川は流れる 時は流れる その2


前回掲載した一番目の写真であるが、
コレはサイクリングしていて撮影したものである。

↓コレ
02MAR15 AY 008a


実は、一旦通り過ぎて、
「あっ、今のはいい景色だ、写真を撮らねば!」
そう思い直して、
すでに百メートル以上も進んでいたにも関わらず、
Uターンして撮影したものだ。

一瞬、目に映ったその景色の素晴らしさを諦める事が出来ず、
慌てて引き返すのはよくある事だ。
引き返したい! 面倒くさい!
このせめぎ合いが長期戦になれば、
それだけ引き返す距離は増してゆくのだが、
(そして「面倒くさい」の勝つ確率がどんどん増えてゆく)
それでも諦めきれない時がある。
今回がそうだった。


その時、既に百メートル以上撮影したいポイントから下っていた、
と書いたが、大幅に行き過ぎたのにはわけがあった。

Uターンして気付いたのだが、
それまで全く意識していなかったのだが、
その時、私はさり気ない追い風の支援のおかげで
実に軽やかに進んでいたのだ。
それで、思ったよりも大幅に行き過ぎてしまっていた、
という由。

さて、Uターンしてからが一苦労である。
今まで私を疾風の様に進ませてくれていた追い風は、
今度は打って変わって私を押し返しにかかった。
懸命にペダルを漕ぐが、
その踏み込みは重く、しかもその苦労に反して
距離は甚だ一向に進捗しない。

「今まであんなに楽だったのに。……」
などと恨み事を言ってもはじまらないのではあるが、
私はその時、ある事実に気付いた。

私は、正直、追い風の存在には全く気付いていなかった。
併し追い風はそこに確実に存在していて
私の背を押してくれていたのだ。
私がその存在に全く気づかず、
畢竟して感謝の気持ちの欠片すら持っていなかったというのに、だ。

さて、
この事は私たちの人生にも当てはまるのではなかろうか?
この追い風の様な存在の誰かが、
きっと私たちの周囲にもいるはずなのだ。
今生きているという事実、それこそが
人生に於いての知られざる追い風の存在を証明する
確かな証なのである。

日頃、いて当たり前と感じている存在や
何かしてもらっても当然と考えている事。
そんな思い違いが私たちの周囲には
少なからずあるのではないだろうか?

私は立ちはだかる向い風に息を切らしながら
そんな事を考えた。








~ おまけ ~

Uターンして目的地につき、
そこから再びUターンして追い風に身を任せた時、
私は又もある事実に気付いた。
(この日はいつになく冴えていた!)

そうだ。……
向い風も、身を転じれば追い風になる!



物事は表裏一体。
それをどう見て、どう解釈し、どう活かすかは、
どうやら全て自分次第のようだ。








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