中国の文官


前回花が申しました通り、
日本には文官・武官の区別がありません。
然し中国では明確にわかれていて、
(科挙導入後の隋や唐の時代辺りから顕著とのことです)
歴史を動かしたキーパーソンとして
多くの文官が名を残しています。

法という概念を作った
商鞅や韓非子は紀元前の文官ですが、
現代でも彼らの考えは研究・学習されており
その功績に合った高い評価を受けています。
斯く云う私もそうですが、
韓非子の書を人生の指南書にしている
人だって、多く在りますしね。

劉邦のような地方の小役人が
大漢帝国の高祖(最初の皇帝)になれたのは、
張良、蕭何、陳平といった
優秀な文官の働きがあったことも
良く知られた事実です。
私は特にその中でも、
蕭何のロジスティクスの手法は
驚異的だと思っています。
あの時代、あの広大な中国で、
大軍が戦い続ける為の補給を絶やさなかったなどと、
その頭脳は現代のどんなコンピューターをもってしても
変わりを務めるなど不可能!
まさに奇跡の頭脳だと考えています。

sora tangそら「なんかすごい事になってきたでしゅ。」


文官といえるかどうかは微妙ですが、
兵の運用法という学問を創り上げた太公望呂尚や
皆さんご存じの孫武(孫子)、
先ほど挙げた蕭何と同時代の韓信など、
歴史的には古い人物ですが、
現代に於いても
兵法という学問の大家として崇められていますね。
軍が強いのは彼らの力、といった考えがあり、
中国では、武人よりも文官、
腕力よりも知力や知識のほうが
高い評価を受けているといっても
間違いではないと思います。
本当に羨ましい話です。

HANAsmile03SEP09.jpg花「こないだ真田丸に韓信の名前が出てたね。」

はい、あれには驚きましたし
ちょっと嬉しかったです。
しかし違和感もありました。
韓信クラスになると、
スケールが違いすぎて日本の武将とは
同列に語れないところがあるからです。
(これは一言いっておきたかった。)


さて、何回かにわたって文官の重要さを語ってきました。
石田三成や大谷吉継が
今回の大河ドラマで注目を浴びたのは
喜ばしいことですが、
もっと彼らの知力に焦点を当てたドラマがあっても
面白いと思います。
そこにこそ、
彼らの実力の根拠があるのですから。




いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。
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永禄三年滋賀県生まれ


前回も述べましたが、
武官が戦働き出来るのは
文官が矢弾を準備するからです。
糧食を確保し、宿営地を手配するからです。
これがなくては軍は動かせません。
勇猛果敢な武者を多数召し抱えていても、
具足や矢弾や食料なくては
彼らを稼働させる事は出来ません。

どれだけ持てる力を発揮出来るかを
示すのに「稼働率」という言葉を使います。
自衛隊が世界的に評価が高いのは、
保有する兵器を最大限に使う為の
迅速なる整備と厳しい訓練による人員の質の維持を
高い基準で保っているからであり、
その結果生ずる
ずば抜けて高い「稼働率」に根拠があります。

軍に於いて最も重要なのは、
今も昔も「稼働率」であります。
そしてそれを取り仕切るのが文官です。
軍の機能を維持する重要な役割ですから、
凡庸な者には決して務まりません。

この事は、傷口に塩を塗り込むほどに
よく理解出来ていますので、
日本の歴史上の文官たちが
十分に評価されていない現在の不条理に対しては、
実は強い義憤を感じています。

sora scaredそら「塩ッ!??

hana ordinary花「聞いた事ない例えじゃが、云いたい事はわかった!www」


みんな面倒くさい事は嫌ですし
地味な仕事は敬遠したがるのです。
そういったものを一身に引き受けたのが
戦国の世を代表する文官の中の文官、
我らが秀才、石田三成でした。
私はついにあのCMのおかげで彼の生年月日までおぼえてしまいました。

hana 2花「1、5、6、0!」

sora daishukiそら「滋賀県」

sora daishuki2そら「生まれ♪」


虎之助や市松など武官の働きは派手です。
敵を何人討ち取っただとか
槍働きの武功は政権のアピールにもなりますし、
常にヒーローを求めている庶民には
わかりやすい偶像と成りえるでしょう。
しかしこの武官というのは
正直云って、いくらでも変わりはいます。
実際の無双働きは不可能としても、
何とかの七本槍などと謳い
わかりやすいプロパガンダで創造出来るものなのです。
然し、優秀な頭脳の文官は実学に関係しているため、
現実の結果を出さない限りは評価される事はあり得ません。
武官の様に功績をでっちあげる事は出来ないのです。
要するに、(長くなるので省略しますが)簡単に補填はきかない
貴重な存在と考えて下さい。


hana fumu花「そもそも日本に文官・武官の区別はないんじゃが…。」

そうですね。
ただまぁ、ここでは、
わかりやすく主な役割を元に
区別してみました。
因みに虎之助こと加藤清正は
豪傑のイメージがありますが、
実は優秀な文官働きの出来る人でもありました。
文武兼備の良将と云えましょう。
頭の構造まで筋肉の疑いがある
どこぞの市松とは一味違います。

gakuburusora06DEC09SEKIRO 216そら「正則しゃんだって、無骨でカッコいいでしゅ!」

大丈夫、わかってますとも。
彼は愛嬌があって愛される人柄でしょう。
信頼出来る史料に残されたエピソードが
酔って暴れた不始末のみ、といったところに
他の追従を許さない独自の魅力を感じます。
勿論、大好きです。
だからこそ、あんな風に三成と決別してしまったのが
残念でならないのです。
その痛恨の思いもあって、
かつて何篇かの雀の物語に
彼らを大学の仲間として登場させたのであります。

市松、卒業試験を受ける(前編)

市松、卒業試験を受ける(後編)

上記二編の他にも数編の短編を記しました。
私のなかでは、
福島正則が無骨な暴れん坊、
石田三成が冷徹な秀才、
そして加藤清正が
万能な常識人といった印象ですが、
これは勿論創作の為の創作です。



私はまたしても話を大きく逸らしてしまったようです。
しかし書き直すのも勿体ないので
このまま掲載することにします。
そこで、今回主張したかった要点を
手っ取り早く以下に記しますが、
要は、この永禄三年滋賀県生まれがいなければ、
豊臣の大軍があれほどスムーズに
機能することはなかった、と云いたかったわけです。


sora mumuそら「頑張っていろいろ書いたのに…。」

hana ordinary花「なんか三行でまとまっちゃったがなwww」




ではそろそろ試験勉強にもどります。。。






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石田三成


いつも考えをまとめないで書くので
その時の流れであちこちに迷走しています。
前回がそうでした。
石田三成の話を書こうとして始めたのですが、
CMの辺りからどんどん逸脱し、
最後は三成と全く関係のない話で終わってしまいました。
そこで今回は、
石田三成の話に集中してみたいと思います。



石田三成。
これほど権力者からみて
便利な家臣はいないでしょう。

それを語るには先ず、
彼の行政能力の優秀さを
第一に挙げなくてはなりません。
面倒くさい計算なども易々とこなす
数学/算術の能力。
それを応用した、、
年貢の勘定、土地の人口管理、兵糧の切り盛り、
普請(建設)に於ける予算や人足の運用、
複雑な輜重(補給)の手配や、
その他諸々の経理、総務…
これらを迅速正確に
効率的、実務的に処理する手際の良さ。
文官としてこれほど優秀な武将も珍しいと思います。
武断派の腕力の対極に位置する文治派の知性を
体現するような人ですね。

更に、組織の運営の為であれば
皆が嫌がる命令でも平気で発しますし
汚れ仕事も淡々とこなします。
それで自然と嫌われ役になり、
結果、周囲の不平不満を
一身に引き受ける事となるのですから、
それによって
自らの身を清廉に保てる何とか藤吉郎とかいう上役は
まさに笑いが止まらなかった事でしょう。

しかも絶対に裏切らないのですから、
配下にするなら三成~♪というあのCMの歌詞は
誠、真実であったと、歴史が証明しています。
組織にこういう人材があれば
その運営は安泰でしょう。

私は石田三成を以上の如くに見ています。
多少の贔屓目はあり
悪いところを一切挙げていないにしても、
彼の力があったこその
あの羽柴だか木下だかいう武将の躍進があったのだと
確信しています。

「軍をどう稼働状態に保つか」
文官のこの働きこそが
歴史を動かす重要な要素であります。
食料や矢玉がなくては
戦いに勝つことは出来ないのです。

三成にもしも人の心を気にする
たった少しの心遣いがあったならば、
もしかしたらミニ蕭何くらいの評価を
得られていたかも知れません。
それほどの人物だったと私は思っています。





いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。




勝者の眼鏡


現在放送中の大河ドラマの影響もあってか、
石田三成が人気だそうです。

三成といえば、
権謀術数に長けていて
陰湿で神経質なイメージですが、
それはもしかしたら
東軍眼鏡を通して見ている
作られた姿なのでは?
と、問いかけてくる
なかなか芸術性の高い動画があり、
私は現在
その動画鑑賞にすっかりハマってしまっていて
制作者の洗練されたセンスと
その志、熱意に打たれておりますので、
ここでひとつ紹介してみたいと思います。

石田三成CMはこちらから


この、昭和のCM風に作られた映像は
全編通してお茶羅化てはいますが、
石田三成が地元で善政をしいたことを
これでもか、と、猛烈にアピールし、
それを根拠として
彼がいまだに愛されているという事実を
世に訴えかけて、
東軍によって作られた卑屈で陰湿なイメージを
爽やかに吹き飛ばそうと試みています。

sora tang2そら「何故そんな悪いイメージが作られたんでしゅか?」


それはですね…

hana fumu花「自軍の正当性を示す為の一環ぞな。」


そうですね。
こんなに悪いヤツだからやっつけた、ト、
勝者が宣伝する為です。
要するにプロパガンダですね。
そういうと聞こえは悪いのですが、
安定した統治と後顧の憂いを絶つ目的では、
まぁ、必要な措置だと思います。
汚いとか悪いとか、
そういう子供じみた話には決してなりません。
実学的です。

話をもどしますが、
私はこのCM制作の姿勢に深い愛を感じ、
石田三成が決して観光資源として
祭り上げられているだけではないと、
そう強く確信しました。
そこには地元民にしかわからない
郷土の英雄に対する強い思いがあるのです。
たとえ全国的には嫌われ者として知られていても、
佐和山、滋賀では絶対のカリスマなのです。

26MAY10S.jpgそら「ニラのおかゆの例えもあるでしゅ!」


これは決して三成の滋賀に限ったことではありません。

勝者による敗者の印象操作は
歴史上当たり前のように行われてきました。
先にも挙げたように、
これは政治上必要な措置で
致し方のないところかも知れませんが、
しかし、勝者は敗者の名を貶めることは出来ても、
行った善政までは消し去る事は出来ないのです。

それは熾の火のように、
ひっそりと地元の人々の心の中だけに燃え続け、
多く点在する村という閉鎖空間の中で
長年に渡って語り継がれて、
そのうちにどんどん成長、熟成し、
崇拝の気持ちへと昇華していったのです。
散った桜の花びらが悠々と舞っているのは、
扇子で仰ぐ人々が在るからです。

世にいう小田原征伐の後、
宣伝好きだった豊臣によって
北条氏政には強情で暗愚なイメージにされてしまいました。
しかし後北条家は今でも小田原では愛されています。
名君だったからです。
北条早雲の時代から
北条は低税率でしたが、
氏政の時代には
とうとう二公八民という常識はずれの低さになりました。
代々が、先ず民の利益を考える名君だったことが
史料によってわかっています。

明智光秀も宣伝戦略による被害者です。
豊臣によって
悪逆非道な世紀の裏切者に仕立て上げられましたが
果たしてそうでしょうか?
豊臣眼鏡を外してみれば
生真面目で上品で教養に溢れ、
気品に輝く本当の光秀が見えてきます。


sora mumuそら「最上義光しゃんも…」

hana ordinary花「そりゃドラマのせいぞなwww」

これですね(笑
ちょっと話は外れていますが、
例の独眼竜のドラマのおかげで
すっかり悪役になってしまった最上義光、
彼も地元ではすごい人気です。
こちらも善政をしいた事で有名です。
立派な像が建っていて
その躍動感溢れる彫像はいつか見たいと思っています。

HANAsmile03SEP09.jpg花「鮭をお供えせんとじゃの!」



私はなるべくなら
歴史上の人物を貶める話は聞きたくありませんし
したくもありません。
皆が其々の事情を以て
懸命に生きてきたのだから
それだけで尊いではないか、という考えだからです。
だからなるべくなら、
たとえそれが江戸期の講談を根拠にしているとしても、
偉人たちの美談だけを聞いていたい、と思っています。





(ここから小声)
ところで、松永弾正についてですが、
彼は本当は云われているほどの大悪党ではなく、
その悪行のほとんどが捏造或いは講談の類だと
最近の研究で証明されているそうです。
ダークヒーロー的な魅力のある武将ですので
これはこれでつまんないですね。
やはり彼は、冷酷非道な無法者、
頭脳明晰、厚顔無恥で、
目的の為には手段を選ばない
戦国を代表する希代の大悪党でないと!!


sora scaredそら「言ってる事がもう違うでしゅ!






いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

心象絵画


この広大な緑の丘の花びらの端を
一粒のテントウムシが這っている。

丘から見下ろしたその先には、
一匹の巨大な大蛇に
何匹もの細い子の蛇が絡んでいるといった趣の
相模の川が美しく横たわっており、
トンビが悠々と舞うその先には
遠く丹沢の山塊が佇んでいる。

凡ては個々の現象であり
ばらばらに存在してはいるけども、
それらを俯瞰して見ると
不思議とひとつの心象絵画に落ち着く。

どんな小さな要素が欠けても、
世界を描くこの絵画は成り立たない。

そしてこの美しい絵画に
花とそらへの想いを重ねた時、
私だけの芸術が完成するのだ。


30OCT15 029a



いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

三年


相模川の辺で花そらと夕陽を見つめたあの日々は、
今はもう遠く、
霞みの先に薄っすらと揺らぐ
あの丹沢の山々のようだ。

夕陽を見つめるあの子の身体を縁取る
黄金の輝きを私は愛した。
微かな風に優雅に揺れる
長い耳の毛を愛した。
横から見つめると、
その瞳の水晶はあくまでも透明で
夕陽の光の染み込みに
神々しく煌いていた。
私はその厳粛を心から愛した。

今、3年の月日が経った。
その間の風雨を思うと
やりきれない気持ちにはなるけども、
段々と今、感謝と懐旧の情が
悲しみにとって代わってきているのを感ずる。
矢の様に飛び去ってゆく現在とは
歩みを同じくは出来ないけども、
強張った頬は最早、
過去に成りつつあるのだ。

正確に刻まれる時の流れのなか、
私たちの愛は一層堅固になり続けて
その関係は確かさを強めるばかりだ。


20120216191553b6ca.jpg



いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

量をこなして質を上げる


「量質転化」という言葉があります。

意味は、
量をこなせば質が上がる、というもので、
逆もまた然りと教えています。

私は根がせっかちなので、
一冊の学習書を読みだすと
それを最後まで一気に読まないと気がすみません。
一歩一歩、着実に理解しながら進む、という事が出来ないのです。
古代中国の偉人がこれを諫めて
「速やかなるを欲するなかれ 小利をみるなかれ。」
という言葉を残していますが、
せっかちには実践出来ません。
それによって受けるストレスのほうが
大きいからです。

hana ordinary花「小学生と変わらんがなwww」

それよりも、スピードで量をこなすほうが
性に合っているのです。
「兵は神速を尊ぶ」です。

コピー ~ 2009120917595096cそら「孫武しゃん! 曹操しゃん!」


そんな私に便利な言葉が、
冒頭であげた「量質転化」です。

これなら、
足元を踏み固めながら進む必要はありません。
量をこなしてゆけばそのうち勝手に質があがる、という
素晴らしい理屈ですから、
面倒くさいプロセスは全て忘れて
勢いにまかせて進んでゆけるのです。
頭を絞りながら
ウンウンと唸る必要などありません。
細かい事を嫌う自分を
見事に正当化出来ますので
非常に重宝しています。

具体的に話しましょう。
例えば、これは覚えなくてはならない、という
重要な項目があったとします。
普通の人ならノートに書き出して、
復習に使うことでしょう。
然し、量質転化の実践者は
そんな道草をくってはなりません。
まぁそのうちまた出てくるだろ、くらいに
思っておけば十分なのです。
だってそうでしょう。
そんなに重要なものなら、きっとまた出てくるに
違いないのですし、
量をこなしてゆく事が前提なのだから、
再度の出会いは約束された運命も同然なのですから。

そうしてスムーズに次々と違う本を読み進め、
猛烈なスピードで
学習をこなしてゆくうちに、
また同じ項目に出くわします。
脂汗をかきながら暗記するのは面倒なので、
ここでも読み飛ばします。
忘れてしまってもかまいません。

そうこうしているうち、
要するに量をこなしているうちに、
またも同じ項目を目にすることになるでしょう。
この辺りから、薄々と記憶の土台が出来上がってきます。
そしてまた読み飛ばして、再度ふたたび…

この繰り返しです。
楽をして堅固な記憶を構築出来ますので
実践しない手はありません。
ごくたまに、ダラダラと長時間勉強しても意味がない、と、
言い切る人がいますが、そんな事はありません。
量をこなすことに重大な意味がある事をわかっていません。
そんな与太話をしたり顔でする人は、
ヘーゲルや 齋藤孝先生に謝るべきです。

26MAY10S.jpgそら「べきでしゅ!」

hana happy花「落ち着かんかねwww」

実際に、量質転化の効果を
この身で感じている私が云うのですから
間違いありません。
必要なら宣誓供述書だって書いて差し上げましょう。



…とはいえ、
もしかしたらノートくらいはとってもいいかな、などと
思いなおし、ちょっと要点をまとめるノートを作ってみました。
そうしたら驚くべきことに、
勉強の効率がずいぶんと上がりました。
やはりノートって大事ですよね。

sora scaredそら「はうぁっ!?」

hana happy花「なんじゃそりゃwww」



「合わせ技」というテクニック、ということで…






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一揃え


先日のこと、私の甥っ子(小学生)に
㊇リーポッ ターなる本を買うことになりました。
実は昨年のクリスマスに、三國志や水滸伝、
その他、主だった世界の古典(岩波少年文庫)を
まとめて贈ったのですが、
それらを読んだという話は一切聞いていなかったので
その事が少々気にはなりましたが、
とにかく若干の特殊な事情があって、
希望するものを与える事にしたのであります。

さて、詳細を聞くうちに
この作品はシリーズで多く出版されている事がわかってきました。
しかも、甥っ子のご希望する本は
大胆にも3シリーズに渡り、
それぞれ、3-1とか1-2とか、
何やらスーパーマリオのステージのような
数字がうってあって、どう選べば良いのか
よくわかりません。
単純に連続した番号をふれば良いものを、などと
舌打ちしながら
Amazonを眺めていたのですが
ふと、私の脳裏にある格言が浮かびました。

「どうせ塩を贈るなら、米もおかずもドーンと贈れ!」
(島本和彦)

次の瞬間、
私は迷わず全巻セットの注文を終えていました。
甥っ子からの連絡が楽しみです。



コピー ~ 2009120917595096cそら「漢買い、傾いてましゅねぇ!」

hana ordinary花「選ぶのが面倒だっただけwww」







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備える


長風浪を破る 会ず時有り
直ちに雲帆を挂けて滄海を済らん


中国にこういう古い詩があります。
意味は、
(人生は艱難辛苦の連続だけれども)
風が吹いて荒波を破る時は必ずやってくる。
その時こそ、帆をあげて大海原を疾走しよう。
ト、なるもので、
人生に於ける困難を討ち倒して
先に進もうとする詠み手の決意を表しているものと
云われています。

コピー ~ 2009120917595096cそら「諦めたらそこで試合終了でしゅ!」

hana ordinary花「安西先生ww」


この詩の作者は、様々な困難を乗り越えて
この後、官職に就くことになり、
人生に於いての絶頂期を迎えます。
当に、禍福は糾える縄の如しという訳ですね。

然しここで私たちが注意したいのは、
苦の後には必ず楽が訪れるわけではない、という事です。
人生には、四季のような定まった法則などありません。
冬の後に春を迎えるには、
それなりの代償を払わなければならないのです。
ではそれは何なのか?…


答えは簡単です、努力です。
力をつける事です。
冬の間に広く地に根を張ろうとする試みです。
この修練を積んだ者にのみ、
春という栄華は訪れるのです。
李白が宮廷で職を得たのは
才に溺れず努力する事を怠らなかったからでしょう。

sora tangそら「李白しゃん、お酒には溺れてたような…」

遊んで生きてきた人間には
決して立場など与えられません。


当たり前すぎて
何度も云うのが馬鹿々々しいのですが、
要求する資格を得る為には
何かを行じなければなりません。
怠け者がいくら帆を掲げたところで
そこに長風が吹く理は無く、可能性はゼロ以下です。
背伸びして図々しい要求をしたところで
指さされて笑われるのがオチです。
等価交換という言葉が適切かどうかはわかりませんが、
それなりの努力にはそれなりの結果、
懸命な努力にはそれに応じた結果がついてくるのは
或る種、自然の法則なのであります。
三熊野詣の常子さんが云っていましたが、

HANA 30APR08 022花「折口先生とこの?ww」

誰の身の上にもその人間に相応しい事件しか起こらない、トいう事です。
これは人生に於ける真理でしょう。
原因があって結果が生ずる、ト、仏教も教えています。

長くなりましたが
要するに私が今すべきことは…


sora mattemashuそら「つまり…」

hana happy花「遊んじょらんで勉強ッ!じゃのwww」







いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。

学問は平等


私は以前
990点満点の試験で9万9千990点を目指すと宣言し、
今も渾身の力で以て取り組んでいます。

コピー ~ 2009120917595096cそら「渾身は奇跡を呼ぶでしゅ! ポッシブル!」


これは、ここ最近の酷暑に頭をやられた訳ではなく、
指定された上限の更に上を目指したトレーニングを積む事によって、
自らの負荷を増やし、
結果生ずる実力の密度倍増を狙ったものであって、
本気でその点数を取れるとおもっている訳ではありません。

sora scaredそら「えっ!?」

hana happy花「ぷっす~www」


マラソンの選手は
とんでもない高地で長期間トレーニングを積んだりしますが、
これに似ていると思います。
わざと自らを地獄の奈落へ突き落すことによって、
(例では高地に登ってますが)
地力を底上げするのです。

sora hoooooそら「上がったり下がったり忙しいでしゅ!」


そこで思いついたのが
9万9千990点トレーニング法でした。
我ながら、ふむ!などと膝を打って感心したものでしたが、
私が思いつく事は当然
他の人も思いついているわけでして、
市販に堂々と「Beyond 990」という、
満点の更に先にあるものを目指した
学習教材が出版されていました。

hana ordinary花「しかもちゃんと現実的且つ高尚な雰囲気のタイトルwww」

sora cryingそら「9万何々とか恥ずかしいでしゅぅ~!」


さて、マラソンの高地トレーニングは
誰でも出来るというわけではないそうです。
身体がついていかなければ
その選手は文字通り潰れてしまうので、
屈強な身体の持ち主しか参加出来ないそうです。
努力をしようにも資格が必要という構図です。

こんなところに於いても
人生の不平等は明確にルール化されており、
要するに、
挑戦し、努力を積み、
エリートを討ち倒す雑草などという甘い空想は
この現実社会では通用しないものと
事務的に提示されていますので、
これによって、
ウサギと亀の話なんて嘘っぱちだったと
わかってしまうわけですね。

コピー ~ 20091209180634afdそら「夢のない話でしゅねぇ…。」


然し、倖いな事に、
これはあくまでもスポーツの話限定であって、
学問に於いては
まかり間違っても身体的な理由で脱落などという
不本意な事態などあり得ません。
肩を壊してやむなく引退する
プロ野球選手などよく見られますが、
学問にこういったリスクは一切存在しませんので、
必要なのは、「やり遂げる」という根性のみです。

学問に於ける高地トレーニングは、
やる気があれば誰にでも出来るものです。
高地から平地に降りた時の快適さを
一度実感すれば、
それが背を押す強力な推進剤となりますが、
然し、そのままの運動量を継続させておくには
要所々々での「押し上げ」が必要になります。
軌道を飛び続けるISSに似ています。

押し上げという名の気合いの入れ直しを計る為、
ここでもう一度、試験に於けるセオリーを
自分に云い聞かせてみます。

「練習で苦労して本番で楽をせよ。」


hana ordinary花「能書きはえぇから早よ勉強すんぞなwww」








いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。


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