虚構の春


ある男が、吹雪の夜、家の門口に行倒れていた娘を助けた。
透き通るような肌に真っ赤な唇の不思議な雰囲気の娘だった。

その娘は無口だがよく働いた。
働き者故、
男は娘と所帯を持った。

貧しかったけども幸福な日々が続いた。

そのうちにだんだん暖かくなってくると共に、
美しかった娘は痩せて元気がなくなり、
玉のようだった身体も土気色に衰えて
その生気は日に日に薄れていくようだった。

男は娘を哀れに思い、
少しでも元気になればと
元気のつく食事を作ったり
桜貝の櫛や笄を贈ったりした。

そして、
身体を温めやろうとお風呂を用意した。

たらいにお湯を汲みいれて
娘を湯につからせ、
男は優しくその背中を洗ってやった。

温かいか? 気持ちいいか?
男は真心を込めて、
娘の背中をながしてやった。

しかし娘は何故だか複雑な表情をしており、
やがてしくしくと泣きはじめて
か細い声で
「私が死んでも・・・」
と、何かを言いかけた。

その言葉が終わらぬうちに、
さらさらと不思議な音がして
娘の姿は蜃気楼のように消えてしまった。

たらいの中には、
桜貝の櫛と笄が浮んでいるだけであった。


雪女は・・・

お湯に溶けてしまったのだ。






背中を流してくれる男の優しさのまえに、
ついに自分が誰であるかを言い出す事が出来なかった、この

(悲しい娘)は


果たして天国にゆけたのだろうか?

残された男は
どんな気持ちでその後の人生を生きたのだろうか?



我々がただ知っているのは

愛はその去り際に
容赦なく全てを奪ってゆくという事だけだ。









今回のお話は、太宰治「虚構の春」にある挿話をアレンジしたものです。


虚構の春虚構の春
(2012/09/27)
太宰 治

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