HSママです。
今日は特に用事もなく(車を修理中で遠出できないというのもあるがw)、
のんびりした平和な日曜日を過ごしています。

そら。
PCに向かっていると、傍にやって来てじっとオスワリして、こちらを見上げている。
時々前足を私の膝の上に乗せて
「かまってよ。」
朝、洗面所で出かける支度をしている時は、その横で
夜、お風呂に入っている時もドアの前で、
オスワリしてじーっとパパママを待っている。
用事を済ませると、
「待ってましたよぉ〜!」とばかりに擦り寄ってくる。
んもー!
愛おしすぎじゃないですかキミ!!そんな幸せが、当たり前のように日常に存在してくれている。
はなそらDayz!
「三峰山にシシ神様を見た!」マジで見た。
SORA「見たでしゅ!」
HANA「・・・・・・。」

HANA「HANAたち、日曜はお留守番だったぞな・・・」
SORA「はぅっ!!」 そういえば・・・
え〜
土曜日にHANA・SORAは
丹沢を大冒険してきましたので
日曜日はお休みさせたのです。
というワケで
この日曜日は
HSパパとママで
大山三峰山に
トレランに行って来たぞな〜!
しかしここで
はっきり言っておかねばならない。
この山、
トレランには不向き!そして、
ワンコ連れでの入山は
もうなんか完全に不可能!ではその証拠を
ご覧にいれときましょうぞなもし!
山の入り口に
いきなりこの最終通告!!(登山者の間ではけっこー有名なものらしいwww)
HANA「死亡フラグww ぷす〜www
」
SORA「ぽっくん、この登山が終わったら結婚するんでしゅ・・・」
これだけ過激な看板がたってるだけあって、
この山
けっこー鎖場とか多いんですが・・
どれだけ険しい山か
ちょっと見ていただきましょう。
SORA「戦慄するがいいでしゅ!」
↑スタートでいきなりコレww
ACT3「FREEEEEEEZE!」
↑写真ではわかりにくいのですが、実はほぼ垂直な難所
↑こんなのが修行とかしてます
↑両サイドが急勾配の崖、落ちたら一発天国エクスプレス(こういう場所ばっかww)
↑うっかり落ちたらアウト、KOEEEEE!
↑見栄張ってこんなコトしてますが、実はガクブル (((;゜Д゜)))
↑冗談はさておき、足場は悪いうえに崖が多いので走行には注意が必要ですえ〜、
なんか長くなっちゃったので
今回はここまでってことでww
HANA「おいおい、シシ神さまは?ww」あ、そっか!なんかいっつも
いきおいだけで書いてるからなぁ〜(>_<)では・・・
(そのご尊顔は写っていませんが)ここに映像を以って
シシ神さまが実在なさるという証拠をおみせしましょう!!驚愕の一枚、いきます!
ほらねっ!シシ神さまの胴体の部分、
確かに写ってます!!
SORA「これスゴイでしゅうぅぅ! リアルシシ神さま!
」やった!
ついにシシ神さまの存在を立証する
映像証拠をここに
捕らえたっ!!
HANA「白いお尻がとってもラブリーなシシ神さまだね

」
(心の目でみた)リアル・シシ神でした
前回の記事で
「輪廻」についてちょっとふれたので
今回もその辺りについて
すこしだけ語ってみたいと思いますぞな。
SORA「わかりやすくお願いするでしゅ!」まかせてください!

まず
仏教に
「業(カルマ)」という言葉があります。
これは本来
「行為」という意味ですが、
ここでは
「罪」とか・・
まぁ、
「悪い行い全般」
と思ってください。
「業」は、
それを行った自分が死んでも
消滅しません。その事実だけは
確実に残るものだと思ってください。
因果応報、悪因悪果、
自分のしたことは必ず自分にかえってくるの原則の如く・・
死んでも
必ず自分にかえってきます。
たとえば
「業病」という言葉があります。
これは、
前世で犯した悪業の報いでかかる(とされた)
難病のことを指します。
ハンセン病(ライ病)などが
これだと言われていました。
石田三成の親友(名前をド忘れした)が
この病気だったと言われていますが、
当時の人は
「前世で犯した罪の償い」として
その苦しみを
在るがままの苦しみを
罪滅ぼしとして潔く受け入れた・・・
という人も多かったようです。
(注: ハンセン病を引き合いに出したのは、
あくまで「過去にこういう解釈もあった」という事実を記したかっただけであり
その他には何の意図もありません。
この記事により
ハンセン病に対する誤解が生じることだけは絶対に避けたいので書きますが・・
過去に於いてはハンセン病は
業病という汚名をきせられていたかも知れません。
しかし現代では
「宗教的」にも「科学的」にも
そのことが誤りであったことが判明しています。
宗教的、思想的、生物学的、病理学的・・
全ての分野に於いて
「ハンセン病」と「業」は全く関係ありません、
これは一遍の誤解も生じないよう強調しておきます。)ちなみにこの「在るがままを受け入れる」という考え方は
「禅」の思想です。
「ジタバタしても仕方ない
全て仏様におまかせする」
となると、
親鸞さまの浄土真宗です。
どちらも、
今の
「自分で自分を追い込んでしまう現代人」には
救済として必要な思想かもしれませんが
まぁ、それはおいといて・・・
「業」については
仏教とは全く関係ないのですが
何とかっていう古い映画を
引き合いにだすと
なんか妙に科学的な納得ができると思いますので
今回はこれを紹介してみます。。
では本題。
>では本題
SORA「えっ!?」
HANA「相変わらず前置き長すぎ、ぷす〜www」
タイトルは完全に思い出せないのですが
この何とかって映画、
主人公の何とかって男は
自分の妻に子供が出来たのを知り
産まれてくる子のために
金を作ろうとして、
強盗をはたらきます。
HANA「普通に働けww」
SORA「強盗という発想がもうアウトでしゅ・・・」
で、
普通はそんな方法で大金なんか手に入るワケないんですが、
案の定、男は強盗を失敗したうえに
なんと自分の命を落とすこととなってしまうんです。
身重の妻を残し、
男は死んで天国へ・・・
そして妻は娘を出産、
シングルマザーとなりました。
さて
男は天国で労働しているワケですが
この頃、
男の娘は大変なことになっていました。
なんと
周囲からメチャクチャに虐められていたのです。
SORA「娘しゃん・・・」
HANA「で、なんで娘は虐められてたの?」
はい、HANAナイス質問!その答えは
一日だけ地上に帰った男が
自ら発見することとなるのですが・・
なんと
原因は娘の父親、
つまり主人公の男自身にあったんですぞな!この男、元々暴力的だし、
真面目に働こうともせずなトコにもって
さらに強盗なんてやっちゃってましたので・・・
娘には
「強盗の子供」という黒いレッテルが貼られていたのでした。
そいで虐められてたんですね、
小さい頃から。
SORA「父親の犯した罪と娘しゃんとは全然関係ないじゃないでしゅか!」はい、SORAの言うとおりです。しかしところがどっこい、
世間というのは
そういう物の見方は絶対にしないのが現実なんです。おわかりだと思いますが・・・・
そうです、コレ男の犯した「業」それが自分の次の世代、
子供にかかってきているワケなんです。男はもう死んでますので、
地上世界で起こっていることについて
何の手出しも出来ません。
娘に声をかけることすら出来ません。
ただ指をくわえて
娘が虐められるのを
見ているだけです。
自分の娘が理不尽に虐められていても!
そしてその原因は全て
自分にあるとしても!
それでも何も出来ずに
見ている事しか出来ないこの地獄!!「衆生」(全ての生きとし生けるもの)は全て
「縁」で繋がっています。
みんな繋がりを持って
生きているのですから
何かをしてしまった結果が
自分だけにとどまることは絶対にないのです。
SORA「・・・・・・・・・・。」現在とは、
過去という確実に存在した事実の積み重ねの結果なのである。これはある地学の先生が言った言葉なのですが、
実に科学的なすごい言葉!!
HANA「そして、実に地学的な言葉だよね。」確かに!過去に起こった事実(大陸大移動などや火山活動など)の
積み重ねで、
現在の地形があるワケですからねっ!

こうして考えると
「過去におこなってきた行為が、
その積み重ねが「現在」をつくっている。。」
という現象が極めて科学的!と言った意味が
よくおわかりいただけたかと思います。
「業」の齎す悪い影響は
自分だけにとどまらない。自分だけでなく
周囲まで苦しめていくもの、
だから・・・正しい考えを持ち
正しい言葉を使い
正しい行為をしてゆくことを心がけんぞなもしと、釈迦はおっしゃられたのです。そして・・・
あっ!あれ・・・?
この映画って天国でてきてんじゃん?
転生してないじゃん・・
仏教じゃないじゃん!これ!
HANA「今頃気づくな ぷす〜www
」え〜と
あぁ、まぁ・・・
つまりはこの映画、
キリスト教の世界観だったのか・・・・・
でもまぁ、
ここまで書いちゃったし
なんかもったいないし
このままアップすっかww
SORA「パパしゃん・・・」

HANA「で、あのタイトルは何だったの?ww」
あ、それは
郷ひろみと破局した当時の
松田聖子のコメントがネタになってたのでしたww
「生まれ変わったらまた恋人になろうって・・・
言ってくれたんです!」
HANA「バカス! ネタ難解すぎ、ぷす〜www
」
SORA「聖子しゃん・・・」↓何とかって映画の原作、モルナールの「リリオム」でした♪
興味がでてきたら迷わずGET!てかAmazon、
この名作古典がNO IMAGEってなにっ!?
はなそらで読む文学「100万回生きたねこ」 佐野洋子 作・絵
この作品の主人公はねこ
死んでも生き返ることが出来るねこで、
このねこは
100万の人に飼われ
100万の人生を歩んできていました。
王様、船乗り、サーカスの手品使い、どろぼう、おばあさん、小さな女の子・・・
100万の人がねこを可愛がり、
愛し
そしてその死に涙を流してきました。
しかしねこは
一度も泣きませんでした。
そして
自分を愛してくれた人々を
愛することもありませんでした。。
言うまでもありませんが、
人の人生は一度きりです。
仏教には輪廻転生という考えがありますが意識としてとらえることの出来る人生は
たった一度きりなのです。その貴重な人生の中で
王様、船乗り、サーカスの手品使い、どろぼう、おばあさん、小さな女の子は、
貴重な人生の中での
貴重な出会いだったからこそ
みんなみんな、
ねこのことを力いっぱいで愛し
ねこの死を全身全霊で悲しんだのです。
しかしねこは
死んでも生き返ることが出来た・・・
そこに、
ねこは余裕を持っていたのではないかと思うのです。
「ま、死んだって次あるし。次いこ、次。」
といったカンジで
どこかシニカルに、
どこか冷めた目でねこは人生を
そして自分と関わる他人をみていたのではないかと
HSパパは思います。
しかしある時、
ねこはある『白い美しいねこ』に出会います・・・

ねこはこの時はじめて
『自分よりも大切な存在』というものを知ることとなります。
「そばにいても いいかい?」
ねこはそうたずね
「ええ。」
白いねこは静かにそうこたえます。。
それからねこは
白いねこのそばに、いつまでもいました。
白いねこは、
かわいい子ねこを
たくさん産みました。
ねこは
白いねこと
子ねこ達のことを
自分以上に大切に感じ
自分以上に愛しました。
やがて子ねこたちは
大きくなってそれぞれ独立し
何処かへと
旅立っていきました。
「あいつらも りっぱなねこに なったなぁ。」
ねこは満足して言いました。
「ええ。」
白いねこは、そう言って
やさしく喉を グルグルとならしました。
ねこは
いっそう優しく喉をグルグルとならしました。
この時
白いねこは、
おばあさんになっていました。
ねこは
ずっとずっと
白いねこと一緒に
いつまでも いつまでも
生きていたいと思いました・・・
静かに 静かに
ただただ 愛する人と一緒に生きていけたら・・・花とそらと、
そしてママちゃんと
このまま永遠に生きていけることが出来たならば
それがきっと
究極の幸福なのだろうと
HSパパはそう思うのです。
きっと
ねこも同じようにそう思っていたでしょう。
しかしある時
白いねこは
ねこのとなりで
静かに
うごかなくなってしまったのです。。
ねこは
はじめて泣きました。
夜になって、朝になって、
また夜になって、朝になって、
ねこは100万回泣きました。

そしてまた朝がきて
そしてまた夜になり
ある日
ねこは泣きやみました。
ねこは白いねこの隣で
静かに
動かなくなっていました。
そしてそのあとは
ねこはもう
けっして生き返りはしませんでした・・・
なぜこの後
ねこは生き返ることはなかったのでしょうか?
その答えはすでに、
皆さまの心の中にあるものと思います。
そう
ねこはもう・・
生き返る必要がなかったのです。ねこは
100万回死んで
100万回生き返りました。
なんのためだったのか?
白いねこに出会うためだったのです。ねこは
白いねこを
精一杯に愛した
魂を込めて愛した生きるという意味を
生きることの目的を
ねこは理解し
そして果たし
輪廻転生の輪から
解脱したのです。。
だからこの後
生まれ変わる必要がなかった・・・HSママがこの絵本を読み
そしてこう言いました。
「きっとこのねこは、白いねこに出会うためだけに、
幾星霜の月日を生きてきたのだろうね・・・」花、そら、Dixieちゃん、JACK兄さん、サンゴちゃん、クロードくん、ルイちゃん、アロマくん、リベラくん、DIOくん、露伴先生、雲雀くん、ナランチャくん、アレンちゃん、恕々丸くん、森羅くん、無月くん、弥勒くん、momoちゃん、TAROHくん、まめちょ、きなっぷ、らいちん、ラムちゃん、るいくん、ランドくん、ちよこさん、すももちゃん、ジュリーちゃん、ダーマちゃん、リクくん、モモちゃん、蓮ちゃん、タオどん、そしてみんなみんな・・・・・・・
みんなみんな
それぞれの
パパとママに会うために
ただそのためだけにこの物語の主人公の
ねこと同じように
輪廻の輪を旅し
転生を繰り返してきたのだろうと、
HSパパはそう思うのです。
いつか必ず「その日」はくる。
しかし私たちはもはや、
それを怖れる必要など微塵もない。
なぜなら
この現世でこうして
愛する子たちと巡り会う事を果たしたのだから・・・
輪廻という輪から
わたしたちは
きっと解脱することが出来るだろう。
ねこと白いねこが
そうであったように
わたしたちと愛する子たちとの関係もまた
永遠なのだから・・・
HANA「話がいつもの大脱線ww」
はなそらDAYz!
『丹沢の山奥にラピュタを見た!』
マジで見た。
SORA「見たでしゅ!」
HANA「・・・よかったね。。」


SORA「シータしゃん!今助けに行くでしゅ!」
HANA「HANAがムスカの役・・・・・

」

SORA「これは・・・www」
HANA「HANAはいちおー女の子なんじゃがの・・

」



HANA「そろそろヤメちょかんかね・・・


」
ムスカいい役なのに・・・でも嫌なら、
この役はどう??

SORA「 ド ー ラ !www 」*ドーラ:空賊の首領のおばさん
HANA「いい加減にしちょくぞな〜!」と、HANAがブチ切れたトコで
何故にして今回ラピュタネタにはしったのか
その理由をお見せしましょう。。
な、な、な、なんと!
丹沢の七沢付近にはあの
飛行石を含む地層が存在しているのです!! いや、マジで


SORA「ぽっくんには、強すぎるでしゅ・・・。」
薄暗い森の中で
緑色に輝くこの飛行石の層を発見した時、
HSパパは確信しましたよ!
ラピュタの存在を!!
HANA「こいつが空から降ってこなければ誰もラピュタの存在など信じはしなかった。」
↑嫌だと言いながら、けっこーノリノリwwwこの飛行石、
小川の中にもたくさんあったのですが
水の底で光っていて本当に幻想的でした・・・
↑写真だとわかりにくいかなぁ。。さて
こういうトコを発見すると
食べたくなりますなぁ・・・
あの
パズーとシータが食べてた目玉焼きトーストを!! (゚д゚)ウマーリアル飛行石:
セラドン石(Celadonite)K(Mg,Fe)2(Fe,Al)
Si4O10(OH)2
Si(珪素)を主成分とする鉱石
かつて丹沢は東南アジア付近の海底だったのですが、
そこに火山灰が体積し
様々な作用で出来たのがこれなのでした。。
ある種の猿の鳴き声に
文法的な法則が発見されたそうです。
といってもそれは単純なもので
「ヒョウ」を意味する単語と
「危ない」を意味する単語を
組み合わせた短いセンテンスであったり
「危険の存在」(或いは「障害」)を意味する単語と
「気をつけろ」を意味する単語を
組み合わせたりなんかの
極々シンプルなセンテンスであったりするのですが・・・
この猿のコミュニティーには
原始言語もどきっぽい、
意味を持つ様々な鳴き声が存在し・・
それを意味論的に結びつけて
いろいろな情報交換をしているんだそうです、
なんかスゴくね?
SORA「おさるにしては、上出来でしゅ!」
HANA「おさるとワンコだって・・・(モンチャック)」
ただし、
情報を『一方的に発する』だけで
会話となると無理なんだそうです、複雑すぎて。
SORA「ふん!ぽっくんの圧勝でしゅ!」
HANA「なにこの挑戦的なSORA ぷす〜ww
」ま、昔から似たような仮説はけっこーあったから
それほど目新しいものじゃないですけど・・
でもやっぱすごい。しかしこうなってくると、
その更に上をいく
SUPERビッグバンインパクトな
HSパパのこの説を発表せねばなるまい!その説とは
そう
「ワンコと人間は言葉などといったものを超越した・・
愛という絶対の絆で通じ合っている!」というものだ!(証人はこのブログを読んでくださっている皆さま)
SORA「いつかは〜♪ ふたりで〜♪」
HANA「行きたい〜♪ ぞ〜な〜♪」いや、ZIGZAG気取った真面目な話、
ワンコは飼い主の言葉の抑揚、表情、しぐさ動作などから
感情や意図を読み取ったりする事が出来る、と
なんかの書で読んだんだけど、
今、週末勤務が明けて
ほどよくビールがまわってきてて・・・
まったくどうにもならないので(探してくるのがメンドクサイので)もう寝ます、おやすみなささい。
HANA「いきなり放っぽりだして寝たww」皆さま、このへん一番興味あるトコだと思うので
いずれちゃんと理論を探し出してきて紹介するつもりです。
(たぶん)おさる言葉に関する論文は
こちらから
目標を成し遂げるために
まずは第一歩を踏み出そう!
千里の行も足下より始まると、けっこー前に
そんな文章を書いてみたワケですが・・
然し一番大事なのは、
実は
「目標を達成することではない」とも思うのです。
最も大事なこと、それは・・・
過程を楽しむ!これではないでしょうかっ!?
HANA「こないだは
「やり遂げることが大事」とか言ってなかった??」

SORA「ぽっくん、もはや何が大事なのかわからないでしゅ!」
キミたちは誤解している!
その誤解をこれから解いてゆこう・・・いや、トレランやってて
ふと思っただけなんですけどね・・
HANA「ま〜た思いつきかよ〜www」アマチュアスポーツで一番大事なのは、
その種目を楽しむこと!ただただ
走ることを楽しみ
森林の澄んだ空気を吸って
自然の中の小さな一人の人間としての
自分をしっかりと認識していると・・・
『空』の境地への入り口が
『無』の心への手がかりが
そこにはあるような気がしてきます。
SORA「・・・・・え?」
HANA「話がブレすぎwww」目標を達成することは確かに大事。
しかし、そればかりにとらわれていてはダメ。そこに行き着くまでの過程を楽しむ!
このくらい心に余裕を持つことが最も大事なのです。そうやって楽しんでいれば、
『知らない間にゴールに辿り着いちゃう』もの・・・
そしてまた、
(それによって)違う何かもっと上の境地もみえてくるもの・・・
まぁ、たぶん
なんかそういうのが理想じゃないかなって思うんですよね。

HANA「パパがそう思ってた時・・」

SORA「ぽっくんたちはお留守番してた件・・・

」
それはきっと埋め合わせします♪ふと思い出したんですが
アナトール・フランスの「エピクロスの園」に
こんなエピソードがありますので
(有名なのでご存知の方も多くいらっしゃると思いますが)ちょっと紹介してみます
ある精霊が一人の子供に一つの糸鞠(いとまり)を与えて言った。
「この糸はお前の一生の日々の糸だ。
時間がお前のために流れて欲しいと思う時は、糸を引っ張るのだ。
糸鞠を速く操るか緩やかに操るかによって、
お前の一生の日々は急速にも緩慢にも過ぎてゆくだろう。
糸に手を触れない限りは、お前は生涯同じ時刻に留まっているだろう。」
子供はその糸を取り、
そしてまず大人になるために、それから愛する婚約者と結婚するために、
そして子供たちが大きくなるのを見たり
職や利得や名誉を手に入れたり
心配事から早く解放されたり
悲しみや年齢とともにやってきた病気を避けたりする為に・・・
そして最後に悲しいかな
厄介な老年にとどめを刺す為に
糸をひっぱった。。
子供は精霊の訪れを受けて以来、
たった四ヶ月と六日しか生きていなかった・・・・そうなんです。
目的だけ追って生きていたら、
長い人生がたった四ヶ月と六日で終わってしまうのです。目標を設定し、それに向かって邁進することは素晴らしいこと。
然し、それだけにとらわれてはいけない。
「やり遂げることは大事」
然しその事は決して絶対ではない!
過程を楽しみ、旅路を満喫し、
その果てに結果がでるのであれば
それが一番いいのです!!
SORA「ぽっくん、よくわかったでしゅ!」
SORA「つまり、オモチャを速攻で壊してしまってはイケナイ・・・じっくり噛んでから壊したほうが、より楽しめるってこと・・・でしゅね?」
まぁ、当たってるような・・・そうでないような・・・・・・
HANA「SORAにしちゃ上出来なんじゃね??www」
SORA「HANA!またぽっくんをバカにしてっ!!」




この日常の幸せ
この幸せを思いっきり感じてるこんな時は・・・
ロバート・ブラウンを片手に
またまた
この詩を朗読したくなりますなぁ〜
かたつむり枝に這ひ
あげひばりなのりいで、
神、そらに知ろしめす
すべて世は事もなしなんかまた最後は
メチャクチャになっちゃった・・・
HANA「結局最後まで意味不明 ぷす〜ww
」ははは!まぁ、まとめるのが面倒くさいのでww
ただ思いのままにガチャガチャ打って
おもむろにアップしただけの駄文ですが・・
言いたいことは
伝わった、と思う!
HSママです。
昨日はパパママそろって勤務がお休みでしたので、少し遅めの初詣に
江島神社へ。

弁天様に
去年のお礼を申し上げ、今年一年一家の無病息災をお願いしてきました。
そしてここまで来たら、やっぱりいただきたい海の幸♪ ということで
海花亭さんに立ち寄りました。ここはテラス席のみワンコOKです(^^♪

店員さんの「今日はアジのいいのが入ってますよー」の一言で、アジのたたき丼に決定w 大変おいしゅうございました(^.^)

う〜ん、ぽっくんごめん(>_<) キミ達には家に帰ったら何か美味しいもの作ってあげるからね♪

お腹が満足したら、今度は花そら孝行。岩屋海岸へ移動移動!

今年初めての花そら水泳大会。

坊ちゃん嬢ちゃん、満足してもらえたかなー?
またみんなで来ようね(*^-^*)