市原なか、人間の化粧に眉をひそめる


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、弥助雀がこんな話を聞かせてくれた。





市原なか、人間の化粧に眉をひそめる

市原なかというご婦人雀の棲家がある竹藪に隣接して、
人間の斎場が建っている。
この斎場の厠が、なかの棲家に面しており、
厠の窓からは洗面所の様子が伺える。
なかは暇な時、
何とはなしにこの洗面所の様子を見る事がある。

人間の女性の心は複雑怪奇だ。
場所柄、其処は悲しみの場であらねばならぬはずであるが、
人間の女性は斎場の厠の中で、懸命になって化粧をする。
時間をかけて、念入りに塗りを施す作業に集中するのだ。

その場所、その漆黒の衣服の意味を、なかは理解している。
その衣服に在りながら、人間の女性たちは、
一心不乱に濃い口紅を塗る。 
これがなかにはたまらない。
血の唇を見たように、なかは反射的に、ぎょっと身を縮めずにはいられない。

厠で化粧をする彼女らは皆、一様に落ち着きはらっている。
誰にも見られていないと信じながら、
併し、隠れて悪い事、場にそぐわない事をしているという思いで、
その罪の意識を体に微かに現している。
それでいて皆、一様に落ち着きはらっている。
なかは、そういう奇怪な化粧を見たくはない。
だから、すぐに飛び立つか目を反らすかしている。

ところがである。

ある日なかは、
斎場の厠の窓に、白いハンケチイフでしきりに涙を吹いている女性を見た。

拭いても拭いても、涙は堰を切ったように止めどなく溢れている。
肩を震わせて、しきりにしゃくりあげている。
そうしているうちに彼女は
とうとう悲しみに押し倒され、
立ったまま厠の壁にどんと倒れ込んで、
そのまま床に崩れ落ちてしまった。
最早、涙を拭くちからすらない。

彼女だけは、隠れて化粧しに来たのではあるまい。
隠れて泣きに来たのだ。

なかは瞬間、はっとし、氷のように硬直した。




その窓の光景は、
なか雀に植えつけられた人間の女性への悪意を
瞬時にして拭い去ってしまった。

なかはそれから、
真っ青な空を見上げてもう一度その女性に目を移し、
丹沢の山を目指して、さっと飛び立っていった。

後には、女性の泣き声だけが、
厳粛に引き締まった空間に響くのみであったというお話。








11NOV14 SZM 003



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。





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(1971/03/17)
川端 康成

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