新九郎狐


丹沢の山奥に一頭の狐が住んでいた。
狐は名を新九郎といった。
新九郎は天蓋孤独の身であったけども、
ある春の朝、家族ができた。
彼の巣穴の近くに
純白に輝く兄妹の花が咲いたのだ。
それは、雪をも欺く白さだった。

新九郎は花たちを愛した。
それはそれは大事に世話した。
うっとりと眺めているうちに春は過ぎた。
梅雨には花たちが流されないように、
煉瓦で囲って土を盛った。
夏は灼熱の日差しよけに
傘をこしらえた。
秋には降り始めた霜を避ける為、
新九郎は花たちの根本に丸くなって眠った。
やがて丹沢に冬がきた。

この世界は一つの法則に支配されている。
新九郎がもうどんなに頑張ったところで、
花たちはその可憐な花弁を散らしていくしかなかった。…
新九郎は、コーンと一声だけ鳴き、
その声は丹沢の山々に美しく響いた。




「それから新九郎はどうなりましたの?」
人間の女の子が父親に聞いた。
「滅んだよ、無論。」
父親は遠くを見るような目でこたえた。
「新九郎は現実を受け入れる事を拒んだんだ。」

「お可哀想なことをしました。」
女の子は目を伏せてしまったが、父親は云った。
「然し彼は、愛する花たちと幸福に生きる事が出来たのだ。
哀れに思うことはないさ。」
「彼は自分の倖せを追及したんだ。」

女の子にはよくわからなかったが、
新九郎と花たちの魂は
きっと今でも丹沢にあるのだろうと、
それだけは間違いのないように思えた。







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