7分の勝利


信玄公がご遺訓で、
軍勝はおよそ五分が上で、七分が中、十分をもって下と為す、
トいった意味のことをおっしゃっている。

完勝は驕り高ぶりをもたらすという意味で、
しかも相手の面子も潰して
恨みを買うことにもなるのだから、
なるほど、これは真理だ。
洋の東西を問わず、
あらゆる兵法書も同じことを云っている。

さて、私はというと、
歴史や兵法書が好きなので
いろいろと読み漁って知識だけはあるつもりだ。
そして、そう云っているところに
既に驕りがあるわけで、
よくよく考えると勝利の後にはいつも油断し、
そして失敗することが多い。
しかも、相手の面子など考えないばかりか、
徹底的に滅殺することに喜びを感じてしまうので
当然、その後の周囲との関係はぎこちなくなる。
(これは確か、黒田官兵衛が指摘していた)
この周囲、というのが重要で、
一人を潰すことはそれを見ている周囲をも
遠ざけることになる。
<人は常に見ている>

さて、こうして大失敗を繰り返しながら、
気にはしているのだが、それでも学ばず、
そうして今に至るわけだが、
このサイクルには
私特有のもう一つのステップがある。

失敗の後、私は必ず家康公の、
例のしかみ像の前で項垂れる。

このしかみ像自体が、
こうはならないように!トいう
戒めの絵であるのだけれども、
私のほうな凡人はこれを
何度も、何度も、何度も、何度も、
見つめて反省する機会を繰り返してしまっている。

歴史に学ぶ賢者と、経験に学ぶ愚者、
私はその愚者にすらなれていないのが現実だ。


自分で書いていてなんだか笑ってしまった。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。




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