようとする
悲しい逃避しか残されていない。

こういった逃避は
「乖離」という現象に結果する。
この言葉を書くだけで、もう胸が痛く指が震えてくるが、
どうしようもない現実の自分を自分ではないとし、
「あの可哀想な子は自分ではない」
という架空の自分、要するに、
『現実の自分を傍観している第三者』つくりあげて
それを『本当の自分』として認識しようとする。
これは当然無意識に行われるので
自分のなかにあるAという人格がBという人格を認識することはない。
つまり、よくある多重人格と自称する人が
いろんな人格を説明するのは嘘っぱちなのだ。

犯罪の言い訳に多重人格云々をいう者の主張は
決して通じはしないし、鼻で笑われるだろう。

人と違った自分を演出したいが為に
くだらない多重人格ファンタジーを語るものは、
乖離性障害、旧:多重人格障害(MPD)、の深刻さを知れば
死ぬほど己を恥じることとなるだろう。

「LUKA」という歌は単なるポピュラーソングでは断じてない。
淡々とした抑揚のない独白に、最初は、
なんだか変わった歌だな~、くらいの印象しか持たなかった。
R.E.M.など米国のアーティスに多くみられるように、
本稿にあげた「LUKA」も、
もうその歌詞を書いたアーティストにしか
意味がわからないという、ある種の芸術性を持った歌だと
誤解していた。

そうではなかった。

最初にこの歌の背景や本当の意味をしった時、
私は戦慄し、しばし言葉を失って硬直していしまった。
そして再度この歌を聴き直し、プロモーションビデオを観て、
正直に告白すると切なさに涙してしまった。

私は直情的であるので、
もうその勢いで本稿を書いている。
したがって、読みにくい箇所もあるとは思うが、
そこは勘弁してもらいたい。






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


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