釜無川の休日


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、弥助雀がこんな話を聞かせてくれた。
ある夏の夜の、小さな恋の物語である。




釜無川の休日

初夏の夕刻、釜無川の川沿いに、
鳥たちが群れ飛んでいる。
雀、メジロ、ヒヨドリ、ムクドリ、いろんな鳥が仲良く飛んでいる。

どの鳥も、竹を箱型に組んだものに紙を張った
四角い提燈(ちょうちん)を下げ、
見事な隊列を組んで飛行している。
今夜は夏節祭、提燈行列だ。
パタパタと飛ぶ鳥たちの持つ提燈は
羽ばたきの度に小刻みに揺れ、
その光はまるで、
せわしく点滅する小さな星の群れの如く
幻想的に美しい。

さて、この鳥たちの中に、一羽の娘雀がいる。
名を大鳥居・杏・経府潘庵という。
杏は、大鳥居家の竜吉公主という身分で
大事な姫である為、
普段は王宮から外へ出る事は出来ない。
今日は特別に許され、
地元の子供たちに混ざって遊んでいるのだ。

そんな杏と仲良くなった一羽の少年雀がある。
丈という名のこの子雀は、
杏が竜吉公主であるなどとは夢にも思わない。
が、何か自分たちとは絶対的に違った雰囲気を
杏の中に感じている。
それもあって少年はこの少女を、
異世界から来たお姫様ではないか、ト本気で疑っている。
仄かな提燈の灯りは、
杏の持つ気品を一層際立たせる。

飛び疲れた二羽はやがて、
行列を外れて、釜無川の堤沿いに生えた桜の木に降りた。
上空では、月が静かに若い二羽を見守っている。

「お腹すいてない?」
丈は持っていた、玄米を差し出した。
二羽は黙って、この玄米を食べながら、
まだまだずっと続く提燈の行列を眺めている。
なんだかくすぐったいような気分だ。
丈は落ち着きなく羽をクチバシで整えたりしているが、
どうして自分がそんなに浮足立っているのか
子供の彼にはまだわからない。


この時、脚の爪にかけた二羽の提燈が、
風に吹かれて、<くるり>ト回転した。


この夏節祭を飾りたてる四角な提燈は、
古風模様風に切り抜かれ
花模様に切り抜かれているばかりでなく、
例えば「惇吉」「茶子」とか持っている者の名を
必ず一面に切り抜いておくという極まりがある。

提燈が揺れ、回転した時である。
あぁ、何という神の微笑ましい悪戯であろうか、
一瞬それぞれの名が切り抜かれた面が
お互いの方を全く同時に向いた、即ち、
丈の白い胸に「杏」という名が映しだされ、
杏の美しい羽毛には「丈」という名が映しだされたのだ。

一瞬、時は止まった。
転瞬、すぐにまた動き出した。

提燈は自然に回転を続け、
名前を映し出す光は二羽の身体から
あっと言う間に逸れてしまった。
提燈は逆方向に回転し、また、くるりと回転したりしているが、
二羽の名前が同時にお互いの身体に映し出されるような
奇跡とも言える偶然はもう二度とは起こらない。

この驚くべき一瞬の美しい光景に、
一体誰が気付いたであろうか。
当人である若い二羽も、周囲の子供鳥たちも、
祭見物に来ていた鳥たちも、実は誰一羽として気がつきはしなかった。
併し、「その一瞬」は確かに在って、厳然と二人の身に存在したのだ。




祭が終われば、杏は王宮へ帰ってゆく。
そうしてすぐに大人になる。
もう二度とこの二羽は、
こうして一緒に祭りを楽しむ事はないだろう。
幼いからこそ許された、
後にして思えば蜃気楼のように揺らめく、
幻のひと時だったのだ。

将来きっと、丈は杏が誰であったかに気付くだろう。
そうしてこの夜の甘酸っぱい思い出に
胸を苦しくすることだろう。
私はその時、丈があの奇跡の一瞬を、
あの神の微笑ましい気まぐれを
思い出すすべを持たないことを
心の底から残念に思う事だろう。







読んで下さっている皆様、いつも有難う御座います。





今回はいろいろ混ざってます・・・


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