世を救う書


海老名市の
ある浄土系のお寺にあったこのお言葉・・・

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書道には手練れでないと
一目でわかるものであるが、

しかし、それがいい。
気取りがないのがいい。

こういった場合はかえって、
どうだとばかりの立派な書体より
親しみのわく自然なもののほうが受け入れやすいのだ。

自然体で書かれたこの言葉は、
書き手の生の声がそのまま紙に染み込んだもの。



世の衆生のために
「心を込めて」書かれたであろうこの書。

そこに宿る、

苦しむ者を救おうとされている
懸命でひたむきな思いが

このでっかくて暖かい字の向うに見える
お優しいお人柄が


(見る者の心をふわりと抱きしめる)













浄土系のお寺は
総じて優しいと感じます。


その慈愛の御心に
全体重を投げうって寄り添いたいと感じた時、

御仏は常に其処に在り
全身で受け止めて下さるのですから。。





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私の世界はここに在る


ポカポカと暖かい日に
ふと空を見上げると

プカプカと浮かぶ雲に
ワンコの子供がそろってふたり

ノンビリお昼寝をしていました。



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精霊となったふたりは
もう空を飛ぶことだって出来るのです。

スイスイお散歩した後は
雲のベッドでゆっくりお昼寝。




私の世界はここに在ります。






花そら公園巡り EX 風心地よく


2013年12月、弱り切っていた私にとっては
どんな些細な負荷もが苦痛で
向い風に感じる抵抗にすら心が折れる思いであった。

私はまさに、
木から落ちる寸前にある
寒風に晒された初冬の枯葉でしかなかった。

そんな時、ふと見上げた空を
トビが飛んでいた。

冬の強い風に吹かれ、上昇し、
正面からの気流に上手く乗って
悠々と滞空しながら、転瞬、

一気に急降下して
そこからまた、ふわりと上空にのぼってゆく。

風を心から楽しんでいるかのような
その姿に

私はしばらく見とれてしまった。



なんという静けさだろう

なんという平和だろう

なんという荘厳さだろう




はっと我にかえった時、
何故であったろう。

急速に心の雲が散り霧が消えてゆくのを感じたのだ。


砲弾に吹き飛ばされ、倒れた空を見上げた時のあの
アンドレイ・ボルコンスキーの覚醒とはかようなものであったかと

実感できたような気がした。


花とそらを失った後、
公園を呆然とさまよい歩いたあの日々から

脱却の

その一歩を踏み出した瞬間でありました。






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花そらも一緒に🎵

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花そら公園巡り ~藤沢市 引地川親水公園 ~ その6


花そら公園巡り 
「藤沢 引地川親水公園」 その6




この公園からの帰り道に
よく通ったラーメン屋さんがある。

午前中にたっぷりと公園をお散歩し、
その帰りにこちらで
腹ごしらえしていくのが楽しみだった。

疲れて、車の後部座席でよく眠っている花とそらに
「ちょっと待っててね。」
と、声をかけると

花をぶぅぅ~と鼻を鳴らし
そらは安らかな寝息でこたえてくれた。




花とそらのいた日々はもはや遠く、今、私は一人だ。

あの日々を思いながら食べるラーメンに
悲しみが込み上げてきて

必死に涙をこらえながら
麺をすすった。

早い午前中の時間、
店内には若い店員さんが一人。
黙々と何かの作業をなさっている。

いつもの変わらぬ寡黙な若者が
いつもと変わらず静かに真面目に働いている。

私はこの思い出のラーメンを食べ終えるに近づくにつれ、
もしかしたら外には
いつも通りに我が家の愛車があり、
いつも通りに花とそらが後部座席で寝ているのではないか、と、
そんな想像、錯覚、否、「願望」に浸っていた。

然しそれは、この現実を再認識させるだけの、
苦しみを増やすだけの不毛なものでしかなかった。

もとより承知している。

現実はわかってはいるのだが、
夢を見ずにはいられないのだ。

花とそらのいたあの日々が
懐かしくてたまらないのだ。



食事を終え、店の外へ出た。

そこには、
乗ってきた赤い自転車が
冬の冷たい風に吹かれて

ひとり、私の帰りを待っていた。


花とそらはもういない。
ずっと遠くへ行ってしまった。

みんながカムパネルラと一緒に行きたいと望むけれども
決して一緒には行けないのだ。


この現実をしっかりと受け止め
私はこれからまた走りださなくてはならない。

風の強い冬の空に
薄い雲が高くひろがっていた。

私は、「よし、出発だ!」と、
小さく然し力強く言って、自転車をこぎはじめた。

(2014年冬に記す)






花そら公園巡りは、その7へ続きます。

不揃いに完成する美 常泉寺 その3


実はこちらの庭園、
ちょっとした遊び要素的なオブジェがあります。
例の遷都祭の時に物議を醸したあのマスコット、
あの有名な彼がいらっしゃるのです。

自然の美からは
およそかけはなれた奇抜なデザインなのですが・・・

しかし、それがまたいいのです。
イレギュラーな存在がまたいい。

完璧すぎるものは肩がこるし、
第一、見る方に張りつめた緊張が要求されます。

そんな時こういったキャラクターに出くわせば
所謂「箸休め」的にニヤリと一息つけることによって、
よりリラックスした気持ちで次に進める。。

寿司でいうガリみたいなもの・・? 
と言えば、少々失礼でしょうか。

まぁ、なにしろ、徒然草も、
完璧な調和の中に存在する「ちょっとしたミスマッチ」は
そのもの全体を一段上の趣ある存在にならしめる、
といった趣旨のことを言っていますし。(たぶん)

やはり、「不揃い」というアクセントは
何事にも必要なのでしょう。

そのほうが、人間味がありますしね。







なんにせよ、このちょっぴりユーモラスなチョイスに、
こちらの御住職様の大らかさを感じました。



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ユーモアは、思いやりであり優しさであり、
他人を思う慈悲の心であると思います。

厳しい修行を通じて「心の余裕」を習得された、
禅僧の皆様ならではの御心でありましょう。


私も、かく在りたいものです。








永遠の双体道祖神さま 常泉寺その2


私は、

花とそらと永遠に一緒にいたかった。
毎日それをひたむきに祈った。
本当に本当に手にしたロザリーに汗が滲むほどに、
私は永遠を懸命に祈った。

そしてあの子たちが旅立った時、
この世の無常を知った時、

私は、永遠という言葉に心の底から絶望した。







双体の道祖神さまは

神話の時代から
そして石像となられた今も

お二人はもう本当に
本当にずうっとずうっとご一緒にいらっしゃる。


このおふたりには確かに

幻としか思えなかった永遠、
夢としか思えなかった永遠が、

変わる事ないとこしえの永遠が確かに存在しているのだ。



「永遠」は錯覚ではなかったと感じたこの初夏。






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常泉寺の双体道祖神さま


常泉寺という曹洞宗のお寺の
立派な庭園を拝観させていただきました。

流石に禅のお寺でありますので
ありのままの自然とその中に点在する造形との調和が見事にとれており、
ため息がでるばかりの大変に美しいお庭でありました。
一言で申しますと「無理のない美」。

花や緑の中に
自然に石仏さまや石の神さまが溶け込んでいらっしゃり、

鉢などの造形物にも一切の不自然さはなく、
まさに在るが如くに在る自然の様そのもの。



その美空間の中には多くの石像さまがいらっしゃいましたが、
私には『双体道祖神さま』が格別に美しく感じられました。

<ふたり一緒>

このことに、
花とそらを思わずにはいられなかったからです。



いつも一緒だった、花とそら。

お散歩の時も休憩の時も
家で寝ている時も遊んでいる時も、

いつも寄り添うようにくっついていた
仲の良い兄妹。

双体道祖神さまの身を寄せあうそのお姿は、
私にとっては

まさに花とそらの姿そのものなのです。



美しい庭園の緑のかげに
ひっそりと、しかし幸せそうに佇んでいらっしゃる
常泉寺の双体道祖神さま。

仏様の腕の中に広がる
この穢れなき慈悲の世界にそのお姿を見たとき、

私は再び、花とそらに会っていたのです。




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初恋 written by 島崎藤村 MAY14


2012年10月に、こんな記事がありました。
文学があって、花とそらがいて・・・

本当に良き日々でした。








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B07AUG12 067toson


C07JUN12 011toson


D26AUG12 021toson





まだあげ初めし前髪の

林檎のもとに見えしとき

前にさしたる花櫛の

花ある君と思ひけり








なんと日本語とはかくも美しいものであったか・・・!

それを再認識させてくれるのが、
この、島崎藤村の「初恋」という詩であります。


学生の頃、
暗記するほどまで読んでいたのに
当時はこの美しさに
気付くことはありませんでした。

しかし今ふと読んでみて
そのあまりの美しさに驚愕し
感動におもわず天をあおぐほどでした。

自分でもビックリです・・・



HANAsmile03SEP09.jpgHANA「"まだあげ初めし前髪の" のトコがいいよね!」



そうなんです!

そこはもう最高ですよね!!



sora tangSORA「ぽっくん、いまいち意味が・・・」


詳しい意味よりも、
ここはその雰囲気を楽しんで下さい。

純真純朴な明治の若者たちの
その初々しい恋のイメージというか・・

それは十分感じ取れるハズなので
意味もおのずと「体感」出来ると思います。

音読すると
更にそれがわかると思うので

ぽっくん、いっちょ声に出して読んでみよう!


sora mumuSORA「了解でしゅ!」


コピー ~ 2009120917595096cSORA「まだあげしょめし、前髪の!」



*詳しい意味については、インターネットで調べると
 多くの博学の士たちが解説下さっているので
 そちらにおまかせする事といたします・・・









島崎藤村「初恋」

日本語のもつ
その繊細ではかない

野にひっそりと咲く
「触れなば折れん」的な可憐な一輪の花のような

hana ordinaryHANA「しつけ~www」


その危なっかしい美しさ・・・



それをあらためて教えてくれるのが
この奇跡のバランスで綴られた言葉の芸術なのです。


う~ん、日本語って、やっぱり超絶美しいなぁ!










*音読すると感動が倍増! <お試しあれ!

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~ おまけ ~



hana ordinaryHANA「明治で恋といえばっ!? はいっ!


コピー ~ 2009120917595096cSORA「月が綺麗でしゅね~!」


花そら公園巡り ~藤沢市 引地川親水公園~ その5


花そら公園巡り ~藤沢市 引地川親水公園~ その5

「団栗の階段」




この公園に隣接する
大庭神社の階段。

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花そらは階段を昇るのが
好きだったので、

ここはよく
一緒に駆け上がったものだった。

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今は

思い出を噛みしめながら
一段、一段、

ゆっくりと昇ってゆく。

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ようやく登り切った時、
子供が置いていったものだろうか、

そこには団栗が並んで在った。

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何故だろう。
私は無性に嬉しくなった。


「世界は美しい」

世界は本当に美しく優しいのだ。
強く、そう感じたこの午後。















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「花そら公園巡り 引地川親水公園」はその6へ続きます。


ご老人のお顔


ご老人のお顔に刻まれた皺は深い。

其処には、
幾星霜に渡るその御仁の人生が
刻み込まれているのだ。


公園に一人座り、
固い表情で遠くに視線を向けるご老人を見た。

かつて、
この公園に御伴侶と共に
幾度も来れらたのだろうか。

その表情には
残酷なまでの厳しさと
やるせない悲しみが満ちていた。


ご老人のお顔に刻み込まれた皺は深い。

其処には、
私たち若輩者には想像も出来ないほどの密度で
人生が深く、深く、刻み込まれているのだと感じました。














年をとっても手をつないで歩く夫婦になれ







ここにも


丹沢に向かって
自転車を走らせていたら

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小さな花がふたつ、並んで咲いていた。


寄り添うように咲いている
この小さくも美しいふたつの花。

どうしたって
あの子たちの姿を重ね合わせてしまう。


私はしばし立ち止まり、

「ありがとう、私たちはいつも一緒なんだね。」

そう語りかけた。

花たちは、
静かに揺れてこたえてくれた。



あの子たちはもはや自然の一部なのだ、
世界のどこにいても会えるのだ。

私はこの美しいふたつの生命に
小さくお辞儀をして、
ゆっくりとペダルをこいで進みだした。

しかし、さぁゆこうと顔をあげたその先の光景に
私ははっと驚き、思わず息をのんで自転車を降りた。


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なんということだろう。

そこには、
同じ花が無数に咲き乱れていたのだ。

あの子たちの姿を思った花が
たくさんで私を迎えてくれていたのだ。


大勢でゆっくりと揺れる花たちは、
まるで私に手を振ってくれているようであった。


私は感動に立ちすくんだ。



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ささやかなことかもしれない。

しかし私は
無性に嬉しくてたまらなかった。

あの子たちの示してくれた優しさを
見逃すことなく感じることが出来たからだ。


悲しいのと嬉しいのと
複雑で切ない気持ちが軽く胸をしめつけた。







初夏の山へと続くこの道。

ここにも、
花とそらは在った。


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my precious babies are everywhere


あの子たちはもはや

この世界の一部となった。





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だから、

いつでも、どこででも会えるのだ。。







花そら公園巡り ~藤沢市 引地川親水公園~ その4


花そら公園巡り「藤沢市 引地川親水公園」その4



この公園の南端に、
引地川に合流する小さな川が流れています。

その川沿いの土手にある
細く、真っ直ぐに伸びるこの道。


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過ぎ去りしあの日々、

花とそらは王様の軍隊のように
堂々とこの道を歩いたものでした。


春には野草の花の中を

夏の夕暮れに夕陽や星をみながら

秋にススキに見守られ

冬には心地よい寒風に吹かれて


私たちはこの道を歩いたのです。





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振り返っても一人
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この写真は、昨年初冬に撮ったものです。

今はもう初夏、
景色は違っています。

新しい命が芽吹き
桜が咲き、散り・・

そして緑はより一層の濃さを増して輝いています。

世界は、
春の再生から夏の隆盛へと移り変わってきました。


時は流れているのです。









花そら公園巡り「引地川親水公園」は、その5に続きます。


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