福島市松、徹夜する


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、
福島市松が経験したある夜の受難エピソードを
夢十夜の余韻の如くに紹介してみよう。





福島市松、徹夜する 夢十夜/おまけ

福島市松のベッドには
柔らかく清潔な藁が敷き詰められ
その心地よさは三ツ星クラスと言っても過言ではない。
暖かい寝床の中でぐっすり眠るという
おそらく人生の中でも最高の幸福に身を浸す為の
物理的な環境の準備は、完璧に出来ていた。
快眠の準備は万端だったのだ。

では何故、市松は今、
眠れる夜に寝返りをうち続けているのか。……?

福島市松には姉がいた。
名をウシという。
丈夫で健康に育って欲しい、という
両親の願いが込められた命名らしいのだが、
どうやらこれは効きすぎたようだ。
福島ウシは、暴れん坊で有名な市松よりも
立派な体格に育っていて
尾張一と言われる雀薙刀の腕前から
「今巴御前」と呼ばれ、恐れられていた。

そのウシが、市松の隣の部屋で
大いびきをかいて熟睡中だ。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ウシの鼻の奥あたりからだろうか。
なにか、微妙に緩んだ大太鼓の革が
一定の間隔で激しく細かく、そして力強く振動しているような、
形容し難い重厚な音の荒波が、
寄せてはかえし、寄せてはかえししている。

耐えがたいほどの厚い波長が重なり合った、
闇に響く、否、この世界全体を震わすような、
凄まじい「空間のブレ」の連続。
それが今、市松の睡眠を妨害しているのだ。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


市松は必死に目を閉じ、
再度、寝返りをうって両の耳を強く塞いだ。
然し、力強い波動は、微塵も減少することなく、
直接、市松の脳を揺さぶってくる。
市松は、たまらず枕を頭に押さえつけた。
その時である。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!
 ぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ……

なんだろう、消え入るような音になってきた。
このままおさまってくれれば
何とか眠れそうだ。 
長かった苦難にも
漸く終焉の兆しが見えた。

(一、二と、ふむ。 
 これなら、後三時間ちょっとは寝れそうだ。)


…………


どうやら静かになった。
市松は、安心したいところだったが、どうも変だと感じた。
静寂ではあるのだが、無音の空間ではあるのだが、
何か得体の知れない不幸の可能性が、
ウシのほうから微かにではあるが
漏れている気配があるのだ。。

ぶぼッ!


その時、何かにひっかかっていたリズムが障害物を突き破り、
ため込まれたエネルギーが堰を切って解放されたような、
凄まじい音のエネルギーが
ウシの鼻から爆出した。

それは、あたかも重力崩壊の後に生じた
超新星爆発の如き凄まじい現象と言っても
決して言い過ぎではなかった。 
市松の安息は一瞬のうちに、
理不尽極まりない圧倒的な暴力によって壊滅的に滅せられてしまった!

さて、宇宙誕生の如きこの感動的なイベントは、
市松の精神にとてつもないダメージを与えた。

長時間に渡って苦しめられてきた騒音が
ようやく落ち着くかと思われたその矢先に、
待ち望んだ希望の鼻先に唐突に、
爆発的ないびきの破壊音が響き渡り、
安眠への期待が木端微塵に打ち砕かれたのだ。
市松の精神的ダメージは果てしなく大きい。

そしてその後、
何事もなかったかのように、
ウシのいびきは平常運転を回復する。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!



市松は考えた。
ここで姉の部屋に侵入し、鼻のひとつもつまんでやれば、
もしかして、この地獄から或いは解放されるやも知れぬ。

しかし、相手はあのウシである。
天下無双といわれる女豪傑である。
寝ぼけたウシが、
胡桃潰しと呼ばれる必殺のアイアンクローで
市松に襲い掛かってきたならば、
万が一にも彼に生き残る可能性はない。
果てしない地の底に落ちるが如きのゼロである。  

自らの命を掛けてまで、
あのいびきを止める試みを試す意味はあるのか?
藪を突いて蛇を出す行為に明日はあるのか?
否、そもそも出てくるのは蛇なのか?
八頭の大蛇とか、神話レベルの怪物じゃないのか?
今夜一時の睡眠確保と、永眠の可能性とを
秤に掛ける価値などないのではなかろうか!?
市松には、絶望しかなかった。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ウシのいびきは安定して止まりそうもない。
この「安定して」というのが実に絶望的だ。
文字通り、夢も希望もないし、
何の理屈も話し合いも常識も通用しない。

ウシのいびきの正確で力強い振動、
恰も、重い鎖を投げ出して引き寄せているかのような
重厚な響きの連続は、
確実に市松の脳を覚醒させ
もはや入眠の希望は絶たれている。
時計を見るのが怖い思いだが、
とりあえず市松は目覚ましに手を伸ばした。

その時である、
遠くで一番鶏の鳴き声が聞こえ、
市松は完全に希望を絶たれた。

いや、ウシのいびきを相手に最初から希望などなかったのだ。
市松の敗北は有史以前から決定していた。




その頃、
福島ウシは二枚目で秀才の石田佐吉の夢に
頬を赤らめていた。






01JAN15 MIJOU 001 ICHIMATSU



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

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