声息来タル


掌編小説 声息来タル


私、新九郎には異国で過ごした時期が御座います。

加州、羅府国際空港から入国して広い広いその大陸に立った時、
溢れる異人さんたちと聞きなれない言葉に包まれて、
雑踏の中に在りながらも
私は古井戸の底にいるような孤独を感じました。
元来、気が弱い私は、
この時すでに挫けそうになっておりました。

然し、私には当てがありましたので
その事が強い支えでした。
ある遠い縁故からの紹介で、
異国の家庭にお世話になることが決まっていたのです。
事前に交わした書簡から
優しそうな印象があったので、
これは大変に心強い命綱でした。

はたして彼らは、
世界の東端、彼らから見れば殆ど未知の国から来た
言葉すら覚束ない貧乏書生のこの私を、
温かく迎えてくれました。
当時の私は相当な捻くれ者で、
尚且つ僻みがちな目の吊り上がった無作法者でしたが、
そんな私に理解を示し、受け止め、
真摯に接してくれたのです。
そこは、厳粛なクリスチャンの家庭でした。

お父様もお母さまも、他人であるはずの私を、
それはそれは可愛がってくれました。
私はその献身的、利他的、
先ずは他人を思いやるその考え方や行動に
深い衝撃を受けました。
思えば、蓬のようだった私が
麻のように真っ直ぐな姿勢を目指し始めたのも、
この頃が起点だったように感じます。
もう、遠い遠いセピア色の記憶です。



20年の月日が経った後、
お父様が他界されました。

それから15年が過ぎた今、
お母さまの危篤を知らせる電子メールがありました。
あんなにお元気だったお母さまの生きる力も
ついに弱々しい蝋燭の炎の様相となり、
自発呼吸もままならず、
集中治療室で沢山の管に繋がれて、
見る者の胸を締め付けるような
それはもう痛々しい姿になられているとの事でした。

「新九郎にはお祈り申し上げる事しか出来ません。」
私はこの日本の地で、
お母さまの無事と早期の回復を祈るばかりでした。
セコイアの大木のように力強かった方が、
一本の藁のようになってしまったお姿が想像できず、
動揺し、もうただただ、オロオロとそこらじゅうを歩き回り、
遂には自転車で飛び出して
真っ直ぐに川沿いを南下して太平洋を目指し、
少しでもお側にと、それはもう懸命な思いでした。

茫然と煙がかって狼狽えた頭のまま
必死にペダルを漕いでおりましたその時です。
突然、なんのきっかえもなく意識が透明になり、
瞬時に心が緊張しました。
驚き、自転車を降りたその瞬間、

ゴォ……!

ものすごい突風が湧き起こり、
目の前の藪から人の背丈ほどもある茶色の塊が
大空に舞い上がったのです。

あまりの事に私は肝を潰し、
ひぃ、などと声をあげて
尻もちをつかんばかりに飛び退き見上げたその先を、

物体は回転しながら軽快に上昇を続け、
やがて大きく膨らみながら
無数の小さな枯れ葉に分裂してゆきました。

螺旋を描きながら
遥か上空に舞い上がってゆく枯れ葉の群れたち。

ゆっくりと拡散しながら大空を漂い、
キラキラと太陽の光を反射しながら、やがて、
それはそれは美しい無数の星へと変貌していったのです。

冬の、深い快晴の青に、
生まれて初めて
私は星空を見ました。



それから、
枯れ葉たちは悠々と空を舞い続け、
最後は粉々に拡散して姿を消してしまいました。
冬の真昼に現出した星空の奇跡を見送りながら
私は暫くその場に立ち尽くしていましたが、
携帯電話に一通のメールが入ったのは
それから少ししての事でした。



あの不思議な星空は、
自然界に帰ってゆくお母さまのお姿そのものだったに
相違御座いません。
私を案じて最後にその様を見せて下さったのです。

命は自然に帰る。
私はその過程をこの目にしました。
今でも本当にそう思っています。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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