新九郎狐


丹沢の山奥に一頭の狐が住んでいた。
狐は名を新九郎といった。
新九郎は天蓋孤独の身であったけども、
ある春の朝、家族ができた。
彼の巣穴の近くに
純白に輝く兄妹の花が咲いたのだ。
それは、雪をも欺く白さだった。

新九郎は花たちを愛した。
それはそれは大事に世話した。
うっとりと眺めているうちに春は過ぎた。
梅雨には花たちが流されないように、
煉瓦で囲って土を盛った。
夏は灼熱の日差しよけに
傘をこしらえた。
秋には降り始めた霜を避ける為、
新九郎は花たちの根本に丸くなって眠った。
やがて丹沢に冬がきた。

この世界は一つの法則に支配されている。
新九郎がもうどんなに頑張ったところで、
花たちはその可憐な花弁を散らしていくしかなかった。…
新九郎は、コーンと一声だけ鳴き、
その声は丹沢の山々に美しく響いた。




「それから新九郎はどうなりましたの?」
人間の女の子が父親に聞いた。
「滅んだよ、無論。」
父親は遠くを見るような目でこたえた。
「新九郎は現実を受け入れる事を拒んだんだ。」

「お可哀想なことをしました。」
女の子は目を伏せてしまったが、父親は云った。
「然し彼は、愛する花たちと幸福に生きる事が出来たのだ。
哀れに思うことはないさ。」
「彼は自分の倖せを追及したんだ。」

女の子にはよくわからなかったが、
新九郎と花たちの魂は
きっと今でも丹沢にあるのだろうと、
それだけは間違いのないように思えた。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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新九郎譚 「スーパーヒーローを問う」


さて、今回は又、我らが新九郎君から聞いた
馬鹿々々しくも微笑ましいお話をいたしましょう。
新九郎君の職場はほとんどが米人でありますので、
本邦の日常では決して聞かれないような
奇妙な会話が日常的に交わされるそうです。
正に、日常の中の非日常。
屹度お楽しみいただけるかと思います。




「スーパーヒーローを問う」

以下、新九郎君の職場で交わされた
あるアメリカ人達の青筋立てた議論です。
登場人物は、
BOSS(職場の長)
部下A
部下B
部下C
女性部下

ト、なります。
皆、アメリカ人で、立派な大人たちです。


BOSS 
「スパーマンこそが真のスーパーヒーローだ。
これはアメリカ国民であれば当然の常識として認識している事実だ。」

部下A
「バットマンは勝つための工夫をしますが、
スーパーマンはただ力押しで勝つだけです。
面白味がありません。」

BOSS
「面白い必要があるのかね?
彼はやるべき事をやっているだけで、
キミを楽しませる必要はないのだ。
彼の任務はエンターテイメントではないのだよ?」

部下A
「いや、そのエンターテイメントこそ、彼が生み出された理由でしょう?」

BOSS
「よく聞きたまえ。
スーパーマンは其の名が示す通り「スーパー」ヒーローなのだ。
一方、バットマンは単なるヒーローだ。そこに大きな差がある。
更に云うならば、スーパーマンは現実的だが
バットマンはてんで空想漫画の主人公ではないか。
スーパーヒーローとは呼べないな。
せいぜいSFヒーローだ。」

部下A
「スーパーマンは異星人なのだから、名前を変えるべきです。
スーパーエイリアンとすべきでしょう。」

BOSS
「彼はスーパーヒューマンなのだからスーパーマンで問題ない。
論点のすり替えはやめたまえ。
私たちは、活動の内容を議論しているのだ。」

部下A
「いや、彼はヒューマンではありません、エイリアンです!
これは事実ですよ!」

BOSS
「スーパーマンが地球生まれでないから人間でないと云うわけか。。
では、キミは、
アメリカ生まれでない人間を
ヒューマンでないと定義するわけだな?
それは人種差別主義者の考えだ。恥を知りたまえ!!」

部下A
「スーパーマンは弾丸より速く飛んで
ビルから落下中の人を救ったりしますが、
その速度でビルから落ちている人と接触すれば
つまりそれは
高速移動中の物体同士が衝突しているわけですから、
双方ただではすまないのではないのですか?
映画の映像は捏造に違いありません。」

BOSS
「彼は”スーパーマン”なのだ、そこが重要だ。
彼がスーパーである事を忘れてはならない。」

部下B
「みんな、忘れていませんか?
スパイダーマンこそが真のスーパーヒーローですよ。」

BOSS
「何を以てして彼を”スーパー”と呼ぶのだ?
あれは気味の悪いクリーチャーだ。」

(議論が続く)

部下C
「キャプテンアメリカはあまり好きではないなぁ。」

BOSS及び、その場の全員
「正気か?彼はキャプテン『アメリカ』だぞ?
おまえは愛国者ではない!!」

(一同に動揺が走る)

BOSS及び、全員
「おまえさてはテロリストじゃないのか? 
こいつは共産主義者に違いない!!」


ここで女性が登場。


BOSS
「キミが最も好きなスーパーヒーローは誰だね?」

女性部下
「スーパーマンね。
なんたって彼はボディが最高にセクシーだわ!」

BOSS
「うむ、キミはよくわかっている。
女性に人気なのも、スーパーヒーローの条件なのだ。」

女性部下
「バットマンはお金持ちなのが魅力だけど…
顔が見えないから不安だわ。
マスクを取った顔が醜かったら、と思うと。」

BOSS
「ではあのクリーチャー(スパイダーマン)など論外だな。」



…などト、この様な議論が延々続いたのだそうです。

バットマンファンの人がバットマンを賛美すれば、
スーパーマン信者のBOSSが
「バットマンはリッチマンであるにも関わらず
女遊びを一切しない。この点は尊敬しよう。
しかしだ!
何故、彼は女性を侍らせずに
ロビンなどという少年をパートナーにしているのか?
あれはバットマンがゲイである証拠ではないのか?
キミたち!
ゲイをスーパーヒーローと呼んでいいものだろうか?
やはり、スーパーヒーローの名が相応しいのは
その名の通り、スーパーマンだけではないのか?」
ト、口角泡を飛ばして問いかけるなど、
議論は白熱してやまなかったという事でした。

こんな熱い議論を日常的に楽しめる新九郎君を
少々羨ましく思います。 (少しですが)






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

新九郎譚 「既にやっておいた」


さて今回は、
我らが新九郎君が
いたく感動したというお話をいたしましょう。

新九郎君は先だって、
幸運にも昇格のチャンスをいただきました。
この機会、逃してなるものか、ト、
軽く書類選考をパスし
勢い込んで2次試験の面接への運びとなったわけですが、
若い新九郎君はどうにも落ち着きませんでした。
高官達が待つ面接室を前に、
新九郎君の鼓動は破裂せんばかりです。

すわ、ここぞ! などと、腹をくくる事も能わず、
ウロウロおろおろ歩き回っているうちに、
(指揮系統は違うのですが)
ある上役にあたるアメリカ人に
ばったりと出くわしてしまいました。

緊張のあまり、
既にすっかり狼狽して
舞い上がっていた新九郎君は、
まるで筋違いの一言を
声を裏返して発してしまいます。

「す、す、推薦状を書いてくれませんか?」

面接の寸前でのそんな要請に意味があるわけもなく、
又、そんな話をいちいち引き受けていたら大変なのですから
承知してもらえるハズもありません。
しまった!と思った時にはもう遅く、
上役の方はいつもの強面で
モルモットの様に縮こまった新九郎君を
じっと見下ろしています。

新九郎君はアタフタおどおどと
冷や汗に額を濡らしていましたが、
この方、突然ニヤリと笑って曰く、

I already did.
(既にやっておいた)


転瞬、
新九郎君の胸が爽やかな感動で満たされた事は
云うまでもありませんが、彼は決して浮かれませんでした。
同時に生じた新しい目標に
彼の背筋はきちんと正されたからです。
目指すべきはこういう人格である、と。






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

(因みに新九郎君、見事に昇進を果たしました。)

新九郎譚 「落とし物」


これまでこのブログでは、
新九郎という名の若者の話を何度かしてきました。
○○新九郎君は、作者がよく知る実在の人物で、
珍しい話をよく提供してくれますので
これをシリーズ化して記録してゆくことにします。

さて、今回のお話はある落とし物に関するものです。
新九郎君は役人でありますので
落とし物係も経験したことがあるそうで、
今回はその時の
ある印象深いエピソードを紹介しましょう。



落とし物

ある時、人の集まる大きなイベントがあり、
我らが新九郎君は臨時で落とし物係に配属されました。
届けられた拾得物には
凡て書類が作成されて記録が行われ、
保管までには複雑な手続きが求められます。

新九郎君は普段は非常に真面目なのですが
若干合理主義者的で冷酷な部分があり、
財布などの重要なアイテムに対しては
書類作成をはじめとした複雑な手続きも当然と考え
事務的に淡々とこなせたのですけども、
明らかに価値のないと思われる物については
この手続きを無駄に感じた、ト、告白してくれました。
そればかりか、忙しい勤務でしたので、
多少なりともの苛立ちも感じていたそうです。
次にお話します、ある写真についても同様でした。
(役人風情がけしからん、ト御腹立ちでしょうけども、
どうか最後までお読みください。)


それは猫の写真でした。
発見者が道で拾ったというその写真は、
一見して手作りとわかる粗末なケースに入っていて
ゆわえられた鎖もなんだか安っぽく見えました。
ケースを形作るテープの端は黒く変色して薄汚く、
正直なところ何の価値もないゴミのように
新九郎君の目には映ったそうです。
然し手続き上、新九郎君は何枚かの書類を作成せざるをえず、
時間を費やして手続きを終えましたが、
無駄な手間だ、ト、そんな不満だけが胸に残ったとの事。
彼は良き友人ではありますが、
これは少々不届き千万と云わざるとえません。

それから数時間の後、
一人の老人が新九郎君の係を訪ねてきました。
老人はおどおどしながら、
申し訳なさそうにこう尋ねたそうです。
「猫の写真を探しているのですが…。」

それなら先ほど届きましたよ、と、
新九郎君は軽い気持ちで写真を取りだしました。
本当に何の特別な気持ちも感情もなく、
決まり仕事の一環として淡々と行っただけでした。
あんなものを探す人もあるのか、ト、
少々の驚きがあって、
何より手続きが無駄にならず、やれやれ、などと
考えただけだったそうですが…、
この何でもない手続きが、この後しばらく、
強く深く、新九郎君の心に残る事となります。

老人は写真を見るなり、それです!と叫び、
受け取った写真をしっかりと胸に抱いて
「ごめんな、みーちゃん、ごめんな!」と、
涙を流して膝から崩れ落ちました。
「ごめんな、本当にごめんな!もう離さないからな!」
あまりの展開に、新九郎君は一瞬あっけにとられましたが、

人目も気にせず号泣する老人の
丸まった小さな背中を見下ろしながら、
新九郎君は凡てを悟って硬直しました。

粗末と思えた写真入れのケースは、
不器用な老人が
大切な写真の保存と携帯の為に
懸命に作成したものであり、
汚れたテープは老人が何度となく
写真を撫でた悲しみの痕跡だったのです。

猫が既にこの世にいない事も明白であり、
そしてこの猫が老人にとっての
大切な家族だった事も
この状況が雄弁に物語っていました。

この厳粛に際し、新九郎君は、
己の軽率さと馬鹿さ加減を心の底から恥じて、
老人の涙が辛かったのだ、ト、
独り言のように険しい表情で語ってくれました。

新九郎君がこの係に配属されたことには、
きっと意味があったのだと思います。
彼のことですから、きっと無駄にはしないでしょう。
それは、
この初冬の高い青空の如くに明らかです。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

写真


掌編小説 写真

私はある地方の小さな村役場に務める
しがない小役人です。
中年から初老にさしかかる手前にありながら、
さしたる地位にもなく、出世の見込みなどは寸毫もなく、
溌剌とした若い職員たちを横目に見ながら
事務所の日影で小さく地味に
淡々と雑用をこなす毎日です。

ある時、
この村に大物政治家が訪れることになりました。
なんでも、遊説の途中で急きょ訪問が決まったという話です。
どんな田舎にも目を向ける
殊勝ぶった姿勢を示すのが狙いだろうか、などと、
捻くれ根性で眺めていますが、
どうせ私には何の関係もない
遠い世界の出来事です。

しかし、役場に勤める以上、
知らん顔しているにもいかず、
演説会の準備に駆りだされて
それはもうてんてこ舞いのおお忙しとなりました。
ト云いましても
私の担当は、いつもの雑用で、
単なるマイクの配線係でしかないのですが、
そんな小さな歯車だって
演説会当日は大変に緊張いたしました。

田舎の事です。
この演説会は地方新聞で大々的に取り上げられ、
写真付きで掲載されました。
そして何の偶然か、
その立派な写真、熱弁する政治家の後方に、
配線係の私が微かに写ってしまったのです。

背景の一部にひっそりと写っている、
配線の確認にしゃがみこむ、みすぼらしい姿。
床に膝をつき、よれよれの背広にボサボサの頭、
斜めにズレたロイド眼鏡が
その姿をより侘しくみせています。

そんな野暮な写真に何の感慨も湧くはずはなく、
立派な桜の傍らにうっかり咲いてしまった
ドクダミの花のような心境となり、
それはもう、画面汚しよ、と皆に嘲笑されながら、
軽蔑と嘲りを一層強く背に感じる毎日に
益々、肩身が狭くなる思いでした。

年老いた故郷の母から手紙が届いたのはそんな時でした。
親切なご近所の紹介でその写真を目にした母は、
私が偉い政治家の写真に映っている事に驚き、
感激し、涙を流しながら記事を切り抜いて
用意した立派な額に入れて床の間に飾ったト云うのです。

父はその様子を眺めながら、
やはりオレの子よ、などと、
何度も何度も頷きながら
秘蔵の日本酒をあけたという、
なんだか悲しくなるようなくすぐったくなるような、
そんな故郷からの便りでした。

大はしゃぎに私の話をする母と、
上機嫌に目を細めている父。
偶然に私の姿が写っただけの写真に
そんな風に興奮している両親が、
私はなんだかもう、とてもいじらしくなり、
そしてとても有難い気持ちになったのでした。




29MAR16 MEKUJIRI Rvr 036a






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

不動堂の甲斐犬


掌編小説 不動堂の甲斐犬

新九郎は今、不動明王と対面している。
静かに手を合わせる新九郎は、
三年前に亡くなった幼い我が子の事を思っている。
死は現実であり、
この世の理であり、自然の掟である。
それはわかった。
しかしこの寂寥感をどうする。
現実を理解出来ても、
新九郎がこうして此処に一人なのは変わらないのだ。
新九郎は苦悩し、お不動さまを見上げた。

お不動さまの爛々と輝く目は新九郎をじっと見下ろしている。
悪を挫き弱気を助けるという
その筋骨隆々とした力強い体躯に炎をまとい、
その存在感は薄暗い堂の中に在っても
空気を揺るがすような凄まじい波動を放っており、
そして同時に鏡の水面のように静かだ。

新九郎は、何か問いたいと思っているが、
何を問うべきかがわからない。
胸の内を語りたいとも思うが、
語りたい気持ちがはっきりとしない。
漠然とした何か、やりきれない感情のみに支配されて、
新九郎は凝っと黙って突っ立っているのみだ。
ただ、悲しく、苦しい。

いつからだろう。
ひっそりとしたお堂の中に、
黒い甲斐犬が迷いこんでおり、
暗闇からじっと新九郎を見つめている。

ご住職が捨て犬を拾ってきたと聞いていたが、
この犬がそうだろうか。
新九郎はさして気にとめず、
相変わらずお不動さまを見つめていたが
そのうちこの犬が新九郎の足元に寄って来て
寄り添うようにピタリと座った。

甲斐犬は気性が荒いと聞いていたが、
この犬は蓬の葉のように静かな気配だ。
犬は、後ろ足で首を掻いたりしていたが、
そのうち伏せをして
前足をちょこんと新九郎の足の甲に乗せた。

犬を見下ろした新九郎の背に電撃が走った。
あっと驚き我が目を疑った。
見上げる犬の両目、その視線が、
失った息子の眼差しそのものだったからだ。
息子の名を呼び、
お前なのか、ト問いかけた新九郎に、
犬は、黙って小首をかしげた。

一人だった新九郎は、この時、確かに二人だった。
あの日々が蘇った。
暫く、夢を漂うように茫然としていたが、
気配を感じてお不動さまに視線を戻すと、
その厳しい表情の口元が
微かにニヤリと笑ったように見えた。
「見かねて会いにつかわせて下さったのか……!」
新九郎は、その大きな慈悲の心に
全身を震わせた。

やがて、犬は、何事もなかったように堂の奥へと消えて行った。
お不動さまは相変わらず超然とされており、
堂は静寂に包まれている。
風に吹かれる枯葉の音が、
辺りの静けさを一層引き立てていたその日、
新九郎は神仏の計らいによって
死別した息子と一時の再会を果たした。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。




声息来タル


掌編小説 声息来タル


私、新九郎には異国で過ごした時期が御座います。

加州、羅府国際空港から入国して広い広いその大陸に立った時、
溢れる異人さんたちと聞きなれない言葉に包まれて、
雑踏の中に在りながらも
私は古井戸の底にいるような孤独を感じました。
元来、気が弱い私は、
この時すでに挫けそうになっておりました。

然し、私には当てがありましたので
その事が強い支えでした。
ある遠い縁故からの紹介で、
異国の家庭にお世話になることが決まっていたのです。
事前に交わした書簡から
優しそうな印象があったので、
これは大変に心強い命綱でした。

はたして彼らは、
世界の東端、彼らから見れば殆ど未知の国から来た
言葉すら覚束ない貧乏書生のこの私を、
温かく迎えてくれました。
当時の私は相当な捻くれ者で、
尚且つ僻みがちな目の吊り上がった無作法者でしたが、
そんな私に理解を示し、受け止め、
真摯に接してくれたのです。
そこは、厳粛なクリスチャンの家庭でした。

お父様もお母さまも、他人であるはずの私を、
それはそれは可愛がってくれました。
私はその献身的、利他的、
先ずは他人を思いやるその考え方や行動に
深い衝撃を受けました。
思えば、蓬のようだった私が
麻のように真っ直ぐな姿勢を目指し始めたのも、
この頃が起点だったように感じます。
もう、遠い遠いセピア色の記憶です。



20年の月日が経った後、
お父様が他界されました。

それから15年が過ぎた今、
お母さまの危篤を知らせる電子メールがありました。
あんなにお元気だったお母さまの生きる力も
ついに弱々しい蝋燭の炎の様相となり、
自発呼吸もままならず、
集中治療室で沢山の管に繋がれて、
見る者の胸を締め付けるような
それはもう痛々しい姿になられているとの事でした。

「新九郎にはお祈り申し上げる事しか出来ません。」
私はこの日本の地で、
お母さまの無事と早期の回復を祈るばかりでした。
セコイアの大木のように力強かった方が、
一本の藁のようになってしまったお姿が想像できず、
動揺し、もうただただ、オロオロとそこらじゅうを歩き回り、
遂には自転車で飛び出して
真っ直ぐに川沿いを南下して太平洋を目指し、
少しでもお側にと、それはもう懸命な思いでした。

茫然と煙がかって狼狽えた頭のまま
必死にペダルを漕いでおりましたその時です。
突然、なんのきっかえもなく意識が透明になり、
瞬時に心が緊張しました。
驚き、自転車を降りたその瞬間、

ゴォ……!

ものすごい突風が湧き起こり、
目の前の藪から人の背丈ほどもある茶色の塊が
大空に舞い上がったのです。

あまりの事に私は肝を潰し、
ひぃ、などと声をあげて
尻もちをつかんばかりに飛び退き見上げたその先を、

物体は回転しながら軽快に上昇を続け、
やがて大きく膨らみながら
無数の小さな枯れ葉に分裂してゆきました。

螺旋を描きながら
遥か上空に舞い上がってゆく枯れ葉の群れたち。

ゆっくりと拡散しながら大空を漂い、
キラキラと太陽の光を反射しながら、やがて、
それはそれは美しい無数の星へと変貌していったのです。

冬の、深い快晴の青に、
生まれて初めて
私は星空を見ました。



それから、
枯れ葉たちは悠々と空を舞い続け、
最後は粉々に拡散して姿を消してしまいました。
冬の真昼に現出した星空の奇跡を見送りながら
私は暫くその場に立ち尽くしていましたが、
携帯電話に一通のメールが入ったのは
それから少ししての事でした。



あの不思議な星空は、
自然界に帰ってゆくお母さまのお姿そのものだったに
相違御座いません。
私を案じて最後にその様を見せて下さったのです。

命は自然に帰る。
私はその過程をこの目にしました。
今でも本当にそう思っています。







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

紅玉と世忠


紅玉と世忠は
長年を共に過ごした夫婦である。

06AUG15 CHIGASAKI 00401



紅玉の傍らには常に世忠が在り、
世忠の傍らには常に紅玉が在った。

海も空も太陽も
皆が彼らを祝福し、
二羽がつがいである事は永遠と思われた。

然し、世の理は誰にでも平等に訪れる。

かつて、勇ましく大空を駆けた美貌の鳥にも、
その羽を休める時がきたのだ。
紅玉は静かに目を閉じ、
世忠は一声だけ、鋭く鳴いた。

06AUG15 CHIGASAKI 002c




世忠は一羽となった。
苦しみの中で彼は、
その翼で凡てを振り切ろうと
高く高く、必死に羽ばたいた。

03AUG15 CHIGASAKI 1422b



世忠は、7日の間休みなく飛び続けて、
そして遂に力尽きた。

06AUG15 CHIGASAKI 118


落下してゆく中、
薄れゆく意識の内で彼は考えた。


そうか。 運命とは神の創りしものだ。
私たちはその運命の中で生きてゆくしかないのだ。

私の愛した紅玉。
紅玉という幸福も神から授かった運命であれば、
損失という試練も、又、神から賜りし運命だ。

幸福を享受したのであれば、
この試練も甘んじて受けねばならない。

神は与え、神は奪う。

それがこの世界の理ではないか。



定めを受け入れた世忠の翼に、力がもどった。







世忠は、元の浜に戻った。
そして、死ぬまでこの場所を離れまいと誓った。
紅玉のいたこの浜を
彼は心から愛しているのだ。

世忠は静かに佇み
神は変わらず天にしろしめす。



06AUG15 CHIGASAKI 01203









いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

今回は、旧約聖書にみられるヨブ記を踏まえて創作しています。


林太郎とエリス


夏のある午後、
つがいの鳶が並んで海を眺めている。

移り変わる四季を海の様相に感じながら
林太郎とエリスの時間は静かに進み、

幾年の年月を経て、遂にその時が来た。


「僕はもう行かなければなりません。」




06AUG15 CHIGASAKI 00401


06AUG15 CHIGASAKI 00602


06AUG15 CHIGASAKI 002c




エリスは今、一羽だ。
いつもそこに居た林太郎は
最早旅立ってしまった。

世界の理は、
何者にも平等であるのだ。

06AUG15 CHIGASAKI 01203




然しエリスには、
その現実を受け止める事は能わなかった。

エリスは林太郎の姿を探し

何処までも、何処までも、
大空をぐんぐんと昇っていった。


06AUG15 CHIGASAKI 0621a


03AUG15 CHIGASAKI 1422b




幻だったのだろうか。
その時、疲労で朦朧としたエリスの目に、
太陽を目指して飛ぶ林太郎の姿が映った。

エリスはもう目にいっぱいの涙をためながら、
無我夢中で林太郎を追って飛んだ。

「林太郎さん! 私を置いて行かないで下さい!」






追いかけても、追いかけても、
エリスは決して林太郎には追いつけなかった。

この現世に於いては、
先に旅立った者に追いつく法などありはしないのだ。

それでもエリスは飛び続けた。






やがて、エリスの身体は、

03AUG15 CHIGASAKI 257aa



強烈な太陽風に粉々にされて、

03AUG15 CHIGASAKI 258bb



光の粒子となって大気に散乱した。

03AUG15 CHIGASAKI 252cc










エリスの身体は自然へ還った。


だが、
魂は林太郎のそれと共に在り、
今でも一緒に海を見ている。



よううやく手に入れた永遠の安息を楽しむかのように・・・


















いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

少女とワンコ (AUG15)


以下、2012年6月に書いた掌編です。
登場人物のふたりはとても幸せです。
肉体が滅んだ後も、
こうして一緒にいられるのですから。









HANASORA Stories

少女とワンコ




むかし

丹沢の山の中に
少女とワンコが暮らしていました


二人は
本当の姉弟のように仲良しで

いつも一緒に
空をみていました




ずっと一緒にいよう

うん、僕、決して離れはしない









C29MAY12 237statue






















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