写真


掌編小説 写真

私はある地方の小さな村役場に務める
しがない小役人です。
中年から初老にさしかかる手前にありながら、
さしたる地位にもなく、出世の見込みなどは寸毫もなく、
溌剌とした若い職員たちを横目に見ながら
事務所の日影で小さく地味に
淡々と雑用をこなす毎日です。

ある時、
この村に大物政治家が訪れることになりました。
なんでも、遊説の途中で急きょ訪問が決まったという話です。
どんな田舎にも目を向ける
殊勝ぶった姿勢を示すのが狙いだろうか、などと、
捻くれ根性で眺めていますが、
どうせ私には何の関係もない
遠い世界の出来事です。

しかし、役場に勤める以上、
知らん顔しているにもいかず、
演説会の準備に駆りだされて
それはもうてんてこ舞いのおお忙しとなりました。
ト云いましても
私の担当は、いつもの雑用で、
単なるマイクの配線係でしかないのですが、
そんな小さな歯車だって
演説会当日は大変に緊張いたしました。

田舎の事です。
この演説会は地方新聞で大々的に取り上げられ、
写真付きで掲載されました。
そして何の偶然か、
その立派な写真、熱弁する政治家の後方に、
配線係の私が微かに写ってしまったのです。

背景の一部にひっそりと写っている、
配線の確認にしゃがみこむ、みすぼらしい姿。
床に膝をつき、よれよれの背広にボサボサの頭、
斜めにズレたロイド眼鏡が
その姿をより侘しくみせています。

そんな野暮な写真に何の感慨も湧くはずはなく、
立派な桜の傍らにうっかり咲いてしまった
ドクダミの花のような心境となり、
それはもう、画面汚しよ、と皆に嘲笑されながら、
軽蔑と嘲りを一層強く背に感じる毎日に
益々、肩身が狭くなる思いでした。

年老いた故郷の母から手紙が届いたのはそんな時でした。
親切なご近所の紹介でその写真を目にした母は、
私が偉い政治家の写真に映っている事に驚き、
感激し、涙を流しながら記事を切り抜いて
用意した立派な額に入れて床の間に飾ったト云うのです。

父はその様子を眺めながら、
やはりオレの子よ、などと、
何度も何度も頷きながら
秘蔵の日本酒をあけたという、
なんだか悲しくなるようなくすぐったくなるような、
そんな故郷からの便りでした。

大はしゃぎに私の話をする母と、
上機嫌に目を細めている父。
偶然に私の姿が写っただけの写真に
そんな風に興奮している両親が、
私はなんだかもう、とてもいじらしくなり、
そしてとても有難い気持ちになったのでした。




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この道のいま


花そらと一緒に歩いたこの
目久尻川沿いの長い長い道。

振り返ると、
そこにはかつての私たちの姿が、
朧に浮かび、そして消え入る。

辺りには川の流れる音だけが在り、
時折、水面を跳ねる魚の音が、
その静寂を一層際立たせる。

振り返った先の長い道。
歩んできた行程を思うと、
今昔の差に胸が苦しくなる。


連れだって泳ぐ二羽の鴨、
寄り添って咲く野の草花、
自然に還った花とそらは
私の周り何処にでもいるというのに、
一人で歩く寂寥感は如何ともし難いのだ。




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悠然と大山を見る (MAR16)


2011年の2月の終わりに以下の記事がありました。
これは、陶淵明の有名な漢詩の一部を下地にし、
写真を使って自分の世界に仕立て上げたものです。

この暮らしの中にこそ、
生きる真意があった。

過去は美しく、
いつまでも心の中に存在し続けます。
そればかりか、いよいよその美しさを増し続けて
もうどうやっても手が届かないという現実と共に、
私を苦しめ、
そして同時に心を支えてくれもするのです。





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このような風景の中に

「生きること」

その真理があるのかもしれない








キミたちと共に在る
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この大事な瞬間にこそ・・・!
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いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

調和


死は現世との別れではあるが、
過ぎ去った人たちとの再会も意味すると思う。

見送る側からすれば、
別れは辛いものだ。
それは当然だ、当たり前だ。
然し、泣くばかりではいけない。
去った者はきっと、
あの世界で幸福な再会を果たすからだ。

この世界は調和の上に成り立っている。
室温で氷が水になるように、
不安定な枯れ葉がいつか地面に落ちる様に、
物事は常に「安定」した状態に落ち着く。

調和のとれた二つで一つの安定した魂が、
いつまでも離れ離れなはずがないのだ。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

幻燈


厚い雲に覆われた空は
一片の陽の光も通さず、
雨に濡れる世界を暗く冷たく見下ろしている。

まだ昼間だというのに
薄暗い部屋のなかにあり、
私が見つめるのは
やっぱり花とそらの写真だ。

目に見える現実は全て遠い過去に終わった。
現在にあるのは哀悼の唄のみ。

もはや精霊となった死者は
なんの迷いも憂いもない姿で
現世に苦しむ私たちに接する。

精神の世界に於いては
過去と現在は何ら不思議もなく交錯する。




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不動堂の甲斐犬


掌編小説 不動堂の甲斐犬

新九郎は今、不動明王と対面している。
静かに手を合わせる新九郎は、
三年前に亡くなった幼い我が子の事を思っている。
死は現実であり、
この世の理であり、自然の掟である。
それはわかった。
しかしこの寂寥感をどうする。
現実を理解出来ても、
新九郎がこうして此処に一人なのは変わらないのだ。
新九郎は苦悩し、お不動さまを見上げた。

お不動さまの爛々と輝く目は新九郎をじっと見下ろしている。
悪を挫き弱気を助けるという
その筋骨隆々とした力強い体躯に炎をまとい、
その存在感は薄暗い堂の中に在っても
空気を揺るがすような凄まじい波動を放っており、
そして同時に鏡の水面のように静かだ。

新九郎は、何か問いたいと思っているが、
何を問うべきかがわからない。
胸の内を語りたいとも思うが、
語りたい気持ちがはっきりとしない。
漠然とした何か、やりきれない感情のみに支配されて、
新九郎は凝っと黙って突っ立っているのみだ。
ただ、悲しく、苦しい。

いつからだろう。
ひっそりとしたお堂の中に、
黒い甲斐犬が迷いこんでおり、
暗闇からじっと新九郎を見つめている。

ご住職が捨て犬を拾ってきたと聞いていたが、
この犬がそうだろうか。
新九郎はさして気にとめず、
相変わらずお不動さまを見つめていたが
そのうちこの犬が新九郎の足元に寄って来て
寄り添うようにピタリと座った。

甲斐犬は気性が荒いと聞いていたが、
この犬は蓬の葉のように静かな気配だ。
犬は、後ろ足で首を掻いたりしていたが、
そのうち伏せをして
前足をちょこんと新九郎の足の甲に乗せた。

犬を見下ろした新九郎の背に電撃が走った。
あっと驚き我が目を疑った。
見上げる犬の両目、その視線が、
失った息子の眼差しそのものだったからだ。
息子の名を呼び、
お前なのか、ト問いかけた新九郎に、
犬は、黙って小首をかしげた。

一人だった新九郎は、この時、確かに二人だった。
あの日々が蘇った。
暫く、夢を漂うように茫然としていたが、
気配を感じてお不動さまに視線を戻すと、
その厳しい表情の口元が
微かにニヤリと笑ったように見えた。
「見かねて会いにつかわせて下さったのか……!」
新九郎は、その大きな慈悲の心に
全身を震わせた。

やがて、犬は、何事もなかったように堂の奥へと消えて行った。
お不動さまは相変わらず超然とされており、
堂は静寂に包まれている。
風に吹かれる枯葉の音が、
辺りの静けさを一層引き立てていたその日、
新九郎は神仏の計らいによって
死別した息子と一時の再会を果たした。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。




うたた寝


私は、夢を見ていたのでしょうか。
あの日、陽だまりのベンチで
ウトウトしながら、
あの子らの夢を見たのでしょうか。

歩き疲れたこの川沿いに
目覚めた時、私は一人でした。

それは夢だったのでしょうか。
それにしても、いやにはっきりとしています。
あの子らの姿も感触も、声も、温もりも、
何もかもが一瞬の前の事のように
思い出されるのです。
嘘のようですが、現実だったのでしょうか?
それともやっぱり、夢だったのでしょうか?

冬の空は高く澄み、
大きな丸い雲が
私を見下ろすように
ぽっかりと浮いていました。



16FEB16 MEKUJIRI Rvr 084

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