FC2ブログ

新九郎譚 「ストレスはプロセス」


新九郎君の話が続きます。

彼のオフィスの米人たちが
如何に明るくポジティブに生きているかを
お話ししました。
そんな中にあっても、
どうしても重大で難しい仕事を任せられた者は
Easy day!ではすまなくなる場合もあるそうです。

若きTさんが正にそれで、
ある極めて厳粛なイベントを取り仕切ることになった時、
経験の薄さから準備には大いに苦労することとなり、
不安とプレッシャーで
眉間に縦皺の消えない日が続いたのだそうです。

そんな時、あるベテランが発したこの短い一言が、
彼の余計な緊張をほぐします。
「ストレスはプロセス。」

そうです。
何かを成し遂げようとしたら
必ずストレスはついて回るものなのです。
その事実を落ち着いて
改めて認識することにより、
ストレスを受け入れることが
(ある程度は)出来るようになるわけです。
米人たちが陽気なのは、
陽気でいる自分を保つ術を知っているからなのでしょう。

若くしてある一定の立場を持ったために
苦労も多いTさんですが、
こうした所謂、強制レベルアップを繰り返すことにより
これからどんどん成長してゆくはずです。
新九郎君のオフィスは
いつも物語に溢れています。



読んでくださった方、ありがとうございます。

スポンサーサイト



新九郎譚 「Easy Day!」


愉快なネタを提供し続けてくれる
私の素晴らしき友人、
新九郎君から聞いたお話をしましょう。

彼が語る日常のエピソードは、
私の人生のちょっとしたスパイスのようなもので、
自分のなかだけに留めておくのは
実に惜しいので、こうして記録している訳です。

さて、新九郎君は前にもお話しましたが、
米人だけのオフィスに唯一の日本人です。
日本人にない発想を多々学ぶことがあるそうですが、
なかでも彼らの底抜けなポジティブさには
毎度ながら感心させられるとのこと。

以前にもお話しましたが、
大規模な査察に際して部署が窮地に陥った際、
火事に燃える家の中で「This is fine.」と呟くイラストを
グループチャットに掲載して皆で大笑いするなど、
大丈夫か、と問いたくなるほどの
明るさなのだとか。・・・
日本人なら、顔面蒼白、胃に穴を開けて
血を吐きながらの地獄のノイローゼ勤務になるところが、
米人は笑い飛ばして、さぁ、と仕切り直すのです。

私は、真面目で実直な日本人を美しいと考えますが、
その先に思い詰めての不幸な結果が生ずることもあるのならば、
米人のような大らかな心も、ある程度は必要と考えます。
それは生まれついての気性だとか
お国柄などという単純な話ではないようです。
実は私たちにも真似出来る、
考え方ひとつで自分をコントロールする
ある種の技術のように思います。

例えば新九郎君の部署の皆さんが
いつも口にしているというこの言葉、Easy Day!がその最たる例でしょう。
(Easy Day:簡単な一日、転じて、楽勝、トいった意味合いです)

新九郎君は物事を無駄に複雑に考えます。
必要以上に悲観的に考えて、
簡単な話を勝手に困難にしてしまうので、
要するに意味もなく苦しむのが日常になっている様子なのですが、
その光景に慣れている米人にいつもこう云われるそうです。

「シンクロウ、その件はコレコレこうだから、こうすれば解決だろう?
ほらね、Easy Day!」

チームで難しい取り組みをする前は必ず、
「これは、こういう段取りでこうアプローチし、こうすればOKだ!
Easy Day!」

「あ~、それならこれでいいだろう。
もう片付いた、Easy Day!」

「Easy Day! Easy Day!」

何かの説明の最後に必ず発せられるこのフレーズ。
新九郎君曰く、
目の前の困難に対して
肩肘張って無駄に身構えていたものが
一気に軟化してゆく魔法の言葉、なのだとか。

米人たちは、こういったちょっとしたコツをもって、
自分たちをリラックスさせてポジティブを保っているようです。
悶々とした負のスパイラル思考に陥らないように、
要所々々で歯止めをかけているのでしょう。
笑い飛ばして、Easy Day!

なるほど。
緊張を和らげるトリガーとなる言葉を
日常から使っていれば、
ある種の儀式のようなものでしょうから
いざという時に上手く機能するかも知れません。





読んでくださった方、ありがとうございます。











お坊さん


私はよく僧侶に間違われる。

これは、身体から発する徳の成せる技である、などと
でたらめを語っても仕方ないので正直に云うが、
要するに坊主頭、というだけの話だ。

ある時、花そらと一緒に公園の丘に座っていると、
小学生の男児が隣に座ってきて曰く、
「おじさん、お坊さん?」

男児の真剣な眼差しに圧倒されて
少々しどろもどろになりながらも
残念ながら違う旨を伝えた。

「じゃ、トラックの運転手?」
普通車のバックでの車庫入れもままならない私には
トラックという長い車体を、
空間を認識しつつ操ることなどまず不可能だ。
これも否定した。
大型車両の運転には特殊な技術が必要で
習得には訓練を要するものだろうし、アレコレあれこれ、などと
動転して訳の分からない演説をする自分を
男児は不思議そうに見ていた。

またある時、近所のお寺にお参りして自転車で帰る際、
下校する小学生の列に出くわした。
「お寺のお坊さんだ!」
一人が叫ぶと、他の全員がやまびこのように叫びだす。
「お坊さんだ!」
「お坊さんだ!」
「おーい!お坊さーん!!」

なんと、全員が手を振りながら全力で走って追ってくる。
一人ひとりが眩しいばかりの笑顔だ。
私は咄嗟に、この子たちの夢を壊してはならない、などと、
妙な義務感に背筋を伸ばして
精一杯の笑顔を作って手を振り手を振り、
そのまま走り去ったのだった。






この他、あるスポーツ選手に間違われることが
本当に、頻繁に、もううんざりするほどあって、
こちらは冗談で語れないほど深刻だ。・・・


読んでくださった方、ありがとうございます。


表現


敬愛する太宰治の小説のなかで、
私が特に気に入っているフレーズがある。

思わず着ているものを引き裂いて
金盥を打ち鳴らしながら
奇声を上げて外へ飛び出しそうになった、
トいった意味合いのものであるが、
これは登場人物が、どうしようもなく恥ずかしい場面に出くわした時、
取り乱して発狂する一歩手前の心境を表したもので、
先にも書いたが、私はこの乱れっぷりが好きで
自分でもよく口にしているほどだ。

「いやぁ、思わず金盥を打ち鳴らしながら走り回りそうになっちゃったよ。」
このように使う。

hana ordinary 花「講釈いらねーからwww」


この金盥~の他にも、
憤怒をもってかなぐり捨てた、などがお気に入りであるが、
これは、粋を気取ってつま先立ちの見栄を張る主人公が
東北の出身を言い当てられた際に、
着ていたお洒落着を脱ぎ捨てた場面で使われたものであり、
一見シリアスなのだけど、ユーモアの隠し味に、
読み手は思わず苦笑いする。

sora mumu そら「そこは涙の場面でしゅ!」


さて・・・
この二つが私の大のお気に入りであるが、
実はここにもう一つ重大なフレーズが加わることとなった。

鉄球のような軽蔑が膀胱を直撃し
熱湯のような尿と自己嫌悪が逆流して
口から噴出しそうになった
(といった意味合い)

このところ、南直哉さんの著書を読み返しているのだが、
そこで出会ったこののフレーズ、
先の二つを遥かに凌駕するインパクトだ。

これは、南さんが子供の頃に、
テストの答案用に施したちょっとした細工を
教師に見破られた際に感じた心境で、
気まずさと恥ずかしさと自己嫌悪といたたまれなさに、
頭の中が凄まじい恐慌状態になっているのがよくわかる。
本当に、こう、思わず金盥を打ち鳴らしたくなってしまうほどに、
読んでいる方が苦しくなるほどだ。

太宰治は一見すると私小説に見えるけども、
あれは計算されて作り上げられたキャラクターなのだと思う。
そして、筆で食っている以上は、表現も調整しているはずだ。
ところが、南さんは小説家ではないので
架空のキャラクターを作り上げる必要もなければ
表現を程よく調整する必要もなく、即ち、全てがリアルだ。
そのリアルさ故に、文章に凄惨さが加わり、
より一層のインパクトを生み出しているのだと思う訳であるが、
いやはや、この鉄球~噴出の見事な流れに
思わず感動して書き留めてしまった次第。




読んでくださった方、ありがとうございます。

続々・成仏


ここまで私の心に大きなインパクトを残したお話は
もう一度読み直さねばならない。
重大な本は本棚の特別なセクションに並べあるので
すぐに取り出せる。
この後早速手を伸ばすつもりだ。

さて、南直哉さんの著書とは、新書の「恐山」が出会いで、
その後、Amaz〇n のサーチにヒットする本は
全て拝読させていただいた。

しかし、どれも内容が難解で哲学的な思考を要する為、
感覚人間の私が果たして十分に理解できたかトいうと、
少々、いや、かなり怪しい。
ニーチェを原文で読むような感覚に
何度も挫けそうになったけども、
何か得体の知れない強烈な力場に惹かれて
読み続けてきた。
ものすごく重大な人生の何かを語ってらっしゃるはずなのに、
それが何なのか、思考の足りない私には明確にわからない。
なぜ私はこんなに頭が悪いのか。。

昔、三島由紀夫をとりあげた映画で、
森田必勝がユッキーに向かって同じ悩みを打ち明けるシーンがあった。
「私は先生の考えを愛し、心の底から尊敬しているのだけども、
書かれている文章の意味がわからない、わからないのです!」
(セリフはうろ覚えです)

難しすぎてわからない、理解したいのに出来ない、ト、
悲しい自分を打ち明けて涙する弟子を
ユッキーは静かに微笑んで受け入れる名シーンだが、
私にもこの気持ちがわかってしまう。
自分に対する苛立ちと焦燥と戸惑い。
なんで自分はこんなに出来ないんだ、という
どうしようもない怒り。

私は無駄に気位だけ高いので
こういった告白を人前ですることはないが、
心の中ではいつも歯ぎしりしていて
南直哉さんの著書に相対する際は
常にこの感覚を感じることになるので
実は少々悔しかったりもする。

なるほど、わからん。

難解な掛け軸の書を前に
夏目漱石が漏らしたこのセリフ。
私の人生のいたるところにあってほとほと困ったものだが、
南さんの著書については、
諦めずにいつか理解できるようになれば、と努力を続ける心持。



読んでくださった方、ありがとうございます。

| はなそらDAYz!ホーム |