座禅は日々に損をする


「禅の修行をしたらどんな得があるのか?」
と尋ねた人が在ったそうだ。

問われた禅僧は、
「禅は日々に損して、日々に損をする。」
ト、答えたという。
修行をしても、
得する事などなにもない。
損をするばかりなのだそうだ。

然し、我々学びの徒は、
これを言葉そのままに捉えてはいけない。
損をするとはつまり、失くすということ。
意図して失くすのだから、
これは、捨てる、と言い換える事が出来る、
などと、解釈してみるのが第一歩だ。

なるほど。
そう考えると、「損」というのは、
原石から宝石を磨きだしてゆくように、
いらない要素を削って捨てて、
己の心を精製してゆく作業、
ト、考えてもいいと思う。
それなら修行とも矛盾しない。

然しそれで納得していてはいけない。
こんな単純な答えではない
何か別の意味もきっと隠されているハズだからだ。
しかも、こういった問答の答えには、
常に人の数だけの正解が存在するのだから厄介だ。

そうなってくると、
私の行きついた解釈が
今のこの時点での私にとっての正解ということで、
いいのかも知れない。

禅問答に、答えも正解もないのだろうけども。










初冬そら青く、芒のはな風に流るる。
丹沢は変わらず、悠然と我を見下ろす。


30OCT15 041a


いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
スポンサーサイト

| はなそらDAYz!ホーム |

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://hanasora0526.blog72.fc2.com/tb.php/1776-ad02c8fb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザーのみ)