ある男が、吹雪の夜、家の門口に行倒れていた娘を助けた。
透き通るような肌に真っ赤な唇の不思議な雰囲気の娘だった。
その娘は無口だがよく働いた。
働き者故、
男は娘と所帯を持った。
貧しかったけども幸福な日々が続いた。
そのうちにだんだん暖かくなってくると共に、
美しかった娘は痩せて元気がなくなり、
玉のようだった身体も土気色に衰えて
その生気は日に日に薄れていくようだった。
男は娘を哀れに思い、
少しでも元気になればと
元気のつく食事を作ったり
桜貝の櫛や笄を贈ったりした。
そして、
身体を温めやろうとお風呂を用意した。
たらいにお湯を汲みいれて
娘を湯につからせ、
男は優しくその背中を洗ってやった。
温かいか? 気持ちいいか?
男は真心を込めて、
娘の背中をながしてやった。
しかし娘は何故だか複雑な表情をしており、
やがてしくしくと泣きはじめて
か細い声で
「私が死んでも・・・」
と、何かを言いかけた。
その言葉が終わらぬうちに、
さらさらと不思議な音がして
娘の姿は蜃気楼のように消えてしまった。
たらいの中には、
桜貝の櫛と笄が浮んでいるだけであった。
雪女は・・・
お湯に溶けてしまったのだ。
背中を流してくれる男の優しさのまえに、
ついに自分が誰であるかを言い出す事が出来なかった、この
(悲しい娘)は
果たして天国にゆけたのだろうか?
残された男は
どんな気持ちでその後の人生を生きたのだろうか?
我々がただ知っているのは
愛はその去り際に
容赦なく全てを奪ってゆくという事だけだ。今回のお話は、太宰治「虚構の春」にある挿話をアレンジしたものです。
花そら公園巡り ~ 海老名市 相模三川公園 ~ その4
鳩川という小さな川をはさんで公園東側にある
ちょっとした河川敷の広場。

桜が夾立するこの場所には春、
美しい薄紅の回廊が出来上がります。

見上げれば
淡い桜色が空に広がり、
天井から
ひらひらとこぼれ落ちてくる
桜の子らが
花とそらを
親しげに歓迎してくれたものでした。
こんにちは、花ちゃんそらくん
よく来てくれたね
今年も会えたね
こんにちは こんにちは・・・そんな囁きが
春の空気のなかに微かに響き
風に乗って楽しそうに舞い踊る
桜の子らの中を
花とそらは楽しげに進んだのです。
いま、季節は冬です。
足元には枯葉が積もっていました。

真っ黒な木たちは
ただ静寂の中に立っているだけで、
辺りには
風に吹かれて飛ぶ枯葉の音だけが幽かに聞こえるだけでした。
一枚、また一枚と、
落ちてゆく葉たちを
悲しみに見送りながら
寒風の中
桜の木たちは何ものも言わず、
じっとこの寒さに耐えています。
必ずやってくる春を
凍えながらじっと待っているのです。


「花そら相模三川公園」は、
その5に続きます。
花とそらを傍らに抱いて
この美しい相模川を眺めたあの幸福の日々は
容赦ない時の力に押し流されて
遥かな過去のものとなってしまった。
流れゆく時を目の当たりにし
「ゆく河の流れは絶えずして
しかも元の水にあらず」
この一文がかつてないほどに
いよいよその鋭さをまして、深く、
深く私の心に突き立ってくる。
花そら公園巡り ~ 海老名市 相模三川公園 ~ その3前回の場所から南下してきました。
この辺りは、所々に急流が見られます。
国道246号線を境に、
北の流れはゆるやかで
南の流れはダイナミック。
相模川のいろいろな表情を
見ることが出来ます。

川は、何かを囁きながら流れてゆきます。
何百、何千という風鈴が鳴るような
その清んだ声は
私に何を語ろうとしているのだろう・・・


流れに浮かぶ泡沫は、
何処からともなく現われては
消え
まるで、生まれては去ってゆく
生命のようです。
川はこの世界そのものに見えます。
その流れは一瞬たりともとどまることはなく、
時の流れそのものです。
そして、時は、
その表面に浮かんでは消えてゆく泡沫たちを
翻弄し、飲み込み、
ある時は、揺り籠を揺らすように優しく扱いながらも
容赦なくためらいなくその姿を消してしまいます。
無力な泡沫たちには、
逆らう事も
<抵抗することすら許されない>
あまりにも一方的です。 残酷です、理不尽です。
嘆いたところでどうにもなりません。
その流れに身を任すしか、
私たちに術はないのです。
諦観の後の悟りには
まだまだ到達出来そうにはありませんが、
今はそう思うようにしています。
さあ、公園にもどりましょう。

夕陽の中、この道を・・

花とそらと共に駆けたあの日。。

見渡せば
川は静かに流れ

太陽は眩しく輝いていました。

この公園は
いつも私に優しくしてくれます。

ススキの子らが、
力いっぱいに手を振ってくれました。
「元気をだして」
そんな声が聞こえてくるようでした。。
土手の上に風車が見えてきました。
一周して帰ってきたのです。

今日のお散歩はここまでです。
さようなら、
もう二度とは会えない今日というこの日よ・・・

広々とした空、心地よい風、
深く育った川沿いの森に
<雄大にそびえる丹沢と 厳しくも優しい相模川の流れ>
車から飛び降り、駐車場を駆け抜け、
橋を渡って公園を目指した花とそらの
あの浮き浮きした姿が、
如何にあの子たちがこの公園を愛したかを
強く物語っていました。
何処を見てもあの子たちの姿を求めてしまいます。
何をみても花とそらを思い出します。
この道にも、あの広場にも、あの木の下にも花とそらはいました。
あの幸福に包まれた、今はもう幻のようになってしまった日々。。
今まで本当にありがとう、相模三川公園・・・行く河の流れは絶えずして
しかも本の水にあらず
よどみに浮かぶ泡沫は
且つ消え
且つ結びて
久しくとどまる事なし
世の中にある人と栖と
又かくの如し
花そら公園巡り「相模三川公園」は
その4に続きます。