小李広、雨上がりの虹に立ちすくむ


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、ある雀の村の若き英雄のお話である。





小李広花栄は幼い頃から天才児と謳われてきた。

四書五経、武経七書を諳んじ、
詩歌を詠み、楽を奏で、
雀とは思えぬほど鋭い
黒曜石の如き爪と
胡桃をも砕く臼のような力強い嘴を以て、
彼の村を襲う烏の群れから
たった一羽で民を守ってきた。
その清廉なる人柄もあり、
村の皆が花栄を尊敬し、讃え、頼りにしてきた。
花栄はその期待を裏切る事なく常に捨て身で事に当たり、
身命を懸けて民の生活、生命と財産を守ってきたのだ。
然し、華々しい活躍と功名の影で、
花栄の若い魂は孤独であった。

先日、凶暴な烏の群れが花栄の村を襲った。
その防衛戦に於いて
花栄は腹部を負傷したが、
然しその苦痛を表情には出さない。
彼は常に、
完全無欠な守護神で在り続けなければならないからだ。
その揺るぎなき信頼の元にのみ、
民の安寧は保障される、泣き言は許されない。

鋭い痛みが腹部に悲鳴をあげる。
花栄の額に脂汗が滲んでいるが、
その表情は爽やかだ。
この美しい青年の笑顔は誰をも安心させ、
花栄はその事をよく知っている。
半弓のような眉は見事な曲線を描き
その下には月のような潤しい瞳が光を放っている。
形の良い嘴には気品が漂い、
真っ赤な口唇は薔薇のように気高い。
余裕のある姿に隠された苦痛は、
誰にも知られる事はない。

然し、花栄は若い。
その重責を一身に負ういは彼は若すぎるのだ。

時々、全てを投げ打って旅に出たくなる事もある。
村を離れて、何かを探しに世界へ飛び出したくなる事もある。
花栄は疲れていた。
彼を責める事など誰に出来ようか。

うっそうとした森を飛ぶ。
村を脅かす外敵はいないか、
常に動哨は欠かせない。
雨上がりの森には薄く靄がかかっている。
まるで幻想の世界にいるようだ。
時々落ちてくる水滴と、鋭い負傷の痛みが
時折彼を現実世界に引き戻すが、
フラフラと頼りなく飛行しながら、花栄は最早、
自分が何処にいるのか、わからなくなりそうであった。

遠くに子雀たちの声が幻のように響く。
その声は、段々と近寄ってくるようであり、
ただ遠くを吹く風の音のようにも思えるが、
声はやはり現実のもののようだ。
この子供たちの遊びはしゃぐ声を
これからも守ってゆかねばならないと
ぐっと奥歯を噛むが、
負傷の痛みは全身に脂汗を生じさせる。

その時、花栄は森を思いがけず抜け出していて、
突然開けた視界に驚き、はっと我を取り戻した。
さっきの子供たちが飛び寄って来て何かを叫んでいる。

虹だよ! 花栄さん、虹だよ……!!


なんという静けさだろう

なんという平和だろう

なんという荘厳さだろう


子供たちが指し示すその先の空。
所々、まだ黒雲が流れている雨上がりの空には、
透き通るような、それでいて明確な輪郭をくっきりと描いた、
巨大な虹が頭上いっぱいに広がっていた。
虹とは、これほど大きいものだったか。……

花栄は大きく空気を吸い込んだ。
雨上がりの空気は透き通る清廉さをもって
彼の胸を浄化してくれた。
吐き出す空気には、さっきまで感じていた
疲労や迷いや不安定さや、ありとあらゆる陰性の「気」で染められて
あたかも真っ黒な煙のようであったが、
それらを全て吐き出した時、小李広と讃えられた花栄は、
元の勇者に戻っていた。
否、一回り大きくなっていた。




23DEC14 SUZUME 009 KAEI









人であれば、迷いもするし疲れもする。
悩みもするだろうし、
全てを投げだして逃げ出したくなる事もあるだろう。
そんな時、この物語の若者のように、
自分を繫ぎとめるきっかけに出会えたならば、
その人はきっと幸いだ。
何故なら、この世界に生きる一人ひとりが皆が、
誰かにとっての『花栄』であるからだ。
それを忘れることなく、
我々はしっかりと歩んでゆかねばならない。

さらば、読者よ。 命あらばまた他日。
元気で行こう。 絶望するな。
では、失敬。


いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。







「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」
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