古馬乃秀邦、人形に心を痛める


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、ある悲しい母雀のお話である。





古馬乃秀邦、人形に心を痛める

ある秋の日、
古馬乃秀邦(こばのしゅうほう)は
刈り入れの終わった田圃で落穂ひろいをしている。
秀邦だけではない。
他にも多くの雀たちが、
人間たちが刈り落とした落穂を拾って
午後の食事を楽しんでいる。
秋独特のややオレンジ色がかった太陽光に照らされた
長閑な光景だ。

さて、今、ある夫婦の雀がこの田圃に飛来してくる。
どこにでもいる初老の雀夫婦であるが、
ひとつ、決定的に尋常でない特徴が
妻の雀に見られる。
秀邦のすぐ近くに、この夫婦は着地してきた。

妻の雀は、彼女の半分もあろうかという
大きな雀の人形を背負っていた。
その人形を翼で抱きかかえ、
落穂を拾っては動かぬ嘴へ押し込もうとしている。
「さぁ、食べなさい。 美味しいお米だわよ。 
 おあがりなさいな。」

人形の口元は、
食べ物のシミであろうか、薄く汚れている。
人形の嘴からはお米がポロポロとこぼれているが、
彼女は一向に気にしない。
秀邦は夫の雀と目が合ったが、
夫は、子供連れで失礼、とでも言いたげに
軽く会釈をしている。
人形は、帝大の制帽をかぶり
胸元には金釦が誇らしげに輝いている。
妻は、相変わらず落穂を拾っては
人形の嘴へと運んでやっており、
何事か話し続けている。

もはや明白であった。
人形は息子なのだ。
それも、その汚れ方から判断して、余程に以前の事である。
妻の乱心を抑えるために
夫があてがったものなのか、
正気を失ったこの妻は、
最早、人形を手放す事は出来なくなっていよう。
そして、きっとこの先、ずっと本当に一生涯、
彼女が、息子の「死」という現実を受け入れる事は絶対にないのだ。
妻の時間は止まり、今より進む事はない。

秀邦は、何事も変わった事などないかのように
努めて振る舞っていたが、
やはり、やるせなく苦しい悲しみに胸を痛めていた。
それは、夫婦に向けられたものではなく、
(もちろんそれもあったが、ほとんどは)
天国にいるであろう、夫婦の息子に向けられた
切ない同情であった。
息子がこの母親の姿を見たらきっと悲しむだろう。

しかし、秀邦に出来る事は何もなかった。
秋の空はただ高く、
そこに泰然と広がるのみ。




SATOYAMA 012a

いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。




今回のお話は、小林秀雄先生の「人形」というエッセイを母体としています。

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