自転車


長年乗った自転車がついに稼働限界を迎えた。

専門店によると、なんでもペダルの軸の部分だか何だかが
もう修理出来ない程に傷んでいるということだった。
ブレーキも、いくらワイヤーを引っ張っても限界があるとのことで
それならブレーキ一式取り換えようとも思ったのだが、
結局ちょこちょことした交換を短いスパンで行うことになるので
その費用は馬鹿にならない見通しで(確かに思い当たる)
買い換えたほうが早いし安い、とのアドバイスを受けた。
私は愛着のある自転車を手放したくなかったので、
なんとか修理しながら乗ってゆこうと考えていたのだが
その店員さんの断固として毅然とした物言いに
ううむ、と唸ってうなだれてしまった。
これが去年の夏の話である。

さて、それからだましだまし乗ってきた。
買い替えの必要性をかんじつつ、
いろいろと理由をつけて先延ばしにした。
夏は暑いからもう少し乗ろう。
秋は紅葉で滅びの季節だし
悲しいからもうちょっと。
冬は寒いし、どうせなら花の咲く季節まで待っていたい。
春は世間が変化していて
せわしくて仕方ないからタイミングが悪い。

しかし、きぃきぃと軋む音が息切れしているようにも聞こえ、
どうにも不憫でならなくなった。

この自転車は、花とそらを失った後の私を
たくさんの場所に連れて行ってくれた大事な友だ。
再生の為の旅、順礼の歩み、祈りと追悼と見送りと、
現実と向き合う為の決心を固める為の、
明日への放浪を共に進んだ仲間だ。

苦しい時を共に過ごした相棒であるので
ある種の糟糠の妻といった思い入れがある訳だが、
もういかん、もういけない。
休ませてやる時が来た。
人生とは損失の連続である。
またも私は現実と向かい合うこととなった。


雨上がりの初夏の空は
かぎりなく青い。
私は今、悲しい気持ちは大いにあるけども
最早それに押し潰されることはなく
ただただ感謝の気持ちに心は澄んでいる。

あの冒険の日々を忘れることはない。
涙で回想することもないだろう。
凡てはこの相棒、隆盛号(りゅうせいごう)のおかげだ。



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24JUN17 AYASE 028

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今、新しい自転車を迎えた。
タイプは若干違うが、色は同じ赤だ。
赤兎、と名付けた。
人生は損失の連続である。
そして、出会いの連続でもある。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


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和歌


先日、Facebookをみていたら
ある方のアップされた写真と
添えられた和歌に甚だ感動したので
その時のことを書いてみたいと思う。

初夏である。
空は晴れわたって輝く青さが眩しい。
休日に集まったお仲間さん達と
屋外でお茶会を催されているようだ。
楽し気な雰囲気が伝わってくる。

私は遥か遠くの地にありながら
まるでその場にいるように錯覚していた。
うむ、これぞ科学の勝利、ありがとうFacebook!
などと頷いていると、写真群に
和歌が添えてあるのが目にとまった。

その歌は、写真の場面の中で起こった
一瞬の事件を
短い言葉で見事に表現して
清々しい感動へと昇華させていた。
その描写の素晴らしさは私を甚だ感動させたので、
この思いを誰かに伝えたいという衝動に
私は思わず階段を駆け下りて家人のもとへ
飛んで行ったほどであった。

hana ordinary 花「ぷす~www」

sora happy そら「なんか可愛いでしゅ~!」


何気ない一瞬を詠んだ言葉に
その場で感じた全ての感動が込められている。
それが日本の和歌だ。
仰々しい物言いや煌びやかな美辞麗句などいらない。
(むしろ邪魔になる)
感じたそのままを言葉に並べれば
自ずと自然そのものが表現されることとなる。

hana ordinary 花「みたいなwww」


有名な、蛙飛び込む水の音、の俳句などは、
音を表現することによってその場の静けさを強調し、
本来であれば一瞬で過ぎ去る自然の美を
言葉で結晶化して永遠としている。

芭蕉の感じた美を
現代の私達が同じように感じることが出来るという
この奇跡!


コピー ~ 12JAN09 218 そら「盛り上がってきたでしゅ~!」


なんか超昔の人の感じた一瞬を
現代の私達が感じることが出来るのって
すごくないですかっ!? 
江戸時代なんてFacebookどころかネットもなかったってのに!!


sora sorry そら「急にどうしたんでしゅかっ!?」

hana happy 花「超昔の人ってのが馬鹿っぽいwww」



さぁ、落ち着いてゆこう。

歌というのは、
その一瞬を伝えたいと思った詠み手と
それを感じる相手との間にかかった
感情の橋とでも云うべきものである。
歌というのは、
世知辛い世の片隅にひっそりと咲いた
人の心を癒す美しい花である。

私がFacebookで見かけたその歌は、
冒頭で述べたように
屋外に於けるお茶会の写真に添えられたもので、
初夏の清々しい風が吹き抜けてゆく様を
自然に感ずることが出来る優れた作品だった。

私は、
疑似体験に驚き、
表現の巧みさに唸り、
そして、
感動の共有という興奮を感じて
文化的な衝撃に身を震わせた。

sora mumu そら「なんかすごいでしゅ!」



さて…
人の作品をそのまま掲載するのはさすがに憚れるので
言葉を変えての紹介となるが、
オリジナルには遠く及ばないまでも
雰囲気だけは伝えられると思う。

感動を共用出来たならば幸である。



hana ordinary 花「いつもながらの前置きの長さwww」

26MAY10S.jpg そら「漸くたどり着いたでしゅ!」






薫陶が吹き抜けて茶筅を倒していった

どこへ行くのかと見上げた視線の先には
若々しい緑と眩しい青空が広がっていた












いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

短刀


先日、ある大手通販サイトで
帝国海軍飛行隊が使用していたとされる
時計のレプリカを発見した。
錆などの時代を感じさせる細工が施してあり
なかなか凝った一品だ。
早速買ってみた。それも2種類。

私の恩師に当たる方が元海軍の特攻隊である。
懐かしく思われるかと、
私はそれら時計を持って
無邪気に見せに行った訳だが、
返ってきた言葉は意外なものであった。

「俺は見た事がないな。
まぁ、そういった物もあったおかもしれないが、
我々の頃はもう終戦近くだったので
おそらく予算がなかったのだろう。
… 必要なものだけを渡された。」

必要なものとは何だろう?
一瞬思案したが、
その方は小さくこうおっしゃっられた。
「短刀とかな。」

自決用、という意味であろう。
言葉がなかった。




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指導者


先日ある方、仮にSさんとするが、
高校の吹奏楽部の演奏会に行ったお話をされていた。

Sさんは非常な音楽好きなので
お話の内容は演奏のレベルから演奏の構成にまで渡り、
それでも素人の私達にわかりやすくなるよう、
言葉を選びながら、同時に興奮冷めやらぬ口調で、
それはもう、その場の感動が伝わってくるような
素晴らしいお話となって
私は思わず立ち上がってブラボーを連呼…
まぁ、その寸前にまで至っていた。
日頃は言葉数少ないSさんであるが、
感動とは時として
人をびっくりするほどの弁舌家にする。

さてその中で、私の心にストンと刺さった
ひとつの言葉があった。

Sさんは演奏会の素晴らしさを全身で語りながら
話の谷間にポツリとこう云われた。
「指導者がやりたいことを明確にしており、
それをまた子供たちがしっかりと理解している。」

これは云い換えると、
「一つの集団が精鋭になるかナマクラになるかは
指導者にかかっている。」
と、なるだろう。
諸葛亮や韓信に率いられる部隊の精強さと、
馬謖や趙括の部隊の脆さの違いはここにあるのだ。

指導者、教育係、トレーナー。
気が付いたら
私は各分野でそんな立場になっている。
私の器量一つで
懸命に伸びようとする新芽を
枯らすことになりかねない。
一方に大きく大輪の花を咲かせる可能性もある訳だが
この立場にあれば誰だってそうなる結果を
強く願っているだろう、私だってそうだ。

併しそれには、願うだけでは駄目だ。
矢張り努力が必要だ。
自分に対する
絶え間ない疑問の投げかけが必要だ。
創意、工夫、観察眼や分析力、
対策を考えそれを実行する精神力。
器量というものが問われるのだ。
果たして私はどうなのか。…

音楽のことはてんでわからない。
併し、良い話にジャンルは関係なく
必ずその根底にあるポイントは共通しているものだ。
今回は自らを省みる素晴らしいきっかけを頂いた。
人の話には様々なヒントがあるものだ。





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