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写真


写真を撮ることは保険のようなもので、
後からいくらでもその光景を見返すことが出来るという油断から、
その瞬間にその光景に出会った感動を
おざなりにしてしまう恐れがある。

現実のその、
実体験で感ずる衝動は
その瞬間にのみ感ずることが出来る
刹那的なものであるからこそ、
消えてしまう前提だからこそ、
重大な価値があり意味があるのだという。

だから、その瞬間に集中する為にも、
写真は撮るべきではなく
現実世界のリアルを感ずることに
全身全霊を向けてもらいたい、と、
そいういった内容のある高僧のお話を聞いたことがある。

なるほど。
それも一理ある。

しかし、写真というものは実に偉大で
その時、その時の空気をそのまま密封して
遺すテクノロジーだと私は思っているので、
全面的に同意は出来ない。
琥珀に閉じ込められた白亜紀の生物のようなもので、
確かにその時、そのままの時間を
閉じ込めて保存するのが写真なのである。

過ぎ去った時間、
去っていった人たち、
みんながかつてそのままの姿で、
写真の中にあるのだ。
その時の感情や思いや愛おしさや切ない気持ちや、
何十年も前の自分そのままが蘇ってくる。

全てを失くした現実と照らし合わせれば
それは残酷な凶器にもなりえるが、
かつて存在した倖いが確かにこの手にあったという
その証拠を、
この目で確認したくなるのが人というものだ。

私は今夜、
この写真を抱きしめて涙を流そう。
しかし明日は、
現実の世界の太陽のもとを
胸を張った大股で歩いて行こう。



読んでくださった方、ありがとうございます。
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嵐の中にこそ平穏


嵐の中にこそ平穏。
実に上手い言葉だ。
流石は私がスーパースターと敬愛する太宰治だ。
核心をつく言葉をさりげなく織り交ぜてくる。

実はこのところの勤務の難しさに
もうウンザリして疲弊しているのであるが、
ふとこの言葉が目に留まる機会があった。
嵐の中にこそ平穏。
今のこの勤務は嵐。
その嵐も、ずっと遠い未来から見返した時には
きっと懐かしく思って同時に
もう帰れない日々に切なさを感じるかも知れない。
この嵐そのものが平穏なのかも知れない。

嵐の中にこそ平穏。
嵐の向こうの晴れ間を見越しての意味もありそうだ。
嵐に立ち向かい、乗り越えた時には
格別の思いを感じることができる。
私は今、嵐の向こうの晴れ間、
平穏がより一層に際立つ晴れ間に向かっている。(はず)

嵐の中にこそ平穏。
今この時、その先、全てが平穏。




読んでくださった方、ありがとうございます。

熊野を思う


熊野の旅の思い出は私の心をすっかり支配して
その思いは薄れるどころか
時と共にどんどん強くなってゆく。

この懐かしい感じは何だろう。
人生のある一点に於いて感じた夏草の香り、
帰るべき家と家族の食卓。
人生の終焉どころか
過去にも現在にも未来にも、
何に対しても不安も恐れも慄きも感じず、
損失の恐怖など微塵も知ることのない
雲のように自由な子供の時代。

山は高く、川は力強く、
見るもの全てが私の背丈を遥かに超える存在、
そんなちっぽけなハズの私が感じた
何の心配事もない万能感。
小さな子供の無力を自覚しつつ
その責任を年齢のせいにして
安心して大人に頼っていた日々、
何も考える必要がなかった。

私は、熊野で山の斜面を滑空した。
山道を駆け回る子供の私を眼下に、
今は風となった花そらと一緒に
広大な青空に溶け込んだ。
そのまま消えてなくなり、気が付いたら
夜の熊野を汽車に乗って旅していたのだ。
そして今、また、ここにいて、
遠い熊野を思っている。





夜の闇をゆく車窓の光はぼんやりと暖かい

31AUG19 - 01SEP19 KUMANO 1 033a








読んでくださった方、ありがとうございます。

スズメとの会話


何年もスズメにご飯をあげている。
玄米を炒った、所謂、炒米というものだ。

炒米とは、戦国時代のMRE(戦闘糧食)で、
そのままポリポリと食べることも出来るし、
お湯に浸せばご飯にもなるという便利な携帯食だ。
似たもので、干飯というものもある。
とにかく、立派な食べ物であるのだが、
家の近所のスズメさんたちは
贅沢にもこの炒米を食していらっしゃる訳だ。

朝、雨戸を開ける音に反応して
スズメたちは集まってくる。
炒米をお皿に移す間、
お隣の屋根に列を成して
行儀よくこちらの様子を伺っている。
千代、千代、といって鳴くが、
早よせい、早よせい、と云っているように聞き取れる。

中には待ちきれずに
周囲を飛び回っている者もある。
バサバサバサという羽音が聞こえる。
空気を掻く音。
鳥の運動量とはこれほどであるのか、と驚く。

室内に入って窓を閉じ、カーテンを閉めると、
スズメたちの食事が始まる。
幸せそうな穏やかな囀り。
時折の、チチチチ!と激しく鳴く声。
自分がスズメたちの人生の一部になったような、
そんな甘い錯覚に心が安らかになる。
平穏とはこういったことであるか、などと
一人うっとりとする。

出勤が早い日、辺りがまだ真っ暗のうちに
炒米を準備する。
スズメ達の姿は見えない。
見上げた空に月。

月は一人気高く煌々と世界を照らし、
私は勤務前の緊張に身を震わせる。

翌日の朝、
炒米を準備する為に庭へ出る。
前日、確かに丘を成していた炒米は
綺麗になくなっている。
空中に吊るしたお皿だ。
スズメさんたちが食さない限り無くなることはない。
ハタハタと飛んで集団で集まってくる
彼らの姿が目に浮かぶ。
米粒をついばむ姿が目に浮かぶ。
新しく炒米をお皿へ。…

私たちは確かに交流している。
空になったお皿を見るたびに、
なんだか手紙のやり取りをしているように感じて
愛おしい気持ちに身震いしそうになる。

月は笑って見下ろしている。




読んでくださった方、ありがとうございます。

10年の秋


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ファイル名からすると、この写真はちょうど10年前、
2009年の11月に撮ったもののようだ。

当時の私は花とそらと一緒に山々を駆け、
草むらに寝そべって秋の高い空を見上げながら
なんの心配事もない幸福に
思わず伸びをしてわーッと叫びたくなる衝動にかられ、
花そらをぎゅッと抱きしめながら、
なんだかもう、有頂天のそのまた絶頂だった。

家路につく前には夕陽をながめながら
それでもなんとなく切ない気持ちになって
そっと花そらの背に手を置いたりしていた。
花とそらは、こちらを向いて静かに微笑む。
相模川のほとり、丹沢をみていたあの静謐を忘れない。
人生の倖いというものが凝縮されていた。

私はあの頃、確かに倖せで、
思い返せば夢の中を浮遊していたように感ずる。
それでも心のどこかに別れへの予感は常にあったので、
こういった俳句が重く、重く、感じられたのだ。
今では、より一層。


おりとりて はらりとおもき すすきかな

ふと手折ったすすきの思いがけない重さをうたった俳句。
命の尊さや損失の悲しさが
見事に表現されているように思う。

学識の士に云わせると本来の解釈は違っているかも知れない。
しかし、私がこの言葉に感ずるものは、
この世の無常と人の無力のやるせなさ、だ。
人それぞれの解釈が出来ることが
優れた文学である証、と誰かが云っていたが、
この俳句がまさにそれで、
本来の解釈と違っていようが何だろうが、
私にとっての人生を表す重大な一作であることに
変わりはないのだ。


読んでくださった方、ありがとうございます。




この俳句の作者、
飯田蛇笏といえば高浜虚子の弟子らしいのだが、
そうすると間接的にのぼさんの弟子でもある、とも云える訳だが、
どうもこういった場合、孫弟子、という言葉があるらしい。

らしい、らしい、ばかりでいかにも頼りないが、
まぁ、ブログなんてものは個人の趣味で書いているので
なんのあてにもならない前提だから
解釈のことも含めて
笑ってお許し願いたいところです。

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