今日の倖せ


人にはそれぞれ執念深く追う題材があると思うが、
私の場合、人生が時間に従って下らなければならないという
どうにもならない自然の摂理がそれに当たる。

「今日の倖せを感謝します。」

神仏に祈るある深夜のこと、
自然と口にでたこの言葉に少々驚いた。
いつも口にしているはずなのに、
妙な違和感というか、新鮮さを感じたからだ。

私はかつて、永遠を祈り、願った。
この子たちとどこまでも歩いてゆけますよに、と、
その事ばかりに執着し、現実から目を背けた。
事ある事に神仏へ願掛けし、
永遠は最早保障された確固たる現実であると、
そう思いこもうとした。

そして、現実を知らしめる運命の時がきた。
あれから時間は流れ、今に至っている。

私はその間に何を学んだのだろう。
現実の理不尽、この世の理を憎み、
神仏にすがり、空を仰ぎ見て、
その時間を経た後に、何に気付いたのだろうか。
やっぱり、神仏への感謝であった。

大いなる存在は常に私たちを助けて下さる。
併し、それは決められたルールの範囲内でのことだ。
私たち人間がそれ以上を願ったとしても、
それは不相応な図々しさでしかない。
私は常に身勝手極まりなかったが、
それでも神仏は私と共に在った。…

それを漸く理解した今、
発する言葉は同じであっても
その背景がまるで違うので
自分でも驚くほどに新鮮に感じている。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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