高杉晋作辞世の句


その高杉晋作。

彼の辞世の句も、
これまたその完璧なる生に
更に花を添えたものとなった。

面白きこともなき世を面白く


「この退屈な世の中をいっちょ面白くしてやろうじゃないか!」
彼のそんな声が聞こえてきそうだ。

「どんな中にあっても、面白く生きてやろう!」
そんな風にも聞こえる。

きっと、
常にそういった気構えで生きてきた人だったのだろう。
そこには微塵の迷いも、
ほんの少しの躊躇も減速も無かったに違いない。

辞世の句ですら、
生きる意志に満ち溢れているところが、
又、彼らしい。




人生締めくくりの言葉もまた、
彼が彼である所以のような勢いのある響きを持つ。
純粋な芸術作品「高杉晋作」は、
どの局面にあっても
常に純度最高の「高杉晋作」であるのだ。

此処に於いて、彼の生は完璧な芸術に仕上がった。


25SEP15 ODAWARA 001a


いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。










さて、ここからはちょっと小声で話そう。

実は私は、この下の句、
「住みなすものは心なりけり」
これがあまり好きではない。

これはたしか、高杉に縁の深いどこかの尼御前が
付け足したものだ。
彼を思う気持ちがそこには感じられるけども、
然しである。
外野の勝手な意見を云わせてもらえば、
これは余計であったように思う。

上の句の、或る種、天真爛漫と云うか、
粋な自然児といった趣なのに比べ、
下の句に漂う、なにか小賢しい、
学問で装飾したような猪口才な白々しさ。
これはちょっとバランスが悪すぎはしないだろうか?

見事に完結しているこの句に
下の句は必要なかったように思う。
蛇足のお手本と云ってもいい。

然し、もしかしたこうかも知れない。
こちらの尼御前は、
自分の言葉を添える事によって、
二人でひとつの何かを作り上げたかった、
と、そんな風に思っていたのかも知れない。
高杉亡き後のぽっかりと空いた心の空洞を
言葉で埋めようとなされたのかも知れない。

もしも、これらに近い意味があるのであれば、
それなら最早、私のような他人が、
とやかく云う事ではなくなる。

うむ。
どうやら、要らでの口出しをしているのは、
この私自身だったようだ。 
邪魔者は退場するとしよう。
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