ある瞬間を超えて


新九郎は今、
一人のご婦人と神父を車に乗せて、
St. PATRICK 病院へと急いでいる。

カリフォルニア州の交通は渋滞が多く
新九郎はイライラとハンドルを
軽く指で叩いているが、
後部座席のご婦人と神父は
世間話に花を咲かせている。

神父にはご婦人に伝えるべき重大な用件、
それも、足も竦むような深刻な打明け話がるはずだが、
彼は一向、其の事に触れようとはしない。
新九郎はその事に多少の疑問を抱きながらも、
専門的にはその対応が指示されているのかも知れない、
などと考えて、余計な気回しをしないよう努めた。

やがて車は病院に到着し、
新九郎はその先に確実に待っている、
ご婦人に叩き付けられるであろう、
殆ど理不尽な暴力ともいえる衝撃を思い、
じっと身を強張らせた。

ご婦人は神父と共に医師と面会した。
医師の口からは、
途切れ途切れに次のような説明がなされる。
その表情は鉛のように暗く、重い。

40分間… 懸命に… 
御主人をこちら側に連れ戻そうとしたのですが…


ご婦人の表情が
見る見る間に曇ってゆく。

我々も最善を尽くして…
出来る限りのことを…


ご婦人は最早、全てを見通していた。
それでも現実を受け入れられない
困惑に満ちたその魂は、
もう既にわかっている答えを求めて
叫ぶように周囲に問いかける。

「この人たちは一体何を言っているの!?」

ご婦人は、何度も何度も、
殆ど狂気に近い叫びで
周囲に問い続けている。
然し既に、
状況はその問いに対する回答を
非情なまでに明確に示しているのだ。

ご婦人は、
神父を伴っての病院出向に若干の不安はあったはずだが、
ここまで最悪の事態は予測してなかった、否、
考えたくはなかったはずだ。
それが今!現実として!
容赦なくこの気の毒なご婦人の面前に
一方的に突きつけられている……!
ご婦人は正気を失い、
まるで柳の枝がハサミで切られたかのように
真っ直ぐ下に崩れ落ちた。

新九郎は、
人間が絶対的な絶望に襲われる瞬間をまざまざと見た。
身体中の力が抜け落ち、虚脱と真空に、
ご婦人を構成する精神も肉体も
全てが粉々に砕け散り、
その魂の全てが真っ黒な墨で塗り潰され、
怒りと困惑と悲しみに焼かれて、
踏みつけられ、
のたうち回るまるっきりの全てを見た。
こんな凄まじい瞬間には、
人生のうちで何度も立ち合う事はないだろう。
新九郎は職務の全てを投げ出して
その場からとにかく
逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

然しほんのちょっとの理性が
新九郎をその場に留めた。

新九郎は、かつて自分にも訪れた
この実に全くの同じ状況を思い出して、
何とか自身を一つにまとめ上げる事が出来た。




この不幸なご婦人は、
きっと誠実な神父が支えて下さる事だろう。
そして残された家族、友人、ご婦人の周囲の皆が、
出来る限りの手を差し伸べて下さるはずだ。

そうしてご婦人はきっと、
一対一で神と対話する事になる。
神との真っ向からの対話は、
きっとこのご婦人の心を救済する事になるはずだ。
それからご婦人は知る事となる。

神とは、天の神のみでなくて、
家族や友人、
この世界全ての自然や生命をも指すものである、と。

救われるとは、
周囲に対する開眼であると私は考える。
それを教えて下さるのは、やはり、神である。




25MAR15 048


いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。
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