鳥瞰すべし


細々と煩わしい事や
耳障りな他人の言動が気になるのは
その真っ只中に身を置いて、
同じレベルで同じ振舞いをしているからです。
よく云われることですが、争いとは、
同じ程度である者たちの間でのみ、発生するもの。

そんな事を訳知り顔で語るAさんも、
実はそうやって他人を貶める事によって
小さな自己満足を得ている
狭い鶏小屋の住民にすぎません。
同じような話を口角泡を飛ばして語る
Bさん、Cさんと
何ら変わりのない同じ群鶏の一員です。

では、全体を見渡せる鶴の視点を持つ人、
Dさんには何が見えているのか?

鶏小屋という組織の中で、
出鱈目な陰口を囁いたり
謀略で他人の足を引っ張ろうとしている
いい年をした大人たちが、
実に馬鹿々々しい、虚しい道化に見えているでしょう。
関わり合いになる必要がこれっぽっちもないので、
Dさんは彼らの噂話には参加しませんし、
彼らを話題にすることすらしません。
要するに、まるで相手にしていないのです。

一方、AさんBさんCさんという哀れな鶏たちは、
顔を使い分け、言葉を駆使して、
他人を貶めようと今日も躍起になっています。
この違いは何処から生じたのか??

Aさん、Bさん、Cさん。
彼らは実力がなくって、自分に余裕がないから、
常に他者を馬鹿にしていないと安心出来ないのです。
人の事ばかり気になって、
いつも他人の評判を落とすにはどうしたらいいかと、
そればかり考えていますが、
その努力を自らの向上に向けることはしません。

翻って、Dさんの注意は常時自分に向いています。
自分をしっかりと見つめて評価し、
足りない部分を補おうと努力研鑽を積むDさんには、
他人に注意を向ける暇などありません。
そうやって、
これまでの人生で己を磨く努力をしてきたDさんには
それを根拠とする無意識の自信がありますので
自らに余裕を持っています。
ふわりと浮かぶ鳥瞰の視点は、
この余裕から生まれているのです。
決してレッドブルに翼を与えられたのではありませんし、
そもそも翼というものは
血の滲みと歯の喰いしばりを経験した者にのみ、
与えられるものなのです。

とは云え、私はレッドブルが好きでよく飲んでいます。
先ずあのケミカルな香りに
怪しい説得力がありますので、
なんだかプシュと栓を開けた瞬間から
気分が引き締まります。
さらにあの、最初の甘い一口で
気分にブーストがかかる気がしますし、
又、カフェインが

hana ordinary花「うぉぉぉい! 話がズレちょるがな!」

sora mumuそら「翼を与えるでしゅ!」


話に若干のズレが生じましたけども、
鳥瞰の広い視点を持とうと思えば
先ずは努力して己を磨くことです。
そしてそれを継続して行い、日常化する。
自分に余裕を持つ為の、
それだけが唯一の道なのであります。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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