ひとときの再会


私はよく、花とそらの夢をみる。
夢の中でふたりは、
いつもと変わらぬ姿で
何事もなかったように私に接してくれる。
然し私は、
花そらが最早この世界を共用していないことを
わかっているので、
この機会にたくさんこの子たちを抱きしめよう!
ト、無我夢中で
花の肩を抱き、そらの背中を撫でるのだ。

『私は今、昔に帰っている。』
夢の中で沁々と云う。

こう云い得た時、
私は安慰を総身に覚える。
この再現の昔のなかに、
純一無雑に安らぎを見出す。

裏にも表にも、慾得はない、拘りはない。
自己を圧迫する道徳もない。
雲の様な自由と、
水の如き自然とがあるのみだ。

そうして凡てが幸であった。
だから凡てが美しかった。
私は花とそらと一緒だった。

・・・・・・・・・・・・




然しやがて、夢から覚める時が来る。
茫然と見上げるその先、
いつの間にか晴れた梅雨の夜空にはただ、
洗ったような月が煌々と照っているのみ。






2014-10-18 18OCT14a



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。
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街角の蕎麦屋に人の温もりを見た (JUN15)


今回は、2011年9月のエントリーにあるものです。
花とそらの人情劇、
どうぞお楽しみ下さい。
 

例によって、当時の原文のまま掲載します。







今日

ちょうど定年退職をむかえた初老の男が
ひとり

街角の立ち食いそば屋で
一杯のそばを食べている。


エビの天ぷらが一尾のっかった一杯500円のそばだ。


男は30年も前から
ほぼ毎日昼休みこの店に通っているが、

一度も店主の親父と話したことはない。



話す理由など特にないのだが、今日

男は自然に
自分と同年齢であろう店主に話しかけていた。






07JULY11 001oyajishan

07DEC10 208aaasoba
↑ぽっくん、初老の紳士役



B23AUG11 053soba
↑花ちゃんは蕎麦屋の親父さん





会話はそれで途切れた。


ほかに特に話題があるわけでもない。

男の退職は、
今日が店を訪れる最後の日であることを表していた。






すると突然

男のどんぶりの上にエビの天ぷらが
もう一尾乗せられた。



C23AUG11 069soba





D06SEP11 075soba


E11AUG11 088soba





男は・・・ 泣きながらそばをたいらげた。



F11AUG11 101soba





些細な人の暖かみにふれただけだが
涙が止まらなくなった。

男は退職してからも、この店に通おうと心に決めた。



男は財布から500円玉を取り出して


15SEP11 085sobasoba





















G11AUG11 173soba






















この話は某巨大掲示板でみかけたものです・・・泣ける

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sora mumuSORA「な、なんなんでしゅか、これはっ!?


hana ordinaryHANA「とりあえず・・・ ぷす~www」


歳歳年年人同じからず


相模川の畔にぽつねんと座って空を見上げる。

相模の川、平かに、
虚を涵して太清に混ず。

何年経っても、
空はいつも通りに青く輝き、
川は変わぬ流れでもって
自然の代謝の中核を成している。

この季節に土手に咲き乱れるあの黄色い花の群れも、
今年も又、同じに咲いている。

年年歳歳、花相似たり。
歳歳年年、世同じからず。

世界は変わらず、
ただ、花とそらだけがいない。





28APR15 SAGAMI RVR 035


いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

性本より邱山を愛す


A25MAY11 089SOSEKI

B25MAY11 256SOSEKI

C12JULY11 002SOSEKI



兎角に人の世は住みにくい。






こう感じた時、
かつては花とそらがいた。

共に邱山を駆け、
野原に花を愛でながら
小鳥の唄に耳を傾ける。
それで全ては解決した。

いま最早、
あの日々は去ってしまった。

けれどもその名残の如く、
住みにくさが高じると
私の足は自然とあの山川へ向かう。

鳥は林へ、魚は淵へ、である。











いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

これぞ紳士(ジェントルマン)! JUN15


2011年のブログにこんなエントリーがありました。
今みると、なんだか懐かしく…
そして思わず、頬が緩んでしまうものです。


(例によって原文のまま掲載します。)









『女の子が屁をこいた時の紳士的対処法』

こないだ例の巨大掲示板に
こんなんがあったので

HANA・SORAと一緒に
ちょっと紹介してみます






一緒にいる女の子が屁をこいてしまったら
紳士として一体どんな行動を取るべきなのか!?




まず何はともあれ、
相手を気遣う言葉は欲しいものです。


okay11JAN11 056

さりげなく女性を気遣う姿勢・・・
こういう心配りが出来てこそ
紳士といえるでしょう。

こんな事は、基本中の基本。






jump11JAN11 027

大げさすぎないリアクションが大事。
女性の仕草/行為に反応する紳士の姿勢をアピール。






watch28JAN11 017

心の時間を巻き戻せ!
(それは実際には起こらなかった!)




poop11FEB11m 007

これこそが紳士として取るべき究極の選択でしょう。
自分は死んでも女性はかばえ!






covermouth25JAN11 016

事態を最小限に食い止める為、
こうした対策をとることもやむを得ず。






alarmnotice23DEC10 031

アラームと勘違いする・・
紳士としての演技力がためされる!






hometown31JAN11 013

女性がうっかりもらしてしまった屁を
高尚なものへと昇華させることに成功している例です。






5mikeslater11JAN11 039

逆に言うと・・ 5分で意識を取り戻せ!





cryout16JAN11 IZU 027

女性を主役へと押し立てる
悲劇の演出が出来てこそ紳士。






wasthatyou11JAN11 052

女性をドラマの世界へ招待するかのような・・
まさに紳士のお手本ともいえるセリフです。

貴方の台詞に女性はうっとり!








もっといろいろあるのですが、
今回はこれまでとします、いかがだったでしょうか?

これを読んで
貴方も今日から紳士だッ!!



コピー ~ 2009120917595096cSORA「紳士でしゅ!(キリッ!」








hana happyHANA「何なの、これ? ぷっす~www

寝顔


インターネットを散歩していると、
よく、ワンコの寝顔のお写真を見かける。

無邪気の一言。
憂いの一片もないその安心しきった寝顔からは、
幸せな毎日が容易に見て取れる。
目を覚ましたらすぐに、
遊ぼう、遊ぼうのおねだりが始まるのだろう。
その幸福な未来(勿論、ワンコと飼い主双方の!)には
何の疑いもない。


二度と目覚めない寝顔を見てきたこの眼には、
その寝顔はとても眩しく、そして尊く映る。


そして、私の知らない何処かに在るその美しい幸福に、
思わず頬を緩めずにはいられない。








いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

そら、寝てても大活躍する (JUN15)


そらの活躍も……







Sora @ ballpark
HeadslidingSora01JAN13 Atsugi 012



Sora playing piano
PianoSora01JAN13 Atsugi 012



Superman Sora
SuperSora01JAN13 Atsugi 012






hana ordinaryHANA「ぷりりぷす~www」








いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います(感謝) m(_ _)m

ハーメルン花!(JUN15)


楽しき日々でした・・・








『ハーメルンの笛吹き』

Hamelin 07NOV11 040





sora scaredSORA「ひぃぃぃ! ガクガクブルブル











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いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います(感謝) m(_ _)m

答えは未だ模索中


花とそらを失った時、
私が深い悲しみのなかで
唯一頼る事の出来たたったひとつの光明は、
<全ての創口を癒合するものは時日である>
トいう言葉であった。
それ以外に未来はなく、
ただ月日の経過だけが残された希望であった。

この法則はあらゆる悲しみに当てはまる
普遍の救いだと思っていた。
然し、「智恵子抄」にあるような
今まさに進行している悲しみには
全くの無力である事に気付いた。
それどころか、
この場合の時の経過は悲しみを増大させてゆくばかりで、
あらゆる種類の疲労の蓄積は
容赦なく心身を蝕んでゆくのみだ。
高村光太郎の言葉を借りれば、
(生活の試練鬢髪為に白い)

苦難に直面した時、私にとっての最後の、
そして絶対であったはずの「時間薬」という希望。
それが役に立たないどころか、
害悪となってしまう絶望的なこの状態。

愛する存在が壊れてゆく姿を見ることは
自分が傷つくよりも辛く苦しい。
今の私はまだ、
この身も縮むような境遇について語る事には
到底耐えられないけども、

傷病老死、愛別離苦などの四苦八苦を百苦に重ねても、
この種の「苦」の前では
何の問題にもならないのではないか、と、
それだけは明確に言える。
そうであれば、
そこから逃れる最も有効な選択は
畢竟、「死」しかない。


「生か死か」
この重大なる問題に相対する時、
私の脳裏に常に浮かぶのは
V.E.フランクルである。

彼なら一体、
どんな言葉を示してくれるのであろうか。…・・・


たとえ答えに行きつくこと能ずとも、
悩み考える事そのものが人生であり、
認識無き勝利である。







いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

智恵子抄に思う


「智恵子抄」

清らかな川に一つひとつ
花を流してゆくように、
作者はその思いを
静かに詩に紡ぎ続ける。

そこには最早、
緊張も焦りも現世の慌ただしさの一片もない。
あるのは、
諦念の果ての澄んだ静謐、
神々しいまでの厳粛のみである。

風碧落を吹いて浮雲尽き
月東山に上って玉一団

ひとりの人間がこの境地に行きつくまでには
どれ程の苦難と涙があったのだろうか。



(以下、高村光太郎「智恵子抄」より)


千鳥と遊ぶ智恵子

人っ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい ──
砂に小さな趾あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つている智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい──
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい──
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向こうへ行ってしまった智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽くす。



値いがたき智恵子


高村光太郎の「智恵子抄」で語られる悲しみは、
今まさに進行している
生々しい現実の匂いがする悲しみである。

小鳥と遊び、
時には小鳥そのものになってしまう、
見るに忍びない愛妻の姿。
ついに精神の破綻を来すに至った
智恵子さんを見守りながらの生活は
どんなにか苦しいものだったろうか。
妻のかつての健全な姿を思い浮かべる時、
高村の胸には
どれだけの悲しみが
突き上げたことだったろうか。


共に生きてゆく。

その境地に至るまでには
苦難の道程があっただろう。
然し、
この詩集に収録された
数々の美しい言葉に見て取れるように、
その心境はやがて、
細雨の後の大気のように
清らかで静謐なものに
自然と落ち着いていったのだろう。

「妻は最早この現世を共用してはいない。」
その事実を受けとめ、人生を捧げる高村の姿は、
厳粛なまでに美しく、そして神々しい。





(以下、高村光太郎「智恵子抄」より)


値いがたき智恵子

智恵子は見えないものを見、
聞えないものを聞く。

智恵子は行けないところへ行き、
出来ないことを為る。

智恵子は現身のわたしを見ず、
わたしのうしろのわたしに焦がれる。

智恵子はくるしみの重さを今はすてて、
限りない荒漠の美意識圏にさまよい出た。

わたしをよぶ声をしきりにきくが、
智恵子はもう人間界の切符を持たない。


外出推奨


今週末は、金曜・土曜日と、
ずいぶんと体力的に無理をした。

年齢を考えながら運動しなければならないところだが、
若い者たちが余りにも不甲斐なく思えたので、
お手本を示すつもりで
少々無理をし過ぎてしまった。

若い者が~、などと云い始めたら、
どうやら私も本格的に年だという証明のようだが、
それはひとつ置いて、本題にはいろう。

先に挙げた理由で、
日曜日は朝から身体が疲れていた。
寝起きのコーヒーですら
まったくの効き目を示さない。
そこで、一日寝て過ごそうかと考えた。

然しである。

薄暗い室内とは対照的に、
窓から見える空は輝くように青い。
これは無論、
深い群青の海の青ではなく、
可憐な露草の花の青でもない。
云う間でもないが、
ハプスブルクの高貴な血の青とも違う。。

真っ白なパレットのうえに絞りだした
新鮮な絵具のような青。

一点の曇りも影もない、
限りなく純度を高めた真正の青。

青という色相でありながら
尚も眩しい光を放つ、
光の散乱と云うよりも
最早それは或る種の
形而上的な何かを象徴するかのようにすら思えてくる
神秘の青が広がっているのである。
私は広大な空を思い、
「これは勿体ない。」と呟き、
外出の準備を始めた。

愛車(自転車)の
『炎の三島1号』にまたがり、
日影の駐車場から日向の道路へ出た。

その瞬間である。
陽の光に包まれた時、
輝く青空が目に映った時、
私の全身は云いようもない幸福感に包まれた。

躍動するような不思議な心持。
胸を突くような明るい感動。
なんだろう、不思議な幸福感は、
私の全身を脈打って駆け巡り、
私はただただ、楽しくなってしまって、
何処か遠くへ行きたい、と、
三島1号のペダルに一層の力を込めずには
いられなくなったのだ。
高揚する幸福感!

(そうだ。
 青草と相模川、大山の見える場所へゆこう。)



人生のあらゆる味を経験した後であっても、
ふとした瞬間に、「まだ明日がある」と、
そう感じる事がある。
それは、思いもよらぬきっかけを以てして
訪れることもあるだろうし、
深い熟考の末に行きつくこともあろう。
いずれにせよ、私は、明日はまだある、と、
信じるに至りかけている。

どうやら私は運命と和解をし始めているようだ。





あれが大山、あの光るのが相模川。
a21MAY15 037


空を見上げると、いつも花とそらが。
b21MAY15 047 - コピー


太陽は、生であり活力であり健康でもあるが、死でもある。
c21MAY15 043





ちなみに以前の愛車は『酒と御洒落の太宰1号』という名前でした。……



読んで下さっている皆様、いつも有難う御座います。




夏目漱石は帝大の英語教師だった (JUN15)


今回は、2012年5月に掲載したものを再掲載します。
我が故郷の偉大なる先人
松陰吉田寅次郎先生曰く
人の人生には必ず春夏秋冬があるそうですが、
この頃はまさに我が世の盛夏で御座いました。










Silveretta Hanakoちゃんは
国費で倫敦(London)に留学していた帰国子女です。



20MAY12 002LONDON





sora mumuSORA「フン!」

SORA 31AUG08 061SORA「だからって、横文字を変な発音しないで欲しいでしゅ!」



A10MAR12 076poteto01

B10MAR12 078tomato02





14MAY12 132tamagou






hana ordinaryHANA「最後のは違うんじゃね? www」










↓国費で倫敦に留学していた超エリート

倫敦塔 (英文版) ― The Tower of London (タトルクラシックス )倫敦塔 (英文版) ― The Tower of London (タトルクラシックス )
(2006/05/01)
夏目 漱石、Soseki Natsume 他

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