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新九郎、真っ赤な薔薇にしどろもどろする


(前回までのあらすじ)
お世話になった方の退職に際し、
花束を贈ろうと画策した我らが新九郎君。
花屋さんが満面の笑顔で渡してくれた
その一束は。…


花束作成には時間を要するので
その間に昼食をすませてきた新九郎君。
驚きの花束と対面します。
なんと、男性にあげるのだと先に云っておいたのに、
出来上がったものは見事なほどに真っ赤で
燃えあがるような薔薇の花束。
いくら無粋な新九郎君でも、
赤い薔薇に
情熱的な愛だか何だかの意味があることくらいは知っています。
一大事です。

うっと後ずさりするその姿を敏感に捉え、
花屋さんが猛烈に畳みかけます。

「いいのよ、この花は~!
サムライっていう名前の品種なんだけどね、
ほら!見て、ここ!
咲き方が素敵でしょう~!
男の人が相手でも、いいのよ、
名前がサムライなんだから!
サムライよ、サムライ!
良かったわね~!」

新九郎君によるこの再現は
少々大げさという疑いを拭いきれませんが、
まぁ、こんなカンジで相手が男の人でも大丈夫、と、
複数回にわたって説明してくれたのだとか。
その根拠が、名前がサムライ、しかないのですが、
何しろ専門家が云うことですから間違いないはずです。
しかし新九郎君が
心から納得したわけではないのがわかります。

ともあれ、とにかく昼休みという時間制限もあるので
新九郎君は一路、Tさんの職場へ向かいました。
コンコン、とノックして挨拶をし、
はいと手渡す情熱的な赤い薔薇、サムライ。…

勿論、Tさんのリアクションは先ずビックリした様子で、
あれっ!?という表情に、
「こ、これ、新九郎君が買ってくれたんですか?」
と、微かに笑っているような困っているような
複雑な表情が先ず浮かび、それからすぐにハッとして
「いやありがとう! 綺麗ですね!ありがとう!」
礼を失しないように取り繕ってはくれたそうですが、
やはり若干の怪しい緊張が見られたとのこと。

新九郎君もなんだかもう、
必死に花屋さんの説明を再現して
「なにしろ名前がサムライですから大丈夫です!」
と、汗をかきかき釈明しますが、
どうにも困ってしまったとのことでした。

…と、まぁ、
こんな事は別れの一場面に於いては
些細なことでしかないので、
これ以外は思い出話で盛り上がったりと
気持ちの良い別れになったそうですが、
何しろおっちょこちょいな新九郎君らしい
愉快なエピソードでしたので紹介してみたという次第です。

今日も彼は私の生活にスパイスを添えてくれます。




読んでくださった方、ありがとうございます。
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新九郎、知り合いの退職に際し花束を贈ろうと画策する


先日のこと。
新九郎君の知り合いの方が退職されたのだそうです。
どういった理由だか、転職先はどこなのか、
込み入った話は一切なしで、
お別れの際はただただ、
これまでの感謝の気持ちを伝えた、とのことで、
如何にも新九郎君らしいシンプルで熱い表現に
私はやっぱり頬を緩めてしまったのです。

さてこの方、仮にTさんとしましょう、
Tさんは新九郎君とは部署は違うのだけど、
何かあると必ず連携する関係なので
多くの専門知識を教えてくれた、とのことでした。
仕事内容の深化に只ならぬ貢献をくださった
所謂恩人といってもよいほどの方だそうで
新九郎君の語り口調から、
Tさんは、尋常でない御仁であったことがわかります。

そのTさんの退職です。
新九郎君は何とかこの感謝の気持ちを形で表したい、
などと、衝動にかられたいつも通りの行動様式で、
気が付いたら自転車を飛ばして
花屋さんへ急行していたとのことでした。
この辺りの鉄砲玉的な行動が実に新九郎君らしいのですが、
なんと今回は、
途中で止まって、退職に花束は適切であるか、などと
スマホで調べたとのことで、
この冷静な判断は私を大いに驚かせたのでした。

(今までなら、良かれと思ってしでかした何かが
周囲の失笑を買ってしまって、
そこではじめて調査を行って後に
漸く赤面してカッカする、というのが新九郎君ですから。…)

心の声が少しだけ漏れたかも知れませんが、
話を進めましょう。

こうして花屋さんに到着した新九郎君。
これこれこういう訳で、と、
事の背景を説明して花束を注文しました。
完成まで20分程度を要するとのことでしたので
その間に昼食を取り、
戻ってきた新九郎君が目にしたものは。…

ちょっと長くなってしまったので次回に続きます。




読んでくださった方、ありがとうございます。

新九郎譚 「ストレスはプロセス」


新九郎君の話が続きます。

彼のオフィスの米人たちが
如何に明るくポジティブに生きているかを
お話ししました。
そんな中にあっても、
どうしても重大で難しい仕事を任せられた者は
Easy day!ではすまなくなる場合もあるそうです。

若きTさんが正にそれで、
ある極めて厳粛なイベントを取り仕切ることになった時、
経験の薄さから準備には大いに苦労することとなり、
不安とプレッシャーで
眉間に縦皺の消えない日が続いたのだそうです。

そんな時、あるベテランが発したこの短い一言が、
彼の余計な緊張をほぐします。
「ストレスはプロセス。」

そうです。
何かを成し遂げようとしたら
必ずストレスはついて回るものなのです。
その事実を落ち着いて
改めて認識することにより、
ストレスを受け入れることが
(ある程度は)出来るようになるわけです。
米人たちが陽気なのは、
陽気でいる自分を保つ術を知っているからなのでしょう。

若くしてある一定の立場を持ったために
苦労も多いTさんですが、
こうした所謂、強制レベルアップを繰り返すことにより
これからどんどん成長してゆくはずです。
新九郎君のオフィスは
いつも物語に溢れています。



読んでくださった方、ありがとうございます。

新九郎譚 「Easy Day!」


愉快なネタを提供し続けてくれる
私の素晴らしき友人、
新九郎君から聞いたお話をしましょう。

彼が語る日常のエピソードは、
私の人生のちょっとしたスパイスのようなもので、
自分のなかだけに留めておくのは
実に惜しいので、こうして記録している訳です。

さて、新九郎君は前にもお話しましたが、
米人だけのオフィスに唯一の日本人です。
日本人にない発想を多々学ぶことがあるそうですが、
なかでも彼らの底抜けなポジティブさには
毎度ながら感心させられるとのこと。

以前にもお話しましたが、
大規模な査察に際して部署が窮地に陥った際、
火事に燃える家の中で「This is fine.」と呟くイラストを
グループチャットに掲載して皆で大笑いするなど、
大丈夫か、と問いたくなるほどの
明るさなのだとか。・・・
日本人なら、顔面蒼白、胃に穴を開けて
血を吐きながらの地獄のノイローゼ勤務になるところが、
米人は笑い飛ばして、さぁ、と仕切り直すのです。

私は、真面目で実直な日本人を美しいと考えますが、
その先に思い詰めての不幸な結果が生ずることもあるのならば、
米人のような大らかな心も、ある程度は必要と考えます。
それは生まれついての気性だとか
お国柄などという単純な話ではないようです。
実は私たちにも真似出来る、
考え方ひとつで自分をコントロールする
ある種の技術のように思います。

例えば新九郎君の部署の皆さんが
いつも口にしているというこの言葉、Easy Day!がその最たる例でしょう。
(Easy Day:簡単な一日、転じて、楽勝、トいった意味合いです)

新九郎君は物事を無駄に複雑に考えます。
必要以上に悲観的に考えて、
簡単な話を勝手に困難にしてしまうので、
要するに意味もなく苦しむのが日常になっている様子なのですが、
その光景に慣れている米人にいつもこう云われるそうです。

「シンクロウ、その件はコレコレこうだから、こうすれば解決だろう?
ほらね、Easy Day!」

チームで難しい取り組みをする前は必ず、
「これは、こういう段取りでこうアプローチし、こうすればOKだ!
Easy Day!」

「あ~、それならこれでいいだろう。
もう片付いた、Easy Day!」

「Easy Day! Easy Day!」

何かの説明の最後に必ず発せられるこのフレーズ。
新九郎君曰く、
目の前の困難に対して
肩肘張って無駄に身構えていたものが
一気に軟化してゆく魔法の言葉、なのだとか。

米人たちは、こういったちょっとしたコツをもって、
自分たちをリラックスさせてポジティブを保っているようです。
悶々とした負のスパイラル思考に陥らないように、
要所々々で歯止めをかけているのでしょう。
笑い飛ばして、Easy Day!

なるほど。
緊張を和らげるトリガーとなる言葉を
日常から使っていれば、
ある種の儀式のようなものでしょうから
いざという時に上手く機能するかも知れません。





読んでくださった方、ありがとうございます。











新九郎譚 「思い出は温めるもの」


ここまで映画「ひまわり」の話をしてきました。
美しい記憶を再体験しようと
うっかり本物の映画を観てしまったものだから、
長年に渡って作り上げたイメージを
壊すことになってしまった、という、
少々情けない話ではありましたが、
時として虚実を虚実のままで信じきることは
幸せなのかも知れません。
大概、真実なんて知らないほうが
幸せなものなのですから。

ト、こんな話を
私の良き友人、新九郎君にしてみましたところ、
彼も似たような話を最近聞いた、とのことでした。
なんでも、彼の同僚である米人から聞いた話だそうですが、
ことは所謂SNS、〇ェイス〇ックなるものに関することだそうで、
うっかり過去を探求してしまったばかりに生じた
ある悲劇(?)のお話でした。

新九郎くんの友人、仮にKとしましょう。
ある時、KはこのSNSを使って
遠い昔の恋人を探すことを思いつきました。
米人というのは、たとえ名前が変わっても
このSNSには旧姓を記載している方が多いと聞きます。
検索にかかりやすいようにするのでしょうが、
これは歩いてきた遠い道のりに
花びらを落としてくるようなものなので、
探したいと思う人があれば
簡単に見つけることが出来るのだそうです。

とにかく、Kは容易に目標となる人物を発見したそうです。
Kは10年以上に渡ってその人物を思い続け、
結婚して子供が出来ても忘れることが出来ず、
その美しい姿は年月を重ねるごとに
いよいよ神格化されて
もうどうにもならないくらいに
確固たる存在となっていったとのことでしたので
発見の際の彼の狂喜は尋常でなかったでしょう。
その存在自体は確かに「過去」なのですが、
彼女を思う気持ちは「現在」なのです。

さて、元来過去とは、静かに佇むだけのシロクロの存在です。
それが今、SNSというツールを以て彩色され、
現実として動き出すのです。
諦めていた過去と夢でしかなかった現在に
不自然な接点が生じた訳ですが、
時間の摂理に逆らうこの行為が
果たしてKを幸福にしたのでしょうか?
新九郎君に聞いてみましょう。

曰く、Kは年月の残酷を知った、とのことでした。

呆れた話ですが、要は、
Kは、勝手に理想の人物像を作り上げて、
勝手に探して勝手にがっかりしたということです。
Kにとって、思い出は追及すべきものではなく
温めておくべきものだったのです。

SNSを貶めるつもりはないので一応記しますが、
今回のお話は悪い一例で、
多くの利用者は新九郎君のように古い友人を見つけて
旧交を温めるという良い使い方をしているようです。
まぁ、手段とは常に使いようだし、使う人次第ということです。





読んでくださった方、ありがとうございます。

新九郎譚 「You are my son」


さて、我らが新九郎君は
いつも悪い事ばかりしている訳ではありません。

常識がないとか無鉄砲とか、
まるで伊予松山あたりに赴任した
例の教師のように云われていますけども、
いいところだってあるんです。

あれでなかなか義侠心があって
たまにそれを発揮することもあり、
人助けに首を突っ込む事だってあるくらいです。
勿論、常に全力、猪突猛進なので
良かれと思って行ったことが
どう結果に結びつくかは
神のみぞ知るといったところですが、
手抜きというものがないだけに
その行動には人の心に訴える力があると、
私はそう信じています。

今日は、
新九郎君のこんな話をしましょう。

先日、
新九郎君の10年来の親友(米人)が離婚の危機を迎え、
相手方(日本人女性)のご家族と
話し合いをすることになりました。
話をしっかり理解したいというご家族の希望があり、
第三者の通訳が必要ということで、
新九郎君に白羽の矢が立った訳ですが、
よく知った仲の、それも特別に気の合う友人の
離婚ということで…

いつもエネルギッシュな新九郎君が
なんだかボンヤリとしていたのを
私はよく覚えています。

こういった話し合いに於いては、
中に立つ者は双方の感情を
まともに受ける訳ですから、
その心的負担というのは想像以上です。
私にも経験がありますけども、
美しい海を汚す流出した重油のように
感情のぶつかり合いは
精神を荒々しく汚染します。
深淵も又等しくこちらを見返すに近い理屈です。

しかも良く知った者の関係なのですから
その負担ははかり知れないでしょう。

さて、話し合いの内容については
決して明かされることはありませんでしたけども、
その後の新九郎君の様子から
決して呑気ではすまされないものと伺えました。

しかしその長い、数時間に及んだ話し合いの中で、
一瞬だけ、
破壊され、廃墟となった町の片隅に
ひっそりと咲いた一輪の花のような
美しい場面があった、と、
傷心の新九郎君が
以下の如くに語ってくれました。

話し合いもいよいよ終盤となった際のことです。
離婚という言葉が皆の心を支配し
最悪の結末を予感しつつ、押し黙る中、
日本人妻方のお母さまが一言、
こうおっしゃったのだそうです。

「これからも私達はあなたを息子だと思っています。
あなたは私たちの息子よ。」

新九郎君は役割から一瞬通訳しそうになりましたが、
然し咄嗟に思いとどまり、通訳しなかったそうです。
何故なら、
言葉は訳せても気持ちまでは訳せないからです。
ここでは明らかに、伝えようとしているのは心です。
「お母さま、それは直接彼に云ってあげて下さい。」

「あなたは私達の息子よ、わかる?
 You are my son. You are my son. 」

気持ちは確かに伝わったようでした。
この言葉に顔を紅潮させて涙を流す彼に、
新九郎君は、
嵐の後で漸く差した陽射しを見た気がしたそうです。

今回のお話はここまでです。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

新九郎譚 「 This is fine 」


我らが新九郎君は、
職場では米人のチームに入っています。
紅一点ならぬ日の丸一点という形ですが、
これがなかなか面白く
日常あちこちに愉快な刺激が転がっているそうです。

さて、そのチームメンバーのみが所属する
LINEなる通信手段のグループという架空集落に於ける
やり取りもなかなか痛快らしく、
先日こんなことがあったと聞かされました。

その日、新九郎君のチームは、
職場の上位者からこてんぱんにダメ出しされてしまい、
それはもう、世界の終焉の3秒前といった雰囲気で、
皆が落ち込む事態となったそうです。
そもそも、その叱責や嫌味な指摘が
到底的外れで納得できるものではないうえに、
他者の否定を前提としての理論の展開に
皆がぐうの音も出ない程に辟易とするなかで
事態の説明すら許されずといった、
兎にも角にも、ほとんど嫌がらせのイジメのような
検査という名目の精神拷問の後に、
「3時間後に解決策を報告せよ!」
という指令を以て一次解散、トなって
その後はもう、陰々惨々、
誰もが口を閉ざしての悲惨な雰囲気となり、
仲間たちの苦悶の表情に
さすがの新九郎君もずいぶんと心を痛めたとのことでした。

そうして運命の時を待つ間、
一体、皆はどんな気持ちだろうと
もじもじと情けなく身悶えすることしか出来ない
新九郎君でしたが、その時、
チームのLINEに一通の投稿(画像)がなされました。

以下、投稿について
新九郎君が私に語ってくれた内容を
かいつまんで記します、曰く・・・

「米人というのは
何時如何なる時をもってしても
明るさを忘れない、
絶体絶命のピンチのはずなのに
それを簡単に笑い飛ばしてしまう、トいった、
良い意味での不真面目さを備えている。

どうにもならない八方塞がりの窮地に於いて、
衝動的に死に繋がる結論をしてしまう日本人の
尊い気真面目さも私は愛するが、
何より先ずはジョークを選択する米人の
潔い前向きさも又、愛さずにはいられない。」


(↓その画像)
This is fine




なるほど。
まぁ、それほど深刻なものでもないとは思いますが、
新九郎君には強く感じ入る何かがあったようです。
(この辺りは、当事者と傍観者の違いなのでしょうけども)

然し私はこの米人の姿勢、
物事と真正面からぶつからずに適度にかわしながら対応する
こういった余裕溢れる精神姿勢に、
世を生きてゆくうえでのヒントがあるような気がしました。


いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

新九郎譚 「昼休み」


我らが新九郎君は若年の身でありながら
外国人と職場を共にし、
しかもなかなかの難しい立場にありますので
外から見ている私などは
大いに感心することがよくあるのですが、
そんな中で新九郎君がやっていけるのも
きっと素晴らしい仲間に恵まれているからに
違いありません。
さて、今日はそんなお話をしてみます。

ある時、新九郎君は
たいへんな人数の職員に対し
とあるテストを行うことになりました。
これは一人ひとり面談しながら行うもので、
手間もかかりますし
当然、気も使います。
2週間、きっちり缶詰になる見通しで、
こういった職務につきものの
その後にあるデータ入力まで考えると
ほとほと気が遠くなるような
膨大な作業量なわけです。
そしてこの割り当てが終わると、また、次の仕事。
人生はこの繰り返しです。

さて、テストとなりますが、
はじまってみるとこれが意外にも楽しく
歓談しながらの作業は順調に運び、
次々とリストは埋まってゆきます。
併し、外の廊下には
常に人が5~6人待機している状態で、
切れ目というか、小休止の暇もありません。
11時、12時、13時…
忙しくしているので時間は早く過ぎるのですが、
お昼の時間は刻々と背後に置き去られて
新九郎君の胃は空腹に
悶え苦しむ事となってしまいました。
しかも、人は後から後から
次々と押し寄せてくるばかりです。
新九郎君が腹をくくろうと、ぐっと歯を噛んだ
その時、

「お昼はとったのか?」
巨躯を折りたたむようにして
例の強面の上役が部屋に入ってきました。
「いいえ、まだですが人がたくさん待っていますので。」
精一杯に見栄をはって笑顔でこたえた新九郎君でしたが、
当然その上役には腹の底を見透かされることとなり、
うむ、と頷いたその上役、
お昼をとってこい、と一言云ったかと思うと、
「おまえたち、一時間後にもどってこい!」
と、廊下の人たちに大声をだしたのです。

「去れ!(Go away!)」
アクションが早いので
皆を追い散らしています。

これには、新九郎君、慌てたのなんの、
直ぐに席を立って皆を引き留めました。
「ちょっ、ちょ、ちょっと待って!!」

被験者の皆は、
非番の日に呼び出されて来ている事情です。
しかも、一人約15分強のテストですから
1時間以上も待っている人だっているわけです。
下っ端はほぼ物品扱いの特殊な職場とはいえ、
これではあんまりですので、
新九郎君は笑いをこらえながら
皆を呼び止め、
上役には感謝の気持ちを誠実に示しつつ、
何とか引き取ってもらい、
テストは続行することとなりました。
一瞬、真っ青になった皆の顔が安堵しています。

「必要なことがあったら直ぐに呼べ。」
ニヤっと笑い、颯爽と立ち去ってゆく上役の姿は
新九郎君には
いつもより一層大きく見えたそうですが、
他の人には恐怖の魔王にみえたことでしょう。

まぁ、なんであれ、
こうした人が在るおかげで、
今日も新九郎君は元気です。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


新九郎譚 「年末」


新九郎譚「年末」

日本で年末と云えば師走と名がつくほどに
忙しいものというのが常識ですが、
我らが新九郎君の職場はちょっと違っています。

新九郎君の部署は
彼以外は皆米人で、
彼らにとっての年末は所謂
<Holiday Season>
ということで…

せわしい日本人から見れば
狂気としか思えない、
ゆるやかなペースで毎日が進行するのだそうです。
それも、
11月終わりの感謝祭から1ケ月間も。

その日の朝も、
背中に炎をまとって励む新九郎君の横で、
米人たちはホットプレート3台と
トースターをフル稼働させて、
パンケーキやソーセージ、卵料理にマフィン、と、
ホリデーシーズン・ブレックファーストを
悠々と楽しんでいたそうです。

しかし、
新九郎君には年内に終わらせたい仕事が
それはもう山ほどもあり、
とてもそんなイベントを
楽しんでいる余裕などありません。
能天気な呼びかけをやんわりと断りつつ、
ただ仕事に集中するのみです。
新九郎君の耳には楽しい歓談は聞こえませんし、
美味しそうな料理の匂いも感じません。

さぁ、その目はいよいよ血走り、頬はこけ、
切羽詰まった典型的な
年末の日本人そのものといった勤労っぷりで
新九郎君はひたすらキーを叩いています。

ところがこんな時、
仕事というのは常に予定通りにはいきません。
しかも、焦れば焦るほど、
進捗は滞るばかりで
時間の割にほとんど進まない現実に
絶望したり、呆れたり、
時には妙におかしくなりながらも、
新九郎君が七転八倒、四苦八苦、
苦心惨憺、喘ぎ、もがきながら、
諦めよう、いやまだいける、なとど
自問自答の戦いを繰り返し、
涙と汗と血の成果を
延々とPCに刻み続けていたその時、

バチッ…!


劇的な音と共にブレーカーが落ち、
新九郎君のPCの画面は真っ黒に。

隣の会議室では、
米人たちが半焼けの料理を前にして
オー!ノー!などと頭を抱えていますが、
新九郎君は最早、もう何も云えずに一瞬放心し、
それから段々と無慈悲な現実を
認識しはじめて、
それでもとにかくブレーカーを戻そうと
あたふたと走り回りますが、
なんと問題はもっと深刻なことがわかり、
結局、修理を担当する部署に連絡して
支援を待つことになったのだそうです。

新九郎君によると、
もう笑うしかなくて大笑いしたとこことでしたが
その笑顔がどれだけ引きつっていたのか…

いやはや彼の人生は常にドラマチックです。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

新九郎譚 「講義」


さて、我らが新九郎君、先日大変に
気まずい思いをしたそうで、
これが当事者でない私からみれば
中々に愉快な内容でしたので、
今日はそのお話をしましょう。

新九郎君はその役柄、
大勢に講義を行うことがあります。
先日のこと、他部署からの要請で
職場でのパワハラ防止に係る講義を行ったそうですが、
新九郎君は少々スパルタなところがあり
しかも自分の極端な努力主義を
他人にも押し付ける傾向にありますので(迷惑!)
その新九郎君がパワハラ防止の講義を行ったなどと、
無関係な私としては、ちょっぴりクスっとしてしまいます。

講義のほうは、矢張りと云うか、
いくら力を込めて鐘を打っても
なんの音もしないような、
終始白けた雰囲気だったそうです。

「大声で人を叱ってはいけません。」
「机を叩きながらの指導はパワハラです。」

こういったことを延々30分、
口角泡を飛ばし、額に青筋を立てて、
血走った目で語る新九郎君を想像すると
滑稽で頬が緩んでしまいます。

併し、講義を受ける側としては切実、且つ、
あなたが云うんですか?といった
口に出す訳にはいかない複雑な心境をかかえ、
それでも黙って聞いていなければいけないのですから、
これはもう懲罰に近い30分だったはずです。

講義の最中は当然、皆が白けきっているのですから、
途中、さすがの新九郎君も少々心細くなってきて
「皆さん、お前が云うな、といった表情ですね!あっはっは!」
などと冗談を飛ばしたりもしたそうですが、
まるっきりの無反応、
静寂が会議室を支配するのみだったそうです。

呆然と空を見つめる者、よそよそしく視線を逸らす者、
苦虫を噛み潰したような表情の者、と様々な面々を前にし、
静寂に耐えられなくなった新九郎君が、
「はい、皆さん、ここは笑うところですよ!」
と、パンパンパンパンなどと手を打ちながら
部屋のなかを歩き回り、
漸く数人かがクスリと笑ってくれた、といった程度なのですから、
これは辛かったことでしょう。
照れ笑いというか、苦笑いというか、
自嘲気味に語る新九郎君は
可愛ゆくも見えました。

(いきすぎた)熱血の新九郎君も、
これで少しは変わるのでしょうか?

まぁ、変わらないでしょう。
「坊ちゃん」がそのまま現出したような人ですから。

(そこがまたいいのですが)






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

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