ひとつのやくそく


雷鳴を伴った豪雨に猛け狂う
氾濫の川と

その傍らにひっそりと咲く

この純白の花


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瞬間、心を奪われた。
家路を急ぐ足を思わず止めた。

それほどまでに、
はっとするほどに心を打つこの

小さく、可憐で、儚いガラスの写真のような美しさ。




雷雨の嵐に怯えながらも

健気に、
そして懸命に生きるこの生命。


この世の美とはかくなるものか、と・・・

暫し、
その場を動けなかった。














さて、唸りをあげて叩き降る豪雨に世間が仰天し
人々が我先にと家屋へ避難するなか、
こんな危険な川沿いに咲くこの小さな花を
いったい誰が気に留めたろうか。

雷雨と雹の荒天だ、
誰にもそんな余裕はなかったに違いない。

しかし、世界の片隅のこの場所に、
この美しい姿が在ったことは厳然たる事実であり、

偶然をそれを目にした私が
瞬間にして心を奪われたことも、
また決して嘘ではない。

美とは、見る者があってはじめて美となるものではない。
誰にも気づかれない美というものも確かに存在し、
そのようなものこそ
高貴な輝きを放っている場合が多いのだ。


世界はこのような美に満ちている。
人生とは驚きと興奮と感動だ。

私は決して偽りを書いてはいない。




















花そらで読む「一つの約束(太宰治)」はこちらから・・・






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定点での観測者


森で出会ったその木。

両手で抱えきれないほどに立派な幹は、
木が、私の生まれるずっと以前からそこに在ったことを意味する。

その堂々たる威厳に満ちた姿を
仰向けに倒れんがばかりまで見上げ、

木が生きてきた幾百幾千の年月、
ずしりと重い時の成層、

そこにあったであろう数多の風雨を思いながら・・・

私は、苔むした幹にそっと手を触れて問うた。



あなたは、どれだけの長い時間を過ごしていらしたのでしょう。






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どれだけの生命を見守り、見送りながら、

どれだけの喜びに触れ
どれだけの悲しみの言葉を聞いていらしたのでしょうか。。
















私の問いかけに木は、
荘厳なる静寂を以て応え

大いなる慈しみを以て
この儚い身を包み込んでくれた。












木、それぞれ


「ぽっくんの木」は
優しくて元気な男の子。

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たおやかで上品な「白木蓮」は
花ちゃんのイメージ。

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そして「花そらの木」。

この木は、暖かく優しい、慈愛に満ちたサンタマリアのよう。。
いつも、花とそらを優しく守ってくれました。

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木、それぞれ。。







樹木の神秘


天からの視点では、
平地の木は目立つ存在なので

神や精霊、魂が降りてゆく目標になりやすいのだという。


また、樹木は何百年も生きて同じ場所に在り続ける。

流れゆく時(幾多の生命)をずっと目の当たりにするその間に、なにか、

神の領域の、大いなる存在に近づくことがあったとしても
案外と不思議でない気がする。


そういったことや
元々持っているその優しい性質で、

依代という「受け入れの器」になりやすいのは
自然なことなのであろうか。 

私は考える。


実際、木の幹に触れていると、
触れた手の面から
なにか暖かい流れが伝わってきて

言葉でない「何か」で通じ合えるような気がするのだ。
こんなことは、
木自体に何らかの「力/意思」があるからに相違ない。


自然と言えば先ず「森林」「植物の緑」などが思い浮かぶが、

木は、自然を象徴する存在であると同時に、
神秘である謂わば、「超自然的な存在」でもあり得ると私は思う。


まこと、この世は不思議である。








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花そら公園巡り 厚木市若宮公園 その3


花そら公園巡り 厚木市若宮公園 その3


2013年6月の
あの運命の日から

永遠を願った四人の家族が
三人になってしまったあの日から数日後

私たちは、思い出の公園を歩いた。
もう四人ではなく

(三人でのお散歩)




ママと花と三人で
クローバーの広場に座り

そらのいないその違和感に
悲しい現実を知らしめられ

しかしそれを
決して認めることなく

懸命にそらの名を呼んだ。


<泣いてはいけない>

泣いたら現実を認めることになる。

私たちはその時、
そらのいない現実と直面するには
あまりにも傷つき、疲れすぎていたのだ。


なにかひとつきっかけがあれば、
たちまち暴発しそうな感情を無理に押し込めて

私たちは、
精霊となったそらの名を呼び続けた。


そしてふと、
何かの拍子に顔を上げたその時、

真っ直ぐに視界に飛び込んできた小さな木が
初夏のまだ涼しさを残した風に揺られ

こちらの注意を引くかの様に
キラキラ、キラキラと、意味ありげに不思議に輝いていた。



(呼んでいる)

直観した。

この木はそらだ。



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木には魂が宿りやすいのだという。


その時、私たちは再び四人の家族だった。

いつも通りの四人で、
ずっとずっと会話し、日が暮れるまで語らいだ。

そこには確かにそらがいたのだ。

今でもそう信じている。



















一年たった今でも

私はこうして
この公園に通い

対話を続けている。




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花そら公園巡り 厚木市若宮公園 前篇 

花そら公園巡り 厚木市若宮公園 後編




一人の道が暮れてきた


花とそらと一緒に
暮れゆく空をずっと眺めていたあの日々は遠く・・・

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見上げた先に
あの子らを探す毎日

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一人の道が暮れてきた















尾崎放哉、孤独に朽ちてゆく言葉はとてつもなく重い。


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散歩で出会った人たち JUN14 



とかく、お散歩であちこちを歩いていると、
いろんな面白い場面に遭遇したり
さまざまな人たちと出会う事が出来たものでした。

かつて

そのような逸話を
何度かブログにまとめていたのですが、

2009年1月に以下の記事を記しておりました。

今、自分が、
この3話目の方と同じ立場になって
自信を深めたことがあります。

「あの時に感じたことは疑いのない事実だった。」


この世界はフィジカルな現象だけが全てではない。
神の領域である何かは確実に存在する。

魂であり、信仰であり、
物理を超えた形而上的な

目には見えないけども
心で感じることの出来る、その

(何か)



その存在は最早、
揺るぎない確信となって

私の胸に宿り続けるのです。



では、以下より本文です。
 






(2009年1月)

第一話と二話は割愛


では
今回紹介する最後のエピソード。


このまえ伊豆天城峠に行った時の事。

そこでたまたま出会ったあるおばさまが
SORAをたくさん撫で撫でしてくださった時のお話です。



そのおばさま、

ずっとずっと、もう本当にずっとSORAのことを
撫でてくださっていたのですが・・

そのうち

SORAを抱きしめたきり
大粒の涙をこぼして泣いてしまわれたのです。


聞けば

数ヶ月前に
愛するワンコを亡くしてしまわれたばかりとのこと。
SORAと同じくらいの
大きく立派な子だったという・・。


SORAの顔を両手でおおい、
涙に濡れたお顔で
おばさまはこう言ってくださいました。

「この子は、
なんて優しい表情をしてくれるんだろう。。」


SORAの体温、大きな身体、優しい表情、
傷ついた人をいたわる思い、

そして
おばさまの心の中にある

愛するワンコの想い出
一緒に過ごした幸せの記憶

そういったもの全てが
グルグルと回って混ざりあい・・

生きている暖かい命のかたちを成し、
触れる事が出来る現実となって目の前に現出する。

それがあの時のおばさまにとっての
SORAだったのです。



そうして

SORAという優しい器は
亡くなったワンコの魂をその身体に迎え入れ

もう本当にふたりは

おばさまと亡くなったワンコは

この世界でもう一度、
しっかりと抱き合う事が出来たのです。




この間、
普段一瞬たりとてじっとしていられないあのヤンチャ坊主が、

まるで人が変わったかのように
静かにオスワリしていたのには

きっと、何かの深い理由があっての事に相違ない、と・・・


私はそう考えました。








遠い、遠い、

まるで前世での出来事であったかのような
夢まぼろしであったかのような

そんな遠い記憶のお話。





ふたりはいっしょ


「ふたつ」というのは
私にとって特別なものだ。


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*蝶々です
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寄り添うような
愛らしい双体は


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仲良く並んだその姿は

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私にとって

花とそらそのものだからだ。





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God bless us all


神、空にしろしめす




いつもそこにいてくださる。。


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慈悲深きサンタマリア、
透き通る夜の底、冷たい雪の地面の上に、
悲しく祈る私どもを見そなわせ、

悲しいこの魂の
まことの祈りを見そなわせ、サンタマリヤ・・・



私たちの愛しい子供たち、
花とそらがきっと明るく暖かいところで
楽しく過ごしておりますように。

きっとそうでありますように・・・



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この道を歩いてゆく


人生という道は、遠く長く続く。

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分かれてゆく道もあれば

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合流する道もある。

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道はいろいろだ。

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悲しい道も視点を変えれば

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周囲にはこんなに美しい花。

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見守ってくれている存在もある。

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駿河の海にて


あなたたちの愛しい名を

この思い出の海の
小石に記し

神のもとへとおさめまつりて
天を見上げてひた祈る。




どうかきっと安らかでありますように。

いつかまたきっと会えますように。













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