花そらで読む「東京だより 太宰治」


花そらで読む 

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戦時下の東京では、少女たちも毎日、工場で働いていました。
隊列を組み、産業戦士の歌を合唱しながら
朝早くから工場へ出かけ、
夕方はくたくたに疲れながらも
凛々しく行進しながら帰宅する。
皆が一様に同じ外見に見えるのは、
国の一大事に「個人の事情」などを放り出し、
一身を国に捧げている為でしょうか……。

時代の中で、皆が懸命だったのです。

そんな中、太宰治はある工場に
人を訪ねてゆきます。
(彼は所謂「丙種」だったので、出征出来ませんでした)
事務所の片隅で人を待つ間、
彼は抜かりなく事務仕事に従事する女子たちを観察します。

女子たちは皆、黙々と働いています。
個を抑え、公に献身する産業戦士たちは、
皆一様に同じ事務服、同じおかっぱ頭に同じ真剣な表情で、
全員がそれこそ脇目もふらずに勤務に従事しています。
部屋には帳簿を捲る音と算盤を弾く音が
静かに響くのみです。

一様にうつむいて
せっせと事務を執っている少女たちを見渡すうちに、
太宰はある事に気付きます。
すこしの特徴もない普通の少女たちの中に、
どうしたわけか、
一人だけ非常に際立った
他とは違った不思議な雰囲気の子がいるのです。

その少女は、他の子と全く同じ服装に髪型で、
顔も平均的だし、何処がどう違うわけではありません。
外見は皆と一緒なのです。
そうでありながら、黒いあげは蝶の中に
一羽だけ虹色の蝶がまじっているみたいに
鮮やかに他の人と違っていて
その少女はひどく美しいのです。

そうです、美しいのです。
一人だけが抜きん出て美しいのです。

何故だろう?

太宰はいろいろと思案しますが、
これはきっと先祖が高貴な身分だったに違いない、と考えます。
幾代かの高貴な血が、
この何の変哲もない平凡な外見の少女に
驚くべき美しさを与えているのだと結論し、
実に父祖の血は重大なものである、などと溜息をついて感心しながら
一人で興奮するのですが、それは全くの見当違いでした。

少女の発する不思議な美しさの原因は、
もっと厳粛な
崇高といっていいほどの切羽詰まった現実の中にあったのです。

(その理由については、とても私の稚拙な文章では表現出来ないので、
太宰の原文をそのまま掲載したいと思います。)


或る夕方、私は、三度目の工場訪問を終えて工場の正門から出た時、
ふと背後に少女たちの合唱を聞き、振りむいて見ると、
きょうの作業を終えた少女たちが二列縦隊を作って、
産業戦士の歌を高く合唱しながら、工場の中庭から出て来るところでした。
私は立ちどまって、その元気な一隊を見送りました。
そうして私は、愕然としました。
あの事務所の少女が、みなからひとりおくれて、松葉杖をついて歩いて来るのです。
見ているうちに、私の眼が熱くなって来ました。
美しい筈だ、その少女は生れた時から足が悪い様子でした。
右足の足首のところが、いや、私はさすがに言うに忍びない。
松葉杖をついて、黙って私の前をとおって行きました。









太宰治というと、「人間失格」などのネガティブな作品を
苦笑いと共に連想される方も多いかと思いますが、
彼の本当の魅力は、
この作品のように人間の崇高な姿を描いた作品群にあると思います。
ちょっと考えただけでも「眉山」「黄金風景」「葉桜と魔笛」
いくつかの作品に登場する、水死した水夫のエピソードなど、
例をあげれば、いくらでも出てきますが、
中期の短編群には文学史上もっと評価されるべき
珠玉の名作が本当に数多く存在するのです。
今回紹介した「東京だより」も、そのひとつです。

人間に対する鋭い観察眼と深い愛情、
それを表現出来る天才的な文才、(そしてちょっぴりのユーモア)
こういったものを軸とした、実に健康的で爽やかな
愛すべき酔っ払い作家、太宰治。

これからも、彼の美しい作品を紹介してゆきたいと思います。
ぜひまたお付き合い下さい。







あるお寺で見かけた言葉です。
瞬時にこの作品の少女を思い出しました。


Flower 2014-06-19 001 004
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