庭園の緑は五月雨に染まる


もう何年も前の事なので話してもよいだろう。

ある年、五月末の某日に、
とあるお寺へ行った時のことである。




そのお寺は、季節の花に彩られた美しい庭園をもつ事で有名で、
梅雨でもあり、私が訪れた時は丁度、
美しい花々が透明な雨の滴に濡れて、
密雲の隙間から覗く、九輪の太陽光線に反射し、
輝く光彩を放っているところであった。

*写真と実際の場所は関係ありません
2014-05-13 13MAY14 YMT 009D14


緑と花と、その間に見える石仏の庭園は
俗界の中に咲く、小さな奇跡の閉鎖空間といった趣で、
何の所縁もないのに迷い込んでしまったような私にも
しばし美しい夢を見せてくれた。
その庭園はまさに、現世に現れた奇跡の浄土の風景であったのだ。
心身共に疲労困憊にあった私にとって、
庭園は一瞬のうちに心休まる聖域へと偏移した。


2014-05-13 13MAY14 YMT 003



さて、いま、その場所へ
一組の若いカップルが立ち入って来る。

二十代前半の男性は何かの機械工であろうか、
労働を鮮明に思わせる油に汚れたツナギを着ている。
女性はその男性と同年代であり、その表情は何故か暗く、硬い。
二人は並んで、この緑の道を歩んで来る。

2014-05-13 13MAY14 YMT 002JSJ


この庭園があまりにも美しい場所であるので、
彼らは物見遊山にでも来ているのだろうか?
私は思わず八の字を寄せる思いであったが、
それは、若い二人の姿が、
お寺とは余りにも縁遠く感じたからだ。

しかしである。
それにしては、二人ともブラブラと散歩する様子ではなく、
確信に満ちた足取りで真っ直ぐに進んでいる。
美しい花々や清らかな石仏群に
目をくれる素振りすらない。
彼らは何処へゆこうというのか?

彼らが一直線に向かったその先には、小さなお堂があった。
二人の姿を認めた住職さんが出ていらして
何事か言葉を交わしている。
御線香の香が辺りに漂い、
二人は深く首部を垂れて
全身で何事かを祈りはじめた。

………

やがて二人は顔を上げ、
静かににお寺を去っていた。
その後ろ姿を住職さんが見送っている。

絵画のように美しい庭園の片隅にある
ひっそりとしたその小さなお堂、そこは何だったのか。
私は何も深くは考えず、
ただ好奇心だけでその場所へ行ってみた。 
そして硬直した。

あぁ、なんということだろう。

彼らは決して物見遊山などの軽い気持ちで
このお寺を訪れていたのではなかった。
そこには深い悲しみがあり、
そうせずにはいられない、純然たる理由があったのだ。
その小さなお堂には、
水子(見ず子)供養の観音菩薩様がいらしたのだ。




男性が油汚れのツナギを着ていたのは、
おそらく彼が勤務中で
お昼休みを利用して来た事を物語っていた。
自宅で療養する妻を気遣いつつ、
貴重な休み時間を使って来ているのだろう。
女性の表情が硬かったのも、
心身の疲労からくるものと見て取れた。

こじんまりしているとはいえ、庭園は広い。
偶然に住職さんが二人の姿を身かけて出てきたとは思えない。
きっと、毎日同時刻にこの二人はこのお堂へ
心よりの祈りを捧げに来ているのに違いはなかった。……



この若い二人は、
これから先もこの場所へ
何度も何度も祈りを捧げに来ることだろう。
そうせずにはいられないこの二人を、
緑の回廊を構成する
一つひとつ全ての生命、木たち、葉たち、石仏たち、
草たちや小さな虫たち皆が、
これから先もずっと優しく見守ってゆくのだ。

根拠のない粗忽な揣摩臆測をした自らは愚かであったと、
私はぐっと奥歯を噛んだ。





いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。
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