新九郎譚 「落とし物」


これまでこのブログでは、
新九郎という名の若者の話を何度かしてきました。
○○新九郎君は、作者がよく知る実在の人物で、
珍しい話をよく提供してくれますので
これをシリーズ化して記録してゆくことにします。

さて、今回のお話はある落とし物に関するものです。
新九郎君は役人でありますので
落とし物係も経験したことがあるそうで、
今回はその時の
ある印象深いエピソードを紹介しましょう。



落とし物

ある時、人の集まる大きなイベントがあり、
我らが新九郎君は臨時で落とし物係に配属されました。
届けられた拾得物には
凡て書類が作成されて記録が行われ、
保管までには複雑な手続きが求められます。

新九郎君は普段は非常に真面目なのですが
若干合理主義者的で冷酷な部分があり、
財布などの重要なアイテムに対しては
書類作成をはじめとした複雑な手続きも当然と考え
事務的に淡々とこなせたのですけども、
明らかに価値のないと思われる物については
この手続きを無駄に感じた、ト、告白してくれました。
そればかりか、忙しい勤務でしたので、
多少なりともの苛立ちも感じていたそうです。
次にお話します、ある写真についても同様でした。
(役人風情がけしからん、ト御腹立ちでしょうけども、
どうか最後までお読みください。)


それは猫の写真でした。
発見者が道で拾ったというその写真は、
一見して手作りとわかる粗末なケースに入っていて
ゆわえられた鎖もなんだか安っぽく見えました。
ケースを形作るテープの端は黒く変色して薄汚く、
正直なところ何の価値もないゴミのように
新九郎君の目には映ったそうです。
然し手続き上、新九郎君は何枚かの書類を作成せざるをえず、
時間を費やして手続きを終えましたが、
無駄な手間だ、ト、そんな不満だけが胸に残ったとの事。
彼は良き友人ではありますが、
これは少々不届き千万と云わざるとえません。

それから数時間の後、
一人の老人が新九郎君の係を訪ねてきました。
老人はおどおどしながら、
申し訳なさそうにこう尋ねたそうです。
「猫の写真を探しているのですが…。」

それなら先ほど届きましたよ、と、
新九郎君は軽い気持ちで写真を取りだしました。
本当に何の特別な気持ちも感情もなく、
決まり仕事の一環として淡々と行っただけでした。
あんなものを探す人もあるのか、ト、
少々の驚きがあって、
何より手続きが無駄にならず、やれやれ、などと
考えただけだったそうですが…、
この何でもない手続きが、この後しばらく、
強く深く、新九郎君の心に残る事となります。

老人は写真を見るなり、それです!と叫び、
受け取った写真をしっかりと胸に抱いて
「ごめんな、みーちゃん、ごめんな!」と、
涙を流して膝から崩れ落ちました。
「ごめんな、本当にごめんな!もう離さないからな!」
あまりの展開に、新九郎君は一瞬あっけにとられましたが、

人目も気にせず号泣する老人の
丸まった小さな背中を見下ろしながら、
新九郎君は凡てを悟って硬直しました。

粗末と思えた写真入れのケースは、
不器用な老人が
大切な写真の保存と携帯の為に
懸命に作成したものであり、
汚れたテープは老人が何度となく
写真を撫でた悲しみの痕跡だったのです。

猫が既にこの世にいない事も明白であり、
そしてこの猫が老人にとっての
大切な家族だった事も
この状況が雄弁に物語っていました。

この厳粛に際し、新九郎君は、
己の軽率さと馬鹿さ加減を心の底から恥じて、
老人の涙が辛かったのだ、ト、
独り言のように険しい表情で語ってくれました。

新九郎君がこの係に配属されたことには、
きっと意味があったのだと思います。
彼のことですから、きっと無駄にはしないでしょう。
それは、
この初冬の高い青空の如くに明らかです。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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