智恵子抄に思う


「智恵子抄」

清らかな川に一つひとつ
花を流してゆくように、
作者はその思いを
静かに詩に紡ぎ続ける。

そこには最早、
緊張も焦りも現世の慌ただしさの一片もない。
あるのは、
諦念の果ての澄んだ静謐、
神々しいまでの厳粛のみである。

風碧落を吹いて浮雲尽き
月東山に上って玉一団

ひとりの人間がこの境地に行きつくまでには
どれ程の苦難と涙があったのだろうか。



(以下、高村光太郎「智恵子抄」より)


千鳥と遊ぶ智恵子

人っ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい ──
砂に小さな趾あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つている智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい──
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい──
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向こうへ行ってしまった智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽くす。



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