一つの確信


先日、FCレトリバーと遊ぶ機会があった。

久しぶりにリードを持ち、緑の中を一緒に歩いた。
抱っこもしたし、シャンプーもした。
背中を撫でたり、お手をもらったりもした。
どんどんと私になれてきてくれるのが
お顔の表情からはっきりとわかり、
私に向けられた無垢で美しい視線に
強い感動をおぼえた。

フラットと遊べる。
実はこの日への不安は大きかった。
然し同時に楽しみでもあるという複雑な心境にもあり、
そして更に常軌を逸するほどに激しく緊張もしていた。

だが終わってみれば何の事はなかった。
実に楽しく素晴らしい一日であった。

が然し、その緊張の一日を終えた時に一気に気が抜けた。
愛する子らと過ごした日々の記憶が昨日の事のように思い出され、
その痛烈な悲しみは荒天時の怒涛のように
何度も何度も私を襲い、ついに私は深夜の大酒に逃げるに至った。
結果、次の日は二日酔いで一日寝込んでしまった。 
男子たるものにあるまじき失態である。

然し、皆さん、笑ってはいけない。

一日休むのは仕方ないとして、
その翌日は痛快だったのだ。

その日私は何を思ったか、朝から愛用の自転車を飛ばし、
一日かけて平塚七福神を全てお参りした。
真夏の太陽のもとでの運動は
大量の汗と共に陰性の気分を全て体外へ排出し、
神仏への厳粛なる祈りは私の精神を美しく浄化した。
半泣きで寝込んでいた前日の私は
最早そこにはいなかった。
私はこの巡礼により、「新たな一歩」を踏み出す為の自分を創りあげたのだ。
私は倒れたままではいなかった。

正直なところ、もう何度その「新たな一歩」なるものを踏み出したことかわからないが、
然しその事実を踏まえ、私はある強い確信に辿り着いた。

何度倒れても躓いても立ち止まっても行き倒れても、
人というものは、前に進むように出来ている。

これはおそらく、真理ではあるまいか。
倒れたままではいられない、
人の心の中には、前進への突き上げるような欲求というものがあるのではないか。
常に進んでいたいという、
背中を押してくる得体の知れない巨大な力が
弱い心の何処かに秘められているのではないだろうか。

私は此の度、そう思うに至った次第である。

(明るく健康的でちょっぴりユーモアのきいた中期の太宰っぽく書いてみました。)











福禄寿さまのお守りと共に。
二つの鈴が、花とそらを思わせるのです。


AUG14007HS.jpg

この愛らしいお守りは、善性寺で購入出来ます。
優しい雰囲気の漂う心休まるお寺です。





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コメント

お久しぶりです。
フラットと過ごす機会があったのですね。
嬉しいけれど切ないが入り混じった感情になった気持ちが
分かります。その日は色んな思いが溢れていたと思います。
きっと、また一歩進んだんですね♪

七福神巡り、自転車で行うパパはパワフル^_^
お疲れ様でした♪

また、遊びに来ます。


くろりん様、お久しぶりです。
お忙しい中コメント頂きまして、
ありがとうございます。
お元気でいらっしゃいましたでしょうか?

平塚の七福神は、なかなか巡り応えがありました。
平塚というと東海道の騒がしいイメージがありますが、
南部のほうは実にのどかで、
静かな漁港の町といった趣です。
そんななかですので、お寺や神社もまた、
静かな雰囲気の場所でした。
また行ってみたいと思っています。

ようやく涼しくなってまいりました。
天候の変わりやすい季節です、
どうぞ、ご自愛くださいませ。。

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