いかにもたしかにともりつづける


「咳をしても一人」

簡潔であるが、
この極めて印象深い一文は

貧困、病、どうにもならない孤独の底で
尾崎放哉が詠んだ哀絶の句(自由律)である。


冬の寒風が吹き込んでくる
荒れ寺の中

ひとり咳をしたその音は
ただ虚しく響き

色彩を失った静寂に呑み込まれ
ただ霧のように霞み消えゆくだけで

<あとにはなにもない>





私には、
ママも花もいてくれる。

そしてもちろん、
目には見えずとも
そらの存在だって身近に感じる事が出来る。

私は決して孤独ではない。

このことは
大きな意味を持って

力強く私を支えてくれる。












16JULY11 005MFM

みんなで一緒に明滅しながら
いかにも確かに燈り続けてゆく・・・




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コメント

そら君が見えなくなった生活に慣れてきましたか?
いや これは愚問ですね。
慣れるわけはない。
慣れるどころかますます そら君が大きな存在だったことをキシキシと身に、心に感じてしまうのだろうと思います。

はなそらパパは ちゃんと泣けましたか?
男だからとか ママが泣くから 自分は泣けないとか そんなことは関係ないのです。
いっぱい泣いてくださいね。
泣くことはいけないことじゃないのだから。
泣いてそら君を想ってあげることも大切なこと。
泣いて そら君がいないことを悲観するのではなく そら君を想って泣いてください。
そら君の大きな存在にありがとうって泣いてください。

そして涙が出なくなったとき それは そら君を忘れたんじゃなくてそら君の愛にすっぽり包まれたってことだと思います。

そらったら あの時あんなことあったよなぁ~って 泣き笑いで話ができる日は早く来ますように。



アロママさま

お優しいお言葉をいただきまして、
本当に有難う御座います。
そらの事を思うと今も涙がでてきます。
あの子の感触、香り、大きな手・・・
全てが夢のようでした。
今思うと、本当に全てが夢のようでした。
いまだに受けとめることが出来ません。
朝起きると、そらがいつものように
尻尾をふって待っていてくれるような気がします。
そらの強い愛情は、今、たくさんの奇跡によって
現実に感じることができています、けども、
やっぱりこの手で抱きしめたい。

お言葉の通り、
いつか、きっと泣き笑いでそらのことを
話せる日がくると思います。
今はただ、「時間薬」という言葉だけが
希望です。

このたびは、お言葉有難う御座いました。
皆様のおかげで
こうしてなんとか気持ちをたもっていられます。

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