経を唱える意味


春の朧月夜は
この世とあの世の境界を曖昧にする。

最早、神となった死者と交わす言葉は
私の胸に沁み入り、
霧雨が深々と土を濡らして
野山の新緑を育ててゆくように、
死して尚、私の生きる根拠であり続ける。

「般若心経は生きてゆく為の智慧ではないのか?
それを死者に唱えて供養になるのか?」
そんな問いをある僧侶に投げかけたことがある。
こたえは概ねこういったものであった。

確かに般若心経は生者の為の智慧であって
死者を弔う為のものではないかも知れない。
では何故、供養に唱えるのか?
そこが先ず、そもそもの思い違いである。
あたなは死者を供養しているつもりかも知れないが、
実は死者があなたに経を唱えさせているのだ。
唱えた経は墓石に当たって跳ね返ってくるだろう?
励まされているのは、あなたのほうなのだ。






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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