100年前の温もりを感ずること (APR15)


前回の化石の話を書いている時にふと、
2010年3月に記した「馬頭観音様」の記事を思い出しました。
当時のものを掲載してみます。





以前紹介させていただいたように

丹沢には
多くのお仏像や道祖神さまがいらっしゃいます。


そしてその中には

馬頭観音さまの
お姿もほうぼうにみられます・・・

15MAR10 NANA 121a
「明治十三年一月二十八日」の日付がみえる


昭和の時代から明治、
そしてそれ以前の農家にとって

馬とは、
生活を家族を支えてくれる
大事な存在、重要な労働の柱だったことでしょう。


そして、
今こうして
私たちがワンコを家族の一員としているように


きっと
当時の皆さんにとっては

馬もまた
家族の一員であったに違いないのです。



だから
馬が亡くなった時

昔の人たちは
供養の為に石碑を建てて

その場に
神として祀りました。


これが
当時の観音信仰と融合し、
馬頭観音になった・・・んだったと思います。(たしか)

ちなみに、ヒンズー起源の馬頭観音(仏教)とは
原型も由来も成り立ちも、存在そのものが全く違う。




こちらの
馬頭観音さまの石碑には

14MAR10 KANE 200

よくみると
「俗名 浅間号」
とかいてあります。

コピー ~ 14MAR10 KANE 200


現世での名前が
石碑に刻んであるところに

浅間号へよせられた
強い愛情を感じます。。



100年前のこの地で
この馬は確かに誰かに愛されていた


そう思っていると
なんだかとても浅間号が愛おしくなってきて・・



この石碑に
そっと手を触れてみました。

そして目をつぶると



浅間号の体の温かさが

石を通して
確かに伝わってきて


気が付くと

まぶしばかりの生命の光をはなつ
浅間号の姿が


そこに在りました。




瞳の輝きや
ゆれる尾、

逞しい体に
力強い四肢・・・






百年前
確かにそこに存在したその命

百年前のその命を
百年前のその温もりを


私はその時
確かに感じることが出来たのです。






その柔らかい背中を
撫でながら

おまえも愛されていたのだね

そう浅間号に語りかけると、

馬は一度だけ
ブルッと大きく鼻を鳴らしました。







いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。
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250万年前の友人


ある晴れた春の日、
私は自転車を飛ばして近所の川沿いを北上した。

目的地はある河原の崖。
そこには、約250万年前、
即ち、新生代第三紀頃の地層が露頭しており、
化石の採掘で有名な場所だ。

かつて生命を成した有機体の塊が
岩石の中に閉じ込められている。
誰にも知られる事なく、
地中で静かに眠るこの痕跡を
ぜひ我が目で確かめ、

手で触ってみたい
探り当ててみたい

これら欲求は私の胸を内側から
激しい鼓動を以て打ち続け、
その動力はペダルへと力強く伝わった。

誰だったか、
西洋のある彫刻家が云ったこんな風な言葉、
「彫刻は石の中に既に存在しており自分はそれを掘り出しているにすぎない。」
この心境を味わえるかも知れない、などと、
とんでもない事を考えているうちに、
その場所へ到着した。

果たして化石は出た。

小さな二枚貝、巻貝、木片、
かつてこの世に生きて活動していた生命の痕跡たちが、
岩の割れ目から再び太陽の元にその姿を現した。

そのうち、変わった形の三角形の黒い化石が出てきた。
それは見事に岩石から生えだしたような形で
私の前に姿を現してくれた。

サメの歯……、だろうか?
ずいぶんと小さいようだが、
子供だったのだろうか?
そうだとすると、
なぜ成長することが能わなかったのか?
どんな事情があったのか。………?

今となっては、最早知る由もないけども、
この命は約250万年の昔、
確かに海を力強く泳いでいた事は
間違いのない事実だ。
今、私はその確かな証拠をここに探り当てた!


私はこの時、遥かなる時を超えて、
この子と一緒に雄大な海を泳いでいた。
何処までも何処までも一緒に泳いで、
私たちはきっといつまでも友達だ、と誓い合った次の瞬間、
突然の辺りが真っ白になって
気が付いたら
私はこの河原でこの歯の化石を手にしていた。


ミケランジェロではないが、
やはり私は、この岩石の中に
太古の友人の存在を感じていたのかも知れない。
時を経た友人の姿は変わってしまっていたけども、
心に触れる魂は、何ら姿を変えてはいなかった。
私たちは今夜、深い深い眠りの中で
あの日のように、
大きく広がる大海を何処までも泳いでゆくのだ。




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B31MAR15 FSL 031a

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名を「由利鮫ノ介」という。
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いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

書は心


私は、
このお寺の掲示板のメッセージには
何度も心を動かされた覚えがある。
たとえば、こちらの書だ。

2014-04-23 24APR14 004a15



こちらは、
残された人間の苦しみや悲しみを救う、
その立場から見れば
暗雲の切れ目から放たれる
一筋のレンブラント光のような、
書、それ自体が光を放っている
正に「救済の書」である。

生死を見詰め
苦悩を聞き詰め
長年、人としての研鑽を積んできた
真に優しい人間がのみ記す事の出来る、

<読み手の心に染み込んで来る書>


前にも云ったが、
普通の人間が言葉だけ真似て書いても
決して同じにはならないのだ。

まこと、書は心である。







それにしても、いつも思うのだが、
この最初の二行と三行目の間に
一体何があったのだろう。

寸毫の乱れもない達人の筆から、
何故か急に大らかな字体に変化している。
「最高」の「高」の字など、
何だかアジのひらきの様で
ユーモラスですらある。(失礼!)

良寛さまは、本当は達筆であられるのに、
わざと丸っこい子供の様な字体で書を記されていた、と
何かで読んだ記憶があるが、
もしかしたら、こちらの御住職もそうなのだろうか?

「OOOOPS! しまった!いつもの調子で書いてしまった!
でも紙を無駄には出来ないから、このまま書くか。……」

そんなことがあったのなら、
そこに又、生身の人間の温かみを感ずるというものだ。





いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。







不殺生戒の教え 後編


前回掲載した書は、海老名市の住宅街に静かに存在する
ある浄土宗のお寺の掲示板で見かけたものである。

このお寺の掲示板には、
こうしたメッセージが
暖かい人間的な文字で記され掲載されている。
書き手の慈愛に満ちた救いの手が文字となって、
こうして弱者に差し伸べられているのだ。

このちょっぴりユーモラスな文字は
決して技術的な達筆というカテゴリーには入るまい。
だが、そこにこそ読み手の胸を打つものがあると感ずる。
拙い素人風な中にある
決して達人には出せない手作りの暖かさが
読み手に安心を与えているのだ。
こういったメッセージを伝える場合は、
どうだ、と云わんばかりの達筆よりも、
自然体の筆のほうが、かえって読み手を
安堵させて受け入れやすくさせる。

書は人なり、と云う。
その筆には他者を思いやる慈愛の心が宿り、
大きく、力強い、度量の広い優しい文字を生みだしてゆく。
そして、その文字で構成されたメッセージには
人の心に染み込んでゆく強い力が備わって、
弱者の心の支えとなってゆくのだ。

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達人の書を透かして見れば
きっと努力の血痕がみえると思うが、
こちらの書を透かして見れば、
見えるのは暖かい血潮であろう。
どちらも尊く素晴らしいが、
私は後者をより愛する。



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

不殺生戒の教え 前編


05MAR15 012a


「命を大切に」

この重大すぎるテーマについては、
私はまだまだ語るべく器量にない。
然し、仏僧の記されたこのような書には、
生命を主題とする厳粛さと、
そして切羽詰まった実生活から生じた
息の詰まるような緊張感が漂っている。
毎日の生活で、生死という生命にとっての
最も重大な現象(敢えて現象と書こう!)に
携わっていない限り、
このような厳粛さを纏う事は出来はしないのだ。

故あって、
今回はこの力強い書を掲載させて頂く事にした。











命を大切に。
先ずは自分を大切に。
他の事は、それからでよいはずです。







いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

日日是好日、渾身の毎日


何かを手に入れた瞬間、
それを失う事を極端に恐れる人がいた。
その人は、幸福を手に入れながら、
失う恐怖に常に戦慄していた。
その為に手足は委縮し、視界は曇り、
せっかくの幸福を
心の底から幸福だと感ずる事が出来ないでいた。
人生を、
対象消失の連続としか認識出来なくなっていた。
実に悲しく、そして勿体ない話だ。

先を心配したって仕方がないし、
恐怖に呑まれるのは少々情けない。
心配はわからないでもないけど
目前の事に集中しないで
不確かな先行きだけに心を奪われてどうする?
然しどうしても不安が頭を去らないのであれば、
その時は出来る限りの力でもって、
今、大切な存在を心の底から愛するしかない。

後悔のない、渾身の力で、
「今この時」を大事に大事にするしかないのだ。

そうすれば、いま感じている不安と恐怖は、
きっと和らぐはずだ。


日日是好日

余計な脇目をふらず、
今のこの時を懸命に生きるのが最良。 








2014-10-18 18OCT14a


私の愛する子らは、最早、この世を去ってしまった。
今、君に愛する対象が手の届くところにあるのであれば、
全身全霊を以て、その子を愛したまえ。

さぁ、君は愛する子らの寝息を聞きながら、
ウィスキーのグラスを傾けるがいい。
私はこの静寂の夜に、君らみんなの幸福を祈ろう。







いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

あるご老人


ふと立ち寄った神社を歩いていると、
境内の片隅にひとりのご老人が座っておられた。
その神社は高台にあり、
ご老人の座るベンチは
ちょうど町を見下ろす方向に据えられてあり、
ご老人は所々に色づき始めた桜が点在する町を
静かに眺めておられた。

その後ろ姿は、全てを悟って静かに余生を歩む
涼やか聖人のようにも見え、
又、初冬の寒風に揺れる最後の一枚の枯れ葉、といった、
そんな風な悲しみ姿にも見える。
そうだ、この方は「ひとり」なのだ。


私は神社で家族の安寧を祈り、
そしてこのご老人の心の安らぎをも祈った。



お参りを終えて帰る際、
ふと視線を感じてご老人を見ると、
ご老人は、年齢を重ねた者にしか出せない
人懐っこい柔和な笑みを浮かべて
穏やかにこちらを見ておられた。
まるでそのお姿は、
私の心持を遠視しておられたかのようで、
「なぁに、心配には及ばんよ。」
「案外のんびりと暮らしておるよ。」
と、語っておられるかのようであった。


私は一瞬、
ご老人に神通力に似たものを感じ
若干狼狽しかけたが、
すぐに足を止めて、会釈をし、
偉大なる人生の先輩への敬意を示して
その場をあとにした。







いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

冬の晴天


私たちにとっての理想的な天候とは、
冬の晴天、それも風の強い日であった。
暑さが苦手な花とそらにとって
寒い季節は実に快適であったので、
自然と散歩の足取りも軽くなって
思わぬ長距離を歩いた結果、
帰りの体力の心配をするに及ぶ事も
しばしばであったが
そんな時は若干途方にくれつつも
同時に至福の時でもあったのは
言うまでもない。

花とそらは、
風に吹かれているのが大好きだった。
近所のある公園の丘は地形の関係から
風が吹き抜けやすい位置にあり、
その公園では花そらはいつも丘を目指して
一直線に駆けあがり、
そしてオスワリして風を待つのだ。
風は、花とそらの身体を優しく撫でて、
あの子らは目を瞑ってその感触を楽しんだ。

からりと晴れた冬の晴天の元、
風に吹かれてみんなで座っている時に、
私は自然の全てが、
真っ青な空、白い雲、佇む樹木、緑の草花、
心地よく冷たい流れる大気や、
こんもりと隆起した丘と
その地形を作ってくれた川の流れ、
それら自然の全てが……

私たちを祝福し、
応援してくれているように感じたものだった。
この公園の全てが私たちの味方だったのだ。







今、一人で歩くこの道で、
私は空を見上げて
そっと心で手を合わせている。

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いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

花の枝かじり


そして、この若宮公園は、
元気だった花が最後にお散歩した場所でもある。
緑がいっぱいで空気も澄んでいるこの公園を、
花とそらは本当に大好きだった。
遠くには丹沢の山々も見える。

私は今でも、こうしてこの公園に足を運んでしまう。
緑を歩き、風に吹かれ、
ぽっくんの木と語り合い……。

公園を歩いて行くうちに、
足元に枝を見つけた。

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花は枝をかじるのが大好きだった。
枝を見つけたら、ひょいと咥えあげて、
塩梅の良い場所まで歩いて行って、
どさりとふせて、がじがじと枝をかじるのだ。

この間、枝かじりがそれほど趣味ではないそらは、
困ったような顔をして
隣でお座りしているのだが、
彼の偉いところは、花の枝かじりが終わるまで
待ってくれているところだ。
その姿を思い出して
ふと口元が緩んでしまった。

楽しかったあの日々を思い出しながら、
私は公園を歩いた。
すると、何故だかこの日は、
やたらと落ちている枝が目についた。

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普段なら、こんなにたくさんの枝はないはずだ。
しかも、こんな上手い具合に、
長さも太さも枝かじりに申し分ない
そしてしっかりと堅そうな極上品ばかりが、
行く先々に点々と落ちている。。

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精霊となった花は、
きっとこれらの枝を拾い上げて
がじがじとかじって遊んでいることだろう。
その隣でやっぱりそらは
困ったような顔でお座りしており、
そして未だ現世にある私は、
近くのベンチでお弁当を広げるのだ。


雲がゆっくりと流れて行くこの公園。
見えないけでも、
私の愛した子らはいつも一緒にいてくれる。


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ぽっくんの木


あの運命の日、
そらの身体が荼毘にふされて
丹沢の大自然に帰った時、
私たちは残された花と共に
この若宮公園に来た。

花は不思議そうな顔をしていた。
何故、いつも一緒だったそらがいないのか?
そんな困惑した表情の花を
私たちはしっかりと抱きしめた。

その時である。
私たちの周囲を
優しく涼やかな風が吹き抜けていったのを
よくおぼえている。
懐かしい香りのする明るく元気なその風に、
私は確かにそらを感じていた。

そら、そらなのか……!

私は懸命にあたりを見回し、
全身の神経でその風を感じようとした。
風は私たちの周囲を
爽やかに、何度も何度も流れてゆく。
魂になったそらは、
風になって会いに来てくれたのだ。

涙をこらえて見上げたその先、
風の吹いてくるその先には、
遠く、この木が静かに葉を揺らしていた。


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木は静かに私たちを見つめ、
優しく微笑んでいるようだった。

この風にも、この木にも、
大空に、雲に、大自然すべてにそらの魂を感じた。

そらの身体は自然に帰り、
その魂は自由な精霊となったのだ。

私はその時から
見えない魂の存在を信じるようになった。








11MAR15 WAKAMIYA 019p - コピー



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花はだた咲いている


如何に学問を学び教養をつけようと、
それを鼻にかけてしまうようでは
少々品が無い。

常に謙虚を心掛け、
決して慢心せず、
一生涯書生の心持で
山川草木全ての存在から教えを受けて、
心から他者を尊敬する事で
はじめて学問は活きてくる。
漸く、吉川栄治先生の後ろ姿が
おぼろげに見えてきた気がする。

「論語読みの論語知らず」になってはならない。
用心、用心。…………





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↑龍泉寺(大山ふもと)掲示板より


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相模国に見る仇桜


我が棲家の近くのお寺に咲く枝垂桜が満開であったのだが
生憎と以下の写真を撮影した日は重い鉛色の曇天であった。

A16MAR15 AT 006a



これはこれで自然だから良いのだが、
それでもやはり、
明るい花は明るい空のしたで撮影したい。
そのほうがより美しさが際立つはずだし、
花だって、より綺麗に撮影してもらいたいと思っているはずだ。

そこで、良く晴れた日、数日後に再度写真を撮りに行ったのだが、
なんと、花は殆ど散ってしまった後であった。

B25MAR15 005b



私は暫し、茫然としていたが、
脳裏に浮かんだのは親鸞のあのうたであった。


明日ありと思う心の仇桜
夜半に嵐の吹かぬものかは





私はこのところ、
世の無常という現実にひどく敏感になっている。
ましてやこんな美しい花が
無残にも枯れ落ちて
地面で茶色に堆積しているのを見ると、
余計に悲しくなってくる。

併し、とんだことになった、などと思って
視線を移したその先には、
力強く枝と繋がっている健康なふたつの花が
風に吹かれながら輝いていた。

C25MAR15 007c






健康で美しいふたつの花。
この「ふたつ」というのが大事なのである。
私は暫くの間、
うっとりとこの双子の花に見とれていた。










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