福島市松、徹夜する


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、
福島市松が経験したある夜の受難エピソードを
夢十夜の余韻の如くに紹介してみよう。





福島市松、徹夜する 夢十夜/おまけ

福島市松のベッドには
柔らかく清潔な藁が敷き詰められ
その心地よさは三ツ星クラスと言っても過言ではない。
暖かい寝床の中でぐっすり眠るという
おそらく人生の中でも最高の幸福に身を浸す為の
物理的な環境の準備は、完璧に出来ていた。
快眠の準備は万端だったのだ。

では何故、市松は今、
眠れる夜に寝返りをうち続けているのか。……?

福島市松には姉がいた。
名をウシという。
丈夫で健康に育って欲しい、という
両親の願いが込められた命名らしいのだが、
どうやらこれは効きすぎたようだ。
福島ウシは、暴れん坊で有名な市松よりも
立派な体格に育っていて
尾張一と言われる雀薙刀の腕前から
「今巴御前」と呼ばれ、恐れられていた。

そのウシが、市松の隣の部屋で
大いびきをかいて熟睡中だ。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ウシの鼻の奥あたりからだろうか。
なにか、微妙に緩んだ大太鼓の革が
一定の間隔で激しく細かく、そして力強く振動しているような、
形容し難い重厚な音の荒波が、
寄せてはかえし、寄せてはかえししている。

耐えがたいほどの厚い波長が重なり合った、
闇に響く、否、この世界全体を震わすような、
凄まじい「空間のブレ」の連続。
それが今、市松の睡眠を妨害しているのだ。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


市松は必死に目を閉じ、
再度、寝返りをうって両の耳を強く塞いだ。
然し、力強い波動は、微塵も減少することなく、
直接、市松の脳を揺さぶってくる。
市松は、たまらず枕を頭に押さえつけた。
その時である。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!
 ぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ……

なんだろう、消え入るような音になってきた。
このままおさまってくれれば
何とか眠れそうだ。 
長かった苦難にも
漸く終焉の兆しが見えた。

(一、二と、ふむ。 
 これなら、後三時間ちょっとは寝れそうだ。)


…………


どうやら静かになった。
市松は、安心したいところだったが、どうも変だと感じた。
静寂ではあるのだが、無音の空間ではあるのだが、
何か得体の知れない不幸の可能性が、
ウシのほうから微かにではあるが
漏れている気配があるのだ。。

ぶぼッ!


その時、何かにひっかかっていたリズムが障害物を突き破り、
ため込まれたエネルギーが堰を切って解放されたような、
凄まじい音のエネルギーが
ウシの鼻から爆出した。

それは、あたかも重力崩壊の後に生じた
超新星爆発の如き凄まじい現象と言っても
決して言い過ぎではなかった。 
市松の安息は一瞬のうちに、
理不尽極まりない圧倒的な暴力によって壊滅的に滅せられてしまった!

さて、宇宙誕生の如きこの感動的なイベントは、
市松の精神にとてつもないダメージを与えた。

長時間に渡って苦しめられてきた騒音が
ようやく落ち着くかと思われたその矢先に、
待ち望んだ希望の鼻先に唐突に、
爆発的ないびきの破壊音が響き渡り、
安眠への期待が木端微塵に打ち砕かれたのだ。
市松の精神的ダメージは果てしなく大きい。

そしてその後、
何事もなかったかのように、
ウシのいびきは平常運転を回復する。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!



市松は考えた。
ここで姉の部屋に侵入し、鼻のひとつもつまんでやれば、
もしかして、この地獄から或いは解放されるやも知れぬ。

しかし、相手はあのウシである。
天下無双といわれる女豪傑である。
寝ぼけたウシが、
胡桃潰しと呼ばれる必殺のアイアンクローで
市松に襲い掛かってきたならば、
万が一にも彼に生き残る可能性はない。
果てしない地の底に落ちるが如きのゼロである。  

自らの命を掛けてまで、
あのいびきを止める試みを試す意味はあるのか?
藪を突いて蛇を出す行為に明日はあるのか?
否、そもそも出てくるのは蛇なのか?
八頭の大蛇とか、神話レベルの怪物じゃないのか?
今夜一時の睡眠確保と、永眠の可能性とを
秤に掛ける価値などないのではなかろうか!?
市松には、絶望しかなかった。

ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ぶぉぉぉぉぉ!
ぶぉぉぉぉぉ!


ウシのいびきは安定して止まりそうもない。
この「安定して」というのが実に絶望的だ。
文字通り、夢も希望もないし、
何の理屈も話し合いも常識も通用しない。

ウシのいびきの正確で力強い振動、
恰も、重い鎖を投げ出して引き寄せているかのような
重厚な響きの連続は、
確実に市松の脳を覚醒させ
もはや入眠の希望は絶たれている。
時計を見るのが怖い思いだが、
とりあえず市松は目覚ましに手を伸ばした。

その時である、
遠くで一番鶏の鳴き声が聞こえ、
市松は完全に希望を絶たれた。

いや、ウシのいびきを相手に最初から希望などなかったのだ。
市松の敗北は有史以前から決定していた。




その頃、
福島ウシは二枚目で秀才の石田佐吉の夢に
頬を赤らめていた。






01JAN15 MIJOU 001 ICHIMATSU



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

スポンサーサイト

花そら夢十夜 第十夜「テットーとテトナレス」 後編


私が夢見た「永遠」。
あっけなく打ち破られた子供が欲するようなその望みは、
ここにも確かな痕跡として形を残している。
この物語は、精神的な成熟に達せない幼稚な私が綴った
たわいもない戯言とも取れるけども、
そこには声をからして叫び続けた
非現実的な夢まぼろしへの必死の呼びかけがあった。
夢とは、時として残酷である。
それを見る者の精神が未熟であれば尚更だ。
併し、私は当時の私を笑う気はない。
今一度、膝を揃えてこの物語を読み返した時に、
その未熟な故の純粋さに感動すら覚えるからだ。


それでは、「花そら夢十夜」最終話、
『テットーとテトナレス』(後編)をお送りいたします。

(因みに、冒頭、花が「暑い」とぼやいているのは
 この物語を最初に掲載したのが八月だったからです。

花そら夢十夜「テットーとテトナレス」(前編)
花そら夢十夜「テットーとテトナレス」(中編)








花そら夢十夜

テットーとテトナレス (後編)




朗読 Silveretta Gratia Hanako さん

hana face1HANA「今日も暑いんじゃが・・・







hana fumu でもまぁ、気を取り直して・・・



後編いってみんぞな!

hana angryHANA「気合いれて!」





で、

SORAの怪しい掛け声のあと

気がつくと
テットーとテトナレスのふたりは


なんと

薄い霧がかかったまっ黒な夜の中に
肩をならべて立っちょっりました。



そこは、明らかに地球上ではない



夢の水車のきしりのような
天球運動の諧音が響く

不思議な不思議な
ぼんやりとした世界じゃったんぞな。







「おや、あたり一面まっ黒びろうどの夜だ。」
「まあ、不思議ですわね。まっくらだわ。」
「いいえ、頭の上が星でいっぱいです。僕たちぜんたいどこに来たんでしょうね。」

「あら、なんだかまわりがぼんやり青白くなってきましたわ。」
「夜が明けるのでしょうか。いやはてな。おお立派だ。あなたの顔がはっきり見える」
「あなたもよ。」

「ええ、とうとう、僕たち二人きりですね。」
「まあ、青白い火が燃えてますわ。まあ地面と海も。」
「ここは空ですよ。これは星の中の霧の火ですよ。僕たちのねがいがかなったんです。」

「ああ、さんたまりあ。」
「ああ・・・」





hana bikkuriHANA「・・・・・・・・・」





HANAsmile03SEP09.jpg


遠い遠い、あの青い霧の火のむこう

環状星雲のあの光の輪のはるか先で


テットーとテトナレスは
ようやく結ばれよりました





この先ふたりは

静かな星の世界で永遠にふたりきり




安らぎの中で幸せに暮らすんぞな・・・








ずっとずっと・・・・・



永遠に 永遠に・・・




・・・












A27JULY12a 064TT

B27JULY12a 068TT










27JULY12a 024ending








シグナルとシグナレス (画本 宮沢賢治)シグナルとシグナレス (画本 宮沢賢治)
(1994/04)
宮沢 賢治

商品詳細を見る

花そら夢十夜 第十夜「テットーとテトナレス」 中編


花そら夢十夜
テットーとテトナレス  中編


朗読 Silveretta Gratia Hanakoさん 

HANA 26MAY07 032HANA「前編あらすじからいってみるかの!」









TT227JULY12a 015intro





HANA majimajimaji

霧が深くたちこめちょるこの夜

月明かりはしずかに降り
この公園の電信柱も草木もみんな寝静まっちょっりました。

二人っきりで暮らしたい

そんな願いを込めて
テットーがほっと息をし
テトナレス小さく息をついたっちゅーその時に

アレがでてきたっちゅ~ワケですぞな。


アレ↓
sora happy







A27JULY12a 046PKN

B27JULY12a 047PKN



sora daishukiSORA「いくでしゅよぉ~!」





sora runaway 2SORA「アルファー!」

27DEC08SORA GYASUSORA「ビーター!」

22MAY11 023SORAfunnySORA「ガムマーアー!」

SORAface29JAN12 142faceaSORA「デールータアアア!」














SORA13DEC11 113


















A27JULY12a 054





B27JULY12a 017







後編」に続く・・・


hana ordinaryHANA「なんじゃこりゃ? ぷす~www






シグナルとシグナレス (画本 宮沢賢治)シグナルとシグナレス (画本 宮沢賢治)
(1994/04)
宮沢 賢治

商品詳細を見る






花そら夢十夜 第十夜「テットーとテトナレス」


夢十夜もいよいよ最終話となりました。
今回は、以前(2012年8月)に掲載したことがあるものですが、
花そら「テットーとテトナレス」を掲載したいと思います。

私の夢、眠りのなかで見る夢と叶わぬ願望を意味する夢、
永遠を夢見た私の願いを込めたのが、
この「テットーとテトナレス」でした。




花そら夢十夜  最終話 

27JULY12a 051tittle





~ 前編 ~








朗読 Silveretta Gratia Hanakoさん

hana ordinaryHANA「ぷす~www」









HANA 23JUN07 089

あるところに
とても仲のよい鉄塔のカップルがありましたぞな。


テットーとテトナレスというこのふたりは、
二人でいられるだけでたいへんに幸福だったんじゃけども

悲しいかな鉄塔である二人は

歩み寄ることも、
手を取り合うことすら出来ない存在じゃったんじゃがなもし~。


そしていつしか二人は・・



HANA majimaji

きっと魂だけでも遠い世界へ旅立って
永遠に一緒に暮らせるようにと願いはじめちょった・・・





A27JULY12a 015tetto

B27JULY12a 016tetto



hana face1HANA「・・・・・・・」



hana uhe

叶わぬ願いとわかっていながら

二人はずっと
祈り続けっちょりました。


ずうっとずうっと天上の星雲よりも、
もっと天上にある小さな火の向こう

青い霧が燃えているその世界の中で

手を取り合って暮らしてゆきたい、と。。



27JULY12a 015STMARY








星はしずかにめぐって行っちょっりました。








HANA majimajimaji



あの赤眼のサソリが東から出て来

そしてサンタマリヤのお月さまが
慈愛にみちた黄金のまなざしに
じっと二人を見ながら西のお山におはいりになった時

テットー、テトナレスの二人は、
祈り疲れてもう眠りにおちそうになっちょったんじゃが

その時






「その願い、ぽっくんが引き受けた! でしゅ!



27JULY12a 040POKKUN







A27JULY12a 046POP


B27JULY12a 047POP





hana horrorHANA「何言うちょんぞなぁ!!」

04SEP08 196SORA「一回言ってみたかったんでしゅよぉぉ~・・」


24JULY12 017forminute







え~・・・

ちょっと収集がつかなくなってので
次回に続きますってことで。。





はたして

テットーとテトナレスの願いはどうなってしまうのかっ!?




緊迫の中編へ!!




シグナルとシグナレス (宮沢賢治絵童話集)シグナルとシグナレス (宮沢賢治絵童話集)
(1993/02)
宮沢 賢治

商品詳細を見る


小さな白いおばあちゃんの夢


さて、一月二十六日「流星の夢」から此処まで
夢の話を八話ほど記してきた。
今回は第九話となる。
全部で十話の予定だ。
言までもなく、これは夏目漱石の「夢十夜」を真似ている。

第九夜の今回は、私の体験した不思議な夢のお話をしてみたく思う。




小さな白いおばあちゃんの夢

2013年9月、私は、そらに続いて花も亡くした悲しみに
最早気力も何もない失意のどん底に打ち捨てられた状態だった。
冷たい驟雨の中、ドブに半分顔を突っ込んだように倒れたまま、
立ち上がる動作どころか、そのきっかけすら掴めない、掴もうともしない、
人の形をした「単なる物」だったのだ。
ショック状態に独特の茫然とした思考に、
現実に在りながら夢のなかを歩いているような
不思議な感覚の毎日を送っていた。
「時間薬」という言葉だけが私の唯一の希望だった。

そんなある日のこと、
私は夜の当直勤務に備えて、日中、睡眠を取っていた。
花とそらがいつも寝ていたリビングのソファーが
その当時の私のベッドだった。
花そらの痕跡が少しでも残っているところに
一緒にいたかったからである。

シャッターを閉めてしまえば
昼間のリビングでも薄暗くなる。
私は浅い眠りと覚醒との間を行ったり来たりしながら、
それでも少しうとうとしていた。

醒めているというには余りに朧で、
眠りというには余りに生気を剰す。
現実の感覚がほんの少しだけ残った
まどろみの中を逍遙していたその時である。
何の前触れもなく、玄関から誰かがすぅと這入ってきた。

私はその時、
静かなその存在をはっきりと感じた。
小柄な人が一人、玄関に立っているのだ。
私は当たり前のようにその姿を眺めていたが、
否、眺めるというのは言葉が少し強すぎる、
閉じている瞼を通りこして、
我が精神に直接映り込んでくるその姿を
感覚で感じていたが、
その存在を確信を以て受容れていた。

やがてその人は、
廊下から、私の眠るリビングに這入ってきた。
薄い霧のような微かな存在でありながら
その気配は確かな現実のものだ。
私は何故か、見てはいけないような、
いや、気付いてはいけないような
気付くと何か悪いような気がして
その間、ずっと、
毛布をかぶって寝たふりをしていた。
閉じた瞼を通しているので
ぼやけた写真のようにしか見えないが、
それは、小柄な、小さな白いおばあちゃんだった。

仄かな、柔らかく滲んだ綿毛のような光に包まれた
その小さなおばあちゃんは、
私の傍らに立ったまま
じっとこちらを見下ろしていた。
顔の表情は、はっきりとはわからないけども、
きっと心配そうな表情だったに違いなかった。
私は気配でそれを感じとっていた。

白いおばあちゃんは
暫くそこに立っていたが、
ふと意を決したように、
かがみこんで私の顔にかかる毛布をめくり
私の顔を覗き込もうとした。

私はその時、どうしたわけか急に起き上がってしまった。
はっとして跳ね起きたのだ。
併しこれは重大な失敗だったようで、
おばあちゃんを大変に驚かせてしまった。

小さな白いおばあちゃんは、一瞬で消えてしまった。

薄暗い現実の部屋は何もなかったかのように静かで、
カチコチと時計の音だけが響くのみであった。


私は暫く茫然として天井を見上げていた。
たった今、自分が体験した不思議な出来事を
ぼんやりと考えていた。
そのうち、私の心に小さなある予感が生じ、
穏やかな波のように揺れながらゆっくりと形を成してゆき、
やがてくっきりとした確信となった。
あのおばあちゃんは花だったのだ……!

花だったに相違ないという、
決して願望の生み出した錯覚ではない驚くべき確信。
花が私を心配し、様子を見に来てくれたのだ。
私はこの不思議な現象をこう解釈し、
そこからまた思い起こしてみれば、
花が言いたかった事も微かながらわかってきた。

嘆き悲しむ私を見ておれず、
花はこう言いに来てくれたのだ。
「花はね、もうおばあちゃんだったの。
 だから仕方のないことだったの。。」
人間に姿を変えていたのは
そのことを伝えたかったからに違いない。…




夢は、
幻想であると同時に紛れもない事実でもある。
だからこういう事があっても
決して不思議とは言えない。
他者から見ればファンタジーにすぎない話であっても、
本人にとっては確固たる現実なのである。
そういった意味では、この話をおとぎ話として片づける事は
誰にも出来ないはずだし、誰も私を笑う事は出来ない。
私は確かにあの日、花に会ったのだ。







まさか、この話を語れる日が来るとは思わなかった。
まこと、時間とは最良の薬である。


いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

16FEB15 MIYAGASE 061

千代とネルラ、星空に汽車旅をする


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、銀河を旅する雀の子らのお話です。





千代とネルラ、星空に汽車旅をする 

人は大地を徒歩し、雀は大空を飛んでいます。
人の世界の汽車が地を進むように、
雀の世界の汽車は空をゆくのです。

今、その雀の汽車に乗って、
二人の少年雀が旅をしています。
二羽は名をそれぞれ、
千代ハイネ、海馬ネルラといいました。

二羽は、
この汽車に乗って何処までも一緒に旅をしようと誓い合いました。
そして、きっとそうなると思っていました。

「みんなの本当の幸いを見つけにゆく。」
「僕たち、何処までも何処までも一緒にゆこう。」
「あぁ、きっと一緒にゆこう。」

二羽はお互いの気持ちを確かめあって、
それから頭上に広がる
群青の星空を仰ぎ見ました。

「僕のおっ母さんがあすこにいるよ!」
ネルラが叫びました。
「僕、ずうっとおっ母さんに会いたかった。」

そこには、ぼんやりと白く煙った星雲の野原が広がっていました。
ネルラは、汽車の窓からほとんど身体の半分を投げ出して、
おっ母さんに向かって大きく手を振りました。
「おっ母さん! 僕だよ! おぼえていらっしゃいますか!」
「あなたのことを忘れた事などほんの一瞬もありませんでした。
 さぁ、迎えに参りました。 私の愛する子よ。
 あなたの時は満ちたのです……。」

その時、輝く光が汽車を包み込み、
千代の目の前は真っ白になって何も見えなくなりました。
段々と視力が回復して
辺りの星空が再び千代の双眸に映り始めた時、
今までネルラが座っていた席には既に彼の姿はなく、
ただ、黒いびろうどばかりがひかっていました。

「ネルラ? ネルラ……!?」

呼びかけても、
最早、信愛なる友はそこにはいませんでした。
行ってしまったのです。
「何故だ、ネルラ。
 僕ら、ずっと一緒にゆこうとあれほど約束したじゃないか……!」

その時、優しいセロのような声が千代にかけられました。
「おまえの友達はね、本当に遠いところに行ってしまったんだ。」




気が付くと、千代の前に中折帽を被った
身なりの正しい紳士が座っていました。
紳士は、セロのような上品な声で
千代に語りかけてきます。

「おまえはもう、ネルラを探しても無駄だ。」
「どうしてです!?」

「僕らは、ずっと一緒にゆこうと誓ったのです。
 どこまでも、どこまでも一緒にゆこうと!
 それなのに何故、ネルラはここにいないのですか?」
「あぁ、そうだ。 みんながそう考える。」

「そして、決して一緒にはゆけない。」




「ネルラはもう逝ってしまった。
 これは自然の法則であり、厳しい決まり事であるのだ。
 おまえはこの掟を決して覆す事は出来ないし、
 またそれを願ってもいけない。」

「何故なら、その願いはおまえを苦しませこそすれ、
 決して救いはしないからだ。」

「受け入れなければいけない。
 そうして、おまえはおまえの切符をしっかりと握りしめて
 この旅を続けなければならないのだ。」

「さぁ、ゆくがいい。
 これからも、本当の幸い、みんなの幸いを探して、
 本当の世界の火や激しい波のなかを
 大股で真っ直ぐに歩いてゆくんだ。。」






「もっと下流かもしれない!」
「灯りをどんどん増やさないと!」
「舟をこちらに回して下さい!」

そう叫ぶ大人たちの声で
千代は目をさましました。
疲れてしまって、丘で休んでいるうちに、
いつの間にか寝ていたのです。
空には、いっぱいに星が広がって
鈴の音のような光をはなっています。

ネルラが川に落ちてから、
真っ暗な川沿いにはたくさんの懐中電灯の光が
行ったり来たりしています。
村の人たちは大人も子供も
総出でネルラを探しているのです。
皆、大声で何かを話しています。

「もう駄目です。 ずいぶん時間がたってしまいました。」
「父親の貴方が何をいうのです!」
「こっちを! もっと下流を!」
「・・・・・・・・・!」
「・・・・・・!」

千代はゆっくりと立ち上がって
ふうと息をつき、
天の川の銀河を見上げました。
その頬を一筋の涙が流れ、
千代は小さく呟きました。
「僕、これからもずっと歩いてゆく。
 きっと見ててください。」


ただ一人、
千代だけがネルラの行った先を知っています。








2014-10-18 18OCT14a




ブルカニロ博士が登場する「銀河鉄道の夜」初期三次稿はこちら(↓)に収録。。

ポラーノの広場 (新潮文庫)ポラーノの広場 (新潮文庫)
(1995/01/30)
宮沢 賢治

商品詳細を見る

淳五郎、朱に染まった米を見る


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、ある若雀の当直の姿をのぞいてみよう。




淳五郎、朱に染まった米を見る

淳五郎は雀の国の警衛兵士である。
そして今夜、彼は当直勤務についている。
軍である以上、この辺りは人間世界のシステムと同じで、
雀の兵士にも、当直はあるのだ。

この日の淳五郎の勤務は明朝0800時までだ。
それまでは、鋼の精神力で緊張を保たなければならないのだが、
彼は正直なところ、眠気に負けてしまいそうだった。
当直が辛いのは、雀も人間も一緒であるらしい。

「飯にするかの!」
淳五郎は食事をとることにした。
腹が減った時は、食事が一番で、
これによって眠気を追い払えるし、
エネルギーの補給にもなる。

さて……
『お腹が膨れたら眠気に拍車がかかるのではないか?』
そう思われる方もいらっしゃるだろう。
然し、実はそうでもない。
長い当直の夜は刺激が少なく
その中での食事は一大イベントなので、
気分の切り替えが出来て
意外と良い目覚ましになるのだ。
淳五郎は弁当の包みを開いた。

いつもの真っ白な
お米の弁当を前に、
淳五郎はごくりと唾を飲み込んだ。
兵士は身体が資本なので、
このように贅沢な食事が支給される。
米の一粒ひとつぶを噛みしめた時の
甘い味を想像しながら、
ふとお弁当を見た時、
彼は何か違和感を感じた。

真っ白なお米粒の平原の中に、
一つだけ真っ赤な粒がある。
それはまるで、
真っ白な壁に刺した画鋲のように目立っていて、
確かな存在感で淳五郎の目をとらえた。

「なんぞ、こりゃ!」
淳五郎は、思わず目を反らした。

そして彼がもう一度、恐る恐るに視線をお弁当に戻した時、
なんと、今度は赤い米が百粒ほどになっていた。
増えている。

淳五郎は驚き、咄嗟に目を反らして
そして再びお弁当を見ると、
なんと今度は全体のお米の半分ほどが
真っ赤になったいた。
淳五郎は、小さく悲鳴をあげて
お弁当箱のふたを閉じようとしたが、
あまりに慌てていたので手を滑らせて
お弁当箱をひっくり返し、
お米をそこらじゅうにばらまいてしまった。

辺りに散らばったお米は、全て真っ赤だった。
まるで血液の飛沫痕のように見える。
淳五郎は叫びながら立ちあがって
とにかく一目散に駆けだした。




……う、うぅん。。

なんという不覚。
淳五郎は机に突っ伏して居眠りをしていた。

然し、この真っ赤な米の夢はあまりにも現実的であったので、
淳五郎はこれ以降、もう二度と、
夜中に米の飯を食べることは出来なくなった。
いつか戦地で食べた血まみれの米の記憶は、
何年たっても若い兵士を苦しめ続ける。








さて、普通ならここでノイローゼになってしまうところだが、
どっこい淳五郎は兵士である。
先にも書いたが、兵士の資本は身体である。
身体は食事で保たねばならない。
淳五郎は、
『パンがなければケーキを食べろ』理論で、
当直の時は麦飯を持参する事にした。
そして、麦食はかえって彼を健康にした。



24JAN15 birds 002J5


いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

小十郎、お不動さまに涙する


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、小十郎と喜多が再登場する。





小十郎、お不動さまに涙する

喜多と小十郎は、仲の良い姉弟である。
小十郎にとっての喜多は
絶対君主の様な存在であり、
その命令は絶対で
逆らえば命の危険すらあるのだが、
兎に角も二人は仲良しである。

さて、暖かいこの冬の日、
村の桜の木のうえで、
小十郎は喜多から論語を習っている。
学問の時間であるはずなのだが、
何故か小十郎には生傷が見られる。
喜多の教育熱心ぶりが伺われる。

「師日わく、小人窮すれば斯に濫る。 はい!」
「師日わく、小人窮すれば斯に濫る。」

「師日わく、剛毅朴訥、仁に近し。 はい!」
「師日わく、剛毅朴とちゅ… あ、姉上!ご勘弁を!」

小十郎が言い終わらないかのうちに
喜多の放つ必殺の鉤爪が小十郎の横っ面をとらえる。
小十郎の生傷がまた一つ増えた。
教育熱心な喜多のまえに
間違いなど許されはしない。

その時である。
突然、近くの草叢から一羽の雉が飛びたった。
ものすごい形相の雉は、姉弟に向かって
「逃げろ!!」と叫んで、一目散に飛び去ってゆく。

驚いた二羽が呆気にとられたその刹那、
ズドンという轟音が長閑な安寧を引き裂いて
辺りの空間を揺るがした。
人間の猟師が使う鉄砲の音に相違なかった。

「種子島だ!」
小十郎がそう直感した時、
喜多が彼を押し倒してその上に覆いかぶさった。
喜多は必死に小十郎を抱きかかえている。
その時、二発目の銃弾が発射された音がし、
仰向けに押し倒されている小十郎の顔に
生暖かい液体が流れてきた。
血だ……!

「姉上! 姉上!」
小十郎をかばった喜多は、
その身体にまともに鉛の銃弾を受けてしまった。
喜多を直撃した弾丸は、
彼女の胸の肉を焼き、
その命を一瞬のうちに奪い去ってしまった。
それでもその翼は、小十郎を必死に守ったままである。
「姉上! 姉上!!」




涙に叫びながら、小十郎は目を覚ました。
そこは、いつもの寝室であった。
隣には、種子島で撃たれたはずの喜多が
すやすやと眠っている。
「夢だったのだろうか……」

否、そんなはずはない。
確かにあれは現実だった。

小十郎は、不思議な心持で
まだ夜の明けない暗闇を見渡していたが、
ふと、信仰している不動明王様が気になって
お堂へと向かった。

真夜中のお堂には、
虎哉宗乙和尚の姿があった。
和尚は、不動明王像の前で一心に経文を唱えている。
小十郎は、ふらふらとお堂に這入ってゆき
和尚の後ろ姿に声をかけた。
「虎哉さま、虎哉和尚さま……。」

虎哉和尚は真っ直ぐ前を向いたまま
経文の唱えを止めず、
ゆっくりと不動明王像を指し示した。
和尚に促されて目をあげた小十郎は、
その時、魂が切れるほど仰天して、あぁっ!と声をあげ、
落雷にあったようにその場に立ち尽くした。

小十郎の大きく見開かれた双眸から
涙が流れだす。
その足は震え、その翼は小刻みに揺れている。

見よ。 この世の奇跡を。
この大いなる慈悲の姿を見よ。

蝋燭の炎に照られた不動明王像のその胸には、
弾丸に貫かれた穴が痛々しく口を開けていた。













私たちを守って下さるそのお姿

20131006192918944_201501210105536a1.jpg


いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

永倉栄吉、時の流れより離脱する


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

今回は、死を目前にしたある老雀のお話である。





永倉栄吉、時の流れより離脱する

丹沢の山々奥深くにある一本の檜の天辺に
年老いた雀が一羽とまっている。
彼の名は永倉栄吉、
もうすぐ死を迎える運命にある。

栄吉は微動だにしない。
最早、翼の動かし方も忘れてしまったかのように、
もうずっと長い間、遠くの空を眺めている。
杭の様に固まった彼の周囲を
容赦ない強い風が、軽々と吹き抜けてゆく。
「この風は時だ、世界だ、仲間たちだ。」

風に吹かれた枯葉は、
もう遥か彼方へと消え去ろうとしていて
その姿は微かにしか見えない。
彼の仲間たちもまた、
この枯葉と同じように流れゆく時に乗って
遥か先へと進んで行ってしまったのだ。
栄吉のもつれる足は
ついに誰にも追いつけはしなかった。

然し、ゆっくりとではあるが着実に、
栄吉もまた、この時の流れを旅している。
そして今、ついに、
彼は「その時」の到来を感じているのだ。

栄吉は夢を見ている。
彼の目の前には次々と、
これまでの人生が
灯篭の映す影絵のように現れては消えてゆく。

田舎で仲間と共に身を起し、
都へ登って役職を掴み、
それこそ本当に命を捨てて戦った。
血風と白刃、毎日が修羅場だったが、
そこには仲間たちがいた。

ただ一心に、真っ直ぐに前だけを見て
仲間と共に全力で駆け抜けたあの日々。

仲間たちの一人ひとりの顔、
一緒にくぐってきた死線、
嬉しかったこと、悲しかったこと…・・

命の蝋燭が消える一瞬前のその刹那、
栄吉の人生で最も充実、いや、一番楽しかったと言いなおそう、
一番楽しかった日々が彼の目の前に現出し、
栄吉は、この時、夢の中で再び人生を生きた。




栄吉の身体がふらりと落下をはじめる。
落ちてゆくその身体から、
透明な魂がゆっくりと離れ出て
今、西の空へと帰ってゆく。
肉体という縛めから解き放たれた栄吉は、
迎えに来ていた仲間たちと共に
悠々と飛行して夕陽の向うへと消えて行った。

全ては許されて、全ては無にかえった。










PC100047ss1.jpg



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。




石田佐吉、深く眠る


雀の世界にもいろいろなドラマがある。
彼らもまた、
人間と同じように悩み、喜び、毎日を懸命に生きているのだ。

これまで、福島市松、加藤虎之助のみた夢を綴ってきた。
今回は、石田佐吉の番であるが、さて……





石田佐吉、深く眠る

石田佐吉は時間を無駄にしない勤勉雀である。
常に学問に励み、武道の鍛錬を怠らない。
疲れたら読書で一息つくが、
読む本は当然のように古典文学ばかりである。
怠惰、無精、横着、怠慢、
これらは全て、彼の敵である。
ついでに、福島市松のような
乱暴で粗野で品性の欠片もない与太者も
彼の敵である。

佐吉は、一時間ぶんの活動を四十五分で行う。
こうする事によって、
かれの四十五分は一時間と同質となり、
四時間の経過のうちに
五時間ぶんの活動を凝縮した事になるのだ。
彼の一日は三十時間なのである。
時間を無駄にしないどころか、
最大限界以上に活用している。

さて、今、そんな密度の濃い一日を過ごし、
夜はもう一時を過ぎている。
就寝の時間だ。
学問はまだまだ足りない気がするが、
明日もあるのでここらで切り上げねばならない。
世の秀才、皆に言えることであろうが、
佐吉も又、自分の学問が何処までいっても
完成に近づく気がしないでいる。
一つ突破すれば又次が、
一つ先へ進めば更なる課題が、
大きく彼の前に立ちはだかる。
寝る暇などないが、然し、睡眠も必要だ。
佐吉にとっての睡眠は作業である。

起床の時間は四時だ。
夜明けまでには遠いけども
兎に角、四時には起きる。
毎日三時間の睡眠であるが、
佐吉は所謂「タイトスリーパー」の訓練をしたので、
これだけで十分なのだ。

あの怠け者の福島市松ずれなどは、
「十時間は寝ないと羽毛の艶が落ちるぜ~!」
などと云っていたが、
今頃はダラダラとだらしなく寝ている事だろう。
もしかして、涎を垂らしてイビキでもかいてるかも知れない。
そもそも、ヤツの汗臭い羽毛には艶などありはしないだろう。
あっても脂汗のてかりに違いない。
ことによれば、
洟みずをぬぐったあとかも知れない。

不潔なヤツだ。 


……ふん。





などと考えているうちに
佐吉は入眠し、
そしてすぐに目覚めた。

タイトスリーパーは夢を見ないので
(見ているが睡眠が深すぎて覚えていない)
睡眠はあっという間に過ぎ去る。
佐吉は、仏蘭西語の書物(アナトール・フランス)を開いて
珈琲をすすった。

さて、これまで三話、
尾張三羽雀の夢を連続して綴ってきたが、
佐吉の夢の話は、特に抑揚や山場などもなく、
これで終わりである。
そもそも夢を見ないのだから仕方がない。

佐吉の日常は常に、こう、散文的なのであるが、
まぁ、如才なく全てを無難にこなす秀才の生活とは、
案外とこんなものかも知れない。





23DEC14 SUZUME 011S



いつも読んで下さっている皆様、有難う御座います。

| はなそらDAYz!ホーム |