苦境に思う


カントの鳩の不幸は、
自らの飛翔が空気の抵抗を拠所とすると
気付かなかったことだ。

重い空気を押して掻いて、
それこそ筋肉は千切れ
骨は軋むほどに羽ばたいてこそ
鳩は空高く飛翔できる。
真空の中では、
鳩はただ地面でハタハタと
虚しく翼を空回りさせるだけだ。

今、私は苦境にある。
しかしこの苦境は
次なる飛翔に絶対必要なものだ。
逆に云うと、
苦難なくして進捗はありえないのだし、
バネの抵抗は大きいほど
跳ね返りも強いと云える。
シラーだったかの戯曲に曰く、
こんなにも苦難が多いところをみると
運命は余程に私を大人物に仕立て上げたいようだ


うむ。
私は、要するにこうした文を綴ることによって
自分を励ましたいわけだが、
どうにも虚飾や見栄が見え隠れしていけない。

カントやシラーを引き合いに出すのは結構だが、
もうすこし、こう、
小川に笹船を流すように
さりげなく語ることは出来ないのだろうか。
小賢しさが鼻についてどうにもいけない。
草枕に曰く、角が立つのだ。

冒頭の鳩の話は
パンドラの匣にでてくるが、
いかにも自然にサラリと嫌味なく語られている。
こういったところに
自分の技量のなさというか、
もっとこう、根本的な人間性の欠陥を感じるわけだが、
まぁ、悩みすぎずに頑張ろう。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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損失の連続


作家の名前は忘れたが、
十年くらい前にこんな短編を読んだ。


あるところに男がいた。
平凡で、何処にでもいるような男ではあったが、
男は努力して新築の家を建てた。

丘の上に悠然と存在するその家には、
愛する妻と子があった。
暖かい家族、帰るべき住処、
人生の安らぎに無条件で浸れる約束の地…
要するに、その丘のうえには男の全てがあった。

男は、今、丘のふもとの酒場から
静かに一人でグラスを傾け
美しく実った幸福の果実を眺めている。
男はその時間を幸福だと感じた。

併し男は、
世にも恐ろしいある事実に気付く。
「この幸福もいつかは終わるものなのだ。…」


恐怖による動揺は男を
妄想の沼へと引きずり込む。

近い将来必ずくるであろう老い。
老いた姿の自分がこの酒場から、
同じように丘の上の家を見上げている。
其処には最早、灯りはともっておらず、
老朽化した家は夜風に吹かれて
不気味に軋みながらぼんやりと存在している。
家は荒廃し、家族を失い、
最早老いて死んでゆくだけの自分が、
一人で酒を飲みながら、
真っ暗な丘の上の家を見上げてこう呟くのだ。
「あの頃はなんて幸せだったのだろう。……」

きっと来るであろうこの未来に、
男は悲しみの涙を流し、この話は終わる。
(大体大筋こんな話だったと思う)



さて、このように、
恐怖による妄想とは恐ろしいものです。
こんな考えに取り憑かれていれば、
未来は自然と荒廃の道へ繋がってゆくでしょう。
莫妄想、妄想することなかれ。

どうせ考えるなら
もっと楽しい可能性を追求したほうが
いいに決まっているのですが、
人間とは不便なもので、
何故か恐怖に支配されがちです。
実にいけません。

こういう時は津軽のあれを
声に出して読むに限ります、即ち、
さらば読者よ、命あったらまた他日。
絶望するな、元気でゆこう、では失敬!





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

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